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53話 前世の夢

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懐かしい夢を見た。

それはまだ私が日本で刑事をやっていた頃の――。



「藤原!! お前は何度言わせりゃー気が済むんだ。あぁ!? あれだけ突っ走るなって言っただろうが!」

私の前で怒り狂っているのは同じ課の先輩で私の教育係でもある青木さんだ。

「犯人は捕まえたからいいじゃないですか‥‥。」

「ふざけんな!! 捕まえるときに店の商品棚に投げ飛ばしただろ!店から苦情と弁償しろって、来てんだよ。ったく…始末書、明日までに書いとけ!いいな!?」

「はい…。」

まあ、あれはちょっと派手にやってしまったと私も少しだけ反省して素直に返事をした。

刑事だったお父さんに憧れて警察官になった。お父さんとお兄ちゃんたちは私が刑事になるのを最初はすっごく反対した。私には普通の仕事について欲しかったみたいだけど、私は子供の頃からの夢だったので何とか説得した。
刑事になってはみたもののやる気だけが空回りでいつも先輩に怒鳴られっぱなしでへこんだりもするけど、それなりに充実した毎日を送っている。


「ふーっ、やっと終わった!」

始末書を書き終えて警察署から出ると外は夕闇に包まれていた。
駅に向かって歩いていると目の前のカップルの話が耳に入ってくる。

「まーくん、今日はどこに行くの?」

「美味い、パスタがでる店があるんだけどそこ行く?」

「わーい! 私、パスタ好きなの!!」

24年間、彼氏がいない私には目に毒だけど、楽しそうに話す二人を見て羨ましく思う。
彼氏が欲しくないわけではないけど、私みたいなガサツで男みたいな見た目の子を彼女にしようなんて奇特な人はいないだろうなと最近では諦めていた。

「そうだ、今日は乙ゲーマガジンの発売日だ。」

趣味となっている乙女ゲームの情報誌が今日発売されたことに気付いて丁度、近くに書店があったのでそこへ向かった。
専門のコーナへと行くと本日発売のポップの前に雑誌が並べられている。さっそく手に取り雑誌を開いた。

【マジラバ2の情報解禁!!】

「うそ! マジラバ続編出るんだ。」

慌ててページを捲ると今までの攻略対象者たちと、それに加わる新しい人物が黒塗りで二人載っていた。

【今回、追加される攻略者は2人!1人はアルフレッド王子の兄、アレックス王子。前作では病弱とされていたが実は…。】

アレックス王子か確かに前作は全然スチールもなかったし文章だけで存在感なかったなあ。ああ!どんな感じの王子様かな、楽しみ~!!


「ん?」

この書店はガラス張りになっていて通りを歩く人たちが見える。私が雑誌から顔を上げた時に見た事のある男が通り過ぎた。

「あれは……。あ!!」

その男が指名手配されている犯人だと思いだして、急いで雑誌を戻し書店から飛び出した。奴の後ろを一定の距離を開けて歩きながら携帯を取り出す。たしか署に青木先輩がまだいたはず。

『どうした?』

短いコールですぐに先輩がでた。

「先輩、B号(指名手配犯)見つけました。今、奴の後につけています。」

『何だと? 今どこにいる。』

「○○通りです。」

『わかった! 緊急配備かける。いいか?お前は何もするな!そのまま泳がせておけ!あと電話は切るな。状況報告をしろ。』

「わかりました。」

犯人は一人暮らしの女性の部屋に忍び込んで暴行と窃盗を繰り返している。絶対に捕まえたい。

『もうすぐ、合流する。今はどこにいる?』

「今は――。」

とその時、いきなり男が走り出した。
もしかして気づかれた?

「先輩、奴が逃げました!追いかけます!!」

『おい!! 待てっ‥‥。』

私は慌てて犯人を追いかけた、角を曲がるとまだ奴を目視できる位置にいる。
その時だった、奴が後ろの私に気を取られている時に角から飛び出してきた小学生くらいの男の子にぶつかった。

「こんのっ、クソガキ!!」


ヤバい。

奴の目は血走っていてズボンのポケットからバタフライナイフを取り出すのが見えた。

それからは、まるでスローモーションのように感じた。
奴がナイフを振り上げるのと私がとっさに男の子を庇うように抱きしめたのはほぼ同時だったのだろう。次の瞬間、背中に強い衝撃がきた。

「クソッ、クソッ!!」

何度も何度も背中に強い衝撃が走る。不思議と痛みはなかった、ただ、この子を守らなきゃと必死に抱きかかえていた。

「藤原ー!!!」

先輩の声がしてやっと力が抜ける。先輩と駆け付けた警官達が奴を取り押さえていた。


「藤原っ、今、救急車が来るからな! 気をしっかり持て!!」

青木先輩がこんな真っ青な顔をするのを初めて見たなあ。などと私はのんきに考えていた。
そして、だんだん手足の感覚がなくなっていくのを感じた。

たぶん、私はこのまま死ぬのだろう。

「せんぱ…、お父さん、に、ごめんねって…。」

あれだけ反対されたのに先にこんなことになっちゃったから。

「ばっ…か、そういうのはお前が直接、言わねえといけないだろっ。」

「うん…。でも…眠くて…。」

「ばかっ、寝るな!! 頼む!! 俺はっ‥‥。」

先輩が必死に何か言っているけど、もう何も聞こえなくなってしまった。
そして暗闇に引きずり込まれるように目を閉じる。






目を覚ました時、心配そうに私の顔を覗いているアレクがいた。

「大丈夫か? だいぶ魘されていたようだが‥‥。」

「……私が死んだときの夢を見ていました。」

「…そうか。」

自然と涙が流れていく。
やりたいこともいっぱいあった。育ててくれたお父さんたちに何も返すことが出来なくなって、そして何より悲しませてしまっただろう自分に腹が立った。
泣いているのを見られるのが恥ずかしくて腕で隠すとアレクは優しく私の腕を取って抱き上げた。

「泣きたいときは泣けばいい。」

そう言って優しく私の背中を撫でた。私は我慢できずにアレクの胸にしがみついて初めて大声で泣いた。
子供みたいにわんわん泣く私をアレクはずっと頭や背中を撫でてくれていた。

私が泣き疲れて再び眠りにつくまで。


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