能天気な後輩に懐かれた

おかもと

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1.初めまして????

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 部活生達の勇ましい声が響く中、人通りの少ない渡り廊下で落谷おちたには後輩に呼び出されていた。
 困惑する落谷の目の前には、制服のシャツのボタンを2、3個外して、ネクタイに至っては着ける気があるのか問いたくなる程に緩めている男子生徒がいる。
 下駄箱付近で「話がある」と声を掛けられ、連れてこられるままに後を追ってきた。が、落谷はそのいかにもな怪しさに、最悪の場合は目の前の男子生徒を殴ってでも、事を解決する所まで考えていた。

 男子生徒が落谷と目線を合わせてきて落谷も身構える。脅されたとしても絶対にしばき返す。

 思わず物騒な事を思いつくが、そこはご愛嬌だ。

「俺、先輩の事がメチャクチャ好きです。結婚を前提に付き合ってください!」
「あ?」

 とんでもねぇ事を真顔で言ってくる目の前の男に、落谷は己の耳を疑う。

 なにかのドッキリかと辺りを見回すが、『ドッキリ大成功!』なんてふざけたプラカードを持って来る訳でもない。あからさまに動揺している落谷に、目の前の男は期待の眼差しを向けてくる。

 何故こんなにもキラキラした瞳を向けられるのか。
 そもそも、この男とは初対面だ。
 なんで勝手なコイツが落ち着いて、俺がこんなに慌てているんだ。 

 そう考えが及んだら、急に目の前の男が腹立たしくなってきた。
 この場合、一周回って落ち着きを取り戻したともいう。

「……まず、お前だれ? あと俺は男で年上で、なんなら初対面。そこんとこ、どう?」

 落谷は小さな子供に言い聞かせるような笑みで、ただ事実を述べる。しかし、目の前の男は何を言ってんだ、といった顔で首を傾げている。

 その表情を浮かべたいのは俺の方だ!

 思わずピクピクと口角が引き攣るが、落谷にとっては不可抗力なので許して欲しい。

「男で年上な事も知ってますし、初対面なのも知ってます。それを理解した上で好きです、付き合ってください。……あ、男だから嫌っすか? 多様性受け入れられない感じです?」
「いや、初対面で結婚前提の告白って、多様性にも程があるだろッ!!」

 すかさず叫んでツッコミを入れた落谷。
 そんな落谷の反応が嬉しかったのか、男は先ほどの真顔とは打って変わってニコニコ笑顔だ。無意識に頭が痛いような顔をしてしまったのは、この際仕方がない。

 落谷はため息を吐きだし、どうしてこうなったのか考え始めた。
 一種の現実逃避をしながら、落谷はもう一度男へ目を向ける。目の前の男に好かれる事をした記憶が無い上に、そもそも生徒会以外で他学年と話す機会すらない。

 困惑を超えて思考を放棄しそうな落谷へ、目の前の男が肩を竦めながら言葉を発した。

「わかりました。じゃあ、オトモダチから始めましょう」
「マイペースかよ……」

 まるで、妥協案を提案してくるような苦い表情で、男子生徒がのたまう。落谷は理解が出来ない初対面結婚前提野郎目の前の男に、頭を掻きむしり叫びたくなる。

「友達も何も……まず、お前の名前を教えろ」

 言いたいことは山ほどあるが、落谷は取り合えずコミュニケーションの初歩の初歩である自己紹介を求めた。落谷の言葉にハッとして、男がへらっと笑う。

「あはは、そういえば名乗るの忘れてましたね?」
「……」

 元から固いとは思っていなかったが、話せば話す程に男の印象がユルくなっていく。名は体を表すとは言うが、もしかしてネクタイも体を表すのか。落谷は男のユッルユルなネクタイを見て、なんとも間抜けな皮肉が思い浮かんだ。

「えっと……二年の崖上がけじょうあるくです。先輩を図書室で見かけて、一目惚れしました。好きです!」
「あー、はいはい。今度から図書室に近付かない」
「え、なんで!?」
「初対面結婚前お前提野郎に絡まれそうだからだよ!」
「えー! 酷ぉ!!」

 ガクリと項垂れる崖上は本気で残念そうだ。
 黙っていれば見た目は良いだろうに、そんな言葉が落谷の喉元までせり上がるが、何となく調子に乗りそうなため押し黙る。

「うー、先輩も自己紹介してくださいよー」
「なんで、俺までしなきゃならねンだよ。てか告白してくるくらいだから、もう知ってんだろ?」
「知ってますげど! 先輩から先輩のフルネーム聞きたいんです!」
「なんでそう……ちょっとキモいんだ」

『酷い!』と抗議の声を上げながら、崖上が期待の籠った眼差しを向けてくる。

「はぁ、三年の落谷おちたにあつむ……これでいいか?」
「はい! 好きです!」
「はいはい」

 今後この男が話すたびに、語尾に『好きです』と付いてきそうな予感を覚えて、そろそろ疲れてきた。
 落谷は何度目かのため息を吐きだすと、くるっと崖上に踵を返して下駄箱へ向かう。

 もとより、崖上に捕まらなければ早く帰れる筈だったのだ。
 この喜劇が擬人化したような男に捕まってしまったお蔭で、こうも帰宅時間が押してしまった。
 落谷は『先輩、どこ行くんですか!?』と騒がしい崖上を置き去りにして、三年の靴箱へ足を進めた。

 しかし、悲しきかな。
 三年と二年の靴箱は同じ場所にあるのだ。落谷がいくら崖上を振り切って逃げようにも、すぐに追いつかれてしまう。

「先輩、待ってくださいよ! 一緒に帰りましょーよ」
「後輩、付いてくるな。お前と俺の帰る方向は違うんじゃないか」
「先輩、なんと同じ駅で乗車して、同じ駅で降車です!」
「……」

 何でそんな事を知っているんだ。落谷は逃げるように歩いていた足を、猜疑心さいぎしんのあまり止めてしまった。
 もしかしてこの男、初対面結婚前提野郎なんて生温い野郎ではなく、激キモストーカー野郎だったのではあるまいか。そんな考えが、落谷の中で顔を覗かせる。

「あ、勘違いしないでくださいよ? この前、偶然・・に先輩を電車で見つけて、偶然・・同じ駅で降りてたので覚えてただけっすから」
「本当に偶然か? 必然ではなく?」
「やだなぁー 偶然ですよ。まぁ、俺が先輩を好きになったのは必然ですけど」

 へらへら、ゆるゆる。そんな擬音が似合う雰囲気で、崖上が照れ笑いを浮かべている。この男の飄々とした様子に、どうにもペースを乱されて調子が狂う。落谷は諦めて歩調を崖上に合わせてやると、崖上が嬉しそうに隣に並んできた。

「いっそのこと、全部を無いものとして扱った方が、楽な気がしてきたな」
「わー、酷い」
「うるせ……」

 どうも崖上は苦手な部類の人間で、落谷は距離感を迷いつつも辛辣に接している。何より落谷の中の警報が、このタイプの奴は、優しくした分だけ自分落谷の意見を喰うと、アラートを鳴らしているのだ。じわじわ自分の意見を浸透させてくるタイプは、落谷とは相性が悪い。短気な落谷には気長すぎる奴の空気感は、イライラしてしまう。

「先輩って優しそうな見た目なのに、性格はヤンキーみたいですね?」
「突然失礼だな、お前」
「いや、そういうギャップ好きっす」
「そりゃどーも」

 サムズアップして謎に自信満々な崖上に、落谷は白い目でそれを見ながら受け流す。
 しかし確かに崖上の言うように、落谷の容姿はその性格に反してとても優しそうなのだ。柔らかな猫毛の髪をセンターで分けてセットし、少し切れ長な目はつり目だというのに優しい印象を与えている。身長も173センチと平均的で、女性やお年寄りにとっては、威圧感の少ない身長と言えるだろう。
 そして失礼な事もない限り、物腰も柔らかい。そう、崖上の様に奇天烈で常識外れでなければ、物腰が柔らかいのだ。
 奇想天外な崖上の行動に適当に言葉を返しつつ、二人は学校の校門を抜けた。
 それから暫く崖上からの一方的な会話に、返事や相槌をしてやりながら駅に向かう。この時間帯は学生が多く、駅に付随しているショッピングモールにも、青春の真っただ中といった学生達がたむろしている。寄り道を促してくる崖上を無視し、駅のホームまでやって来るのに予想以上に苦労した。今も電車を待つ落谷の隣で、ぶつぶつと不満を垂れている。

「そんなに寄り道したいなら、すればいいだろ」
先輩と・・・! したいんですよ! 俺らもイチャイチャしましょうよー」
「オトモダチはどうなったんだよ」
「オトモダチ同士でもイチャイチャしたりするから! 最近の子は!!」
「お前が最近の子なら、俺もそうなんだが??」
「先輩はなんか……こう、もっと……若者らしくいきましょーよ」
「誰がジジイだ」
「被害妄想ッ!!」

 ぎりぎり話が通じない、と嘆く崖上。
 落谷がわざとズレた意味で受け取っているのだから仕方がない。

 狡猾な印象があった崖上が、大人しく落谷の掌の上で転がっているので、その素直さに可愛らしいと思うべきか、小憎たらしいと思えばいいのか。
 崖上は好きな人の前ではどんな道化になろうが、推し落谷が喜ぶならそれでいいと思っているのかやたら上機嫌だ。
 実際、崖上は本気で落谷の事を好いている。

 それこそ、初対面だった彼と繋がりを持つべく、結婚を前提に告白したくらいに。
 お蔭で結婚前提野郎と、落谷に不名誉な呼ばれ方をされているのだが。
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