能天気な後輩に懐かれた

佐々木 おかもと

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4.図々しいけど憎めない…いやそんな事ないな?

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 午前中の授業が終わり、張り詰めていた空気が一気に緩む。空腹に叫ぶ生徒たちや、そそくさと昨夜の睡眠不足をとり返すべく夢の中へ旅立つ生徒がいる中、落谷は一枚のプリントを前に唸っていた。

「進路希望……就職か進学」

 どうしたものか、と頭を悩ませる落谷の心中といったら、晴れないものばかりだ。教師との二者面談では、就職にしろ進学にしろ己の目標を持てと言われるばかり。
 目標を持てと言う教師に対して、「先生は学生の時に、揺るぎない目標はあったのですか」そう聞きたくなる。捻くれているのは分かっているが、どうにも進路先について悩むストレスは猫を被る事すら億劫にする。
 落谷は母子家庭の為、就職することに天秤が傾いている。内申点も悪くない為、学校からの推薦も貰えるかもしれない。
 しかし、簡単に決められることでは無い。

「はぁ……生徒会の月一会議の議題も考えないと」

 何故こうも生徒会とかいう、忙殺されることが決まった組織に与しているのか。
 晃の推薦が最初のきっかけだが、結局のところ成り行きでも学校内選挙に出た自分の責任でもある。
 しかし晃曰く、『ノリで推薦したら、見事に副会長まで登りつめてて草』だそう。
 急に殴りたい。当の本人は、他の友人と購買に足を運んでいるらしい。危機回避能力も優秀みたいだ。くそ。
 落谷は伸びをして、昼食を摂る事にした。持参した弁当をカバンから取り出そうとして、教室がざわついている事に気が付く。何事かと、廊下を見れば教室の扉から崖上が落谷を呼んでいた。

「アイツ、ンでここに居るんだ」

 今朝も同じようなことを言ったぞ。
 眉を顰め睨むような表情を崖上に向ける落谷に、周りのクラスメイトが、落谷は行かないのか、と視線で催促してくる。何度目かの盛大な溜息を吐けば、「あ!」っと崖上が落谷を見つけ教室へ入って来る。

「先輩~ 一緒にメシ食いましょ!」
「却下」
「却下を却下します!」
「却下の却下を却下だ」
「まぁまぁ!」

 自分の昼食なのか、コンビニ袋をぶら下げている崖所。落谷は周りの目もあり、とりあえず妥協することにした。

「鬱陶しいな、テメェは」
「まぁ、俺の数少ない長所ですから」
「短所の間違いだろ……ほら、行くぞ」

 突然席を立った落谷に、崖上が不思議そうに首を傾げている。その間抜けな顔が可笑しくて、ふっと笑みを浮かべてしまう。「ついて来い」と腕を引いて教室を出た。片手には弁当の入ったカバンを持って。

「先輩? 何処に行くんですー?」

 間延びした言い方が、相変わらずの崖上の緩さを引き立てている。崖上の質問に何も返してやらずに、落谷は目的の場所まで足を進めた。暫く階段を上がり、校舎の四階を過ぎた時に落谷は着いたぞと声を掛ける。

「ここは?」
「屋上入り口前階段の踊り場」
「いや、それは分かってるんですけども……」
「静かだし、いいだろ?」

 屋上には原則として出られない。その為、屋上に寄りつく生徒も少ないのだ。故に、落谷が言ったように屋上前の踊り場にも、人が寄り付かず静かな場所となる。

「先輩の事が好きな俺を、こんな逃げ場がない所に連れてきていいんです? 押し倒されたり犯されたりとか、そういうの考えないんですか?」
「あ? やる根性があンならやってみろ」
「え、やっていいんですか!?」
「ああ、やる前に階段から突き落としてやるから、安心しろ」

 階段に腰かけ、興味なさげに持って来た弁当を広げる。崖上は、基本口だけだという事をこの短い期間で理解した。行動に移す時は、悪いことをしていると分かっているからか、黙って行動に移す。悪さを覚えた子供が、静かな時こそ一番ヒヤッとするアレだ。

「先輩、逞し~! でも、俺はぜんっぜん安心できなぁい! 好きー!!」
「わーったから、さっさと食え! 昼休み終わるぞ」
「もー、照屋さん! かぁいい!」

 大げさな動きで落谷の隣に腰かけた崖上が、コンビニ袋をガサゴソとあさる。落谷は何となく卵焼きを口に運びながら、その様子を眺めていた。

「お前、昼メシはいつもそれなのか?」
「む?」

 菓子パンを大口で頬張った崖上が首を傾げる。コイツ、分からないことがあると、首を傾げる癖があるんだな。そんな風に、気が付いた事をぼーっと考えながら、崖上の言葉を待つ。

「それって、この菓子パンのことですか?」
「菓子パンつーか、コンビニ飯つうの?」
「ああ、なるほど」

 言いたいことの意味が伝わったのか、崖上は持っていた菓子パンをもう一度見た。菓子パン自体は美味いだろうが、落谷は頻繁に食べたいとは思わない。だからこそ弁当は自分で作るし、母親の分もついでに作ることだってある。だからか余計に気になった。

「俺の親は共働きで、母親や父親が家事してるの見た事ないんで、食費としてくれる金の中から適当に買ってます」
「へぇ、飽きねーの?」
「まぁ、コンビニ飯って言っても、いつも同じものを買ってる訳じゃないんで。今日は菓子パンっすけど、昨日は普通におにぎり食ってましたし」
「そういうもんか?」
「はい! あ、でも、先輩の弁当メチャクチャ美味そう」

 昨夜、落谷の母親が作り置きしてくれたカボチャの煮つけを、崖上が覗き込む。
 唐揚げやミートボールとかの中から、ピンポイントでそれを選ぶか。
 母親が作ったカボチャの煮つけは、落谷の好きなものだ。よりによって、それを選んだ目敏い崖上が小憎たらしい。

「はぁ……ほら一口やるから、人の弁当を視線で食うな」
「いいんですか? やったぁ!」

 いただきます、そういってカボチャの煮つけを口に入れる。しかし口に入れる寸前で、崖上は動きを止めてしまった。
 何かあったのか?

「先輩……俺……」

「あ? なんだよ?」

 壮絶な顔をした崖上に思わず身構えてしまう。なかなか口を開かない崖上に、落谷もなぜかソワソワしてくる。
 何かしてしまったか? 人の家庭事情を聞くのは野暮だったか。

「……俺、このままこれを食べたら……」
「……?」
「先輩と間接キスしてしまう事になるのでは……?」





「……馬鹿か」
「え」

 クソくだらねぇ事で躊躇してんじゃねぇ。
 そう叫ばなかっただけ、落谷の自制力を褒めてもいいくらいだ。思い切り脱力する落谷に、崖上は早々にパクっと煮つけを食べている。その切り替えの早さが恨めしい。

「うんまいっ!! 先輩! これメチャクチャ美味い!!」
「そーかよ、母さんに言っとくわ」

 キラキラ目を輝かせている崖上を見たら、文句を言う気がなくなった。
 そして、この日の落谷は随分と絆されていたのだろう、もしくは母親の料理を褒められて上機嫌になっていたらしい。

「その弁当、全部食っていい。代わりに、俺がコッチ食う。いいな?」

 落谷からの願ってもない提案に、崖上は一瞬だけ固まりつつもそれ以上に舞い上がった。テンションの上下が激しいな、大丈夫か?
 落谷の心配をよそに崖上が、嬉しそうにお礼を言ってくる。

「めっちゃ嬉しい! 先輩、ありがとうございます!!」
「ああ、分かったから、飯食ってる最中に立ち上がるな」
「うっす!」

 落谷に言われた通り、座って黙々と食べ始めた崖上。彼を見ながら、落谷も菓子パンを食べることにする。本当に久しぶりに食べるな、そんな事を考えながら口元に菓子パンを運ぶ。
 一口食べようとして、間接キスの事が頭をよぎる。崖上の様に寸前で止まりかけ、思考をそっちに行かせぬようにパンにかぶりついた。
 美味いのに素直に喜べない。崖上と同じ思考に陥った自分を殴りたい。多少の自己嫌悪の味も感じつつ、咀嚼して飲み込む。
 久しぶりに食事として食べた菓子パンは、なんだか不思議な感じがした。特別感動を感じたわけではないが、ほんの少しだけ。
 ほんの少しだけ、落谷は心が温かくなった……気がした。
 そう感じる理由に、落谷自身なんとなく気が付いていて。それは恐らく、隣で落谷の作った弁当を、美味しそうに食べている奴がいるからだと思う。
 たまにはこんな時間も悪くないと、崖上の幸せそうな顔を見て微笑むのだった。 
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