あじさい 短編集(外伝)

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
51 / 53
あおぞら

2

しおりを挟む
 それから家に帰り、
寝ようかなと思ったけど、リビングに通りかかればベランダでタバコを吸うマリちゃんとみっちゃんが見えた。

 なんとなく、そこに混ざってみようと、お風呂上がりで濡れた髪を拭きながら窓を開けてみる。
 振り返る二人の姿もいつも通り。星が綺麗な、春の風が吹いてきて。
 にやっと笑ったマリちゃんが、「珍しいな」と言いながら手招きをして。

「小夜にタバコの臭いが移るだろ、真里」

 と少し嗜めるみっちゃん。笑ったままのマリちゃんが「風邪引くなよ」と、みっちゃんそっちのけで。

 着ていた、家着のジップパーカを脱いで私に被せてくれたマリちゃんは、正直寒そうだったけど。

「あれだってさ、小夜」

 夜空をタバコで指したマリちゃんに「ん?」と、空を眺めようと私も二人の間に入って。
 みっちゃんが「風邪引くなよ、ホントに」とか言いながら後ろから包み込むように緩く抱き締めるように、私の肩から下がったタオルでやんわりと髪を拭いてくれた。

「あれ。ちょっと大きいけど」

 みっちゃんの細い指が短くなったタバコで星を繋いで、夜空に絵を描く。
 よくこうして何度も、星を見た。3人で。
しかしその星座は、去年、とても大切な人とプラネタリウムでも、見た。

「おとめ座?」
「あっ」

 嬉しそうににやりと笑って私を見るみっちゃんとに、なんだか暖かいような、切ないような気持ちになって。

「知ってるか」
「うん。春の神様が、娘に逢えた証。でしょ?」
「なんだ、小夜も詳しくなったのか、星座」

 そう言ってマリちゃんはベランダの手摺りに肘をつき「俺もうどれだかわかんねぇや」と言ってタバコを灰皿に捨てた。

「…春が暖かいのは、娘に逢える季節なんだって。だからその前に冬があるんだって、聞いたよ」
「そうそう。本で読んだの?」
「ううん。プラネタリウム」

 何故かマリちゃんが吹き出した。
 みっちゃんを見れば、少し驚いた顔をしていて、なにか言いたそうだが言えないらしかった。そんな顔をしている。

「…プラネタリウムって」
「あー光也さんそれ聞かない方がよくね?
小夜も大人になったなぁ。そんなん誰と行ったんだか」

 マリちゃんが凄くにやにやしている。
 …一喜かずき先輩と、去年の今頃。誘われてふたりで行ってきました。

 おとめ座が光る。目立つスピカ。わかりやすい星で、きっと誰でも見つけられる。

「…まぁ、」

 仕切り直したようにみっちゃんが星を眺める。ふと切ない顔をしたような気がしたけど。

「見てるといいな。
 妖精と、水仙を摘んでいたら拐われたんだよ、あの星は」
「…そうなの?」
「冥界の神さまはそれほど、好きになったんだよ、あの、星をさ」

 ぼんやりと眺めるみっちゃんに「それは知らなかったな」とマリちゃんが言う。

「だから、春はとても花が咲くんだよ」
「…俺は花粉で凄くこの季節、ここ数年、恨みしかなかったよ光也さん」
「あ、お前今大丈夫かよ」
「花という単語で思い出しちゃったんだよ。
 けどまぁ、」

 ふいに視線を足元に落とすマリちゃんは、
去年、雪子ゆきこさんから貰ったチューリップを眺めた。この前マリちゃんがくしゃみをしながら植え替えていたので、今年もまた、綺麗な赤色の蕾が出ている。

「見てるといいねぇ、みんな。
しかし不思議だよな。
 おとめ座は見えるじゃん?そのおとめ座さんは花を摘んで楽しんでいた。なんか、あいつは空にいるのに、不思議な季節だな」

 ちらっとマリちゃんは私と、なによりみっちゃんを見る。

「俺は側で一緒に見れるから、まぁ満足なんだけど」

 それからふと。
 くしゃみをしたマリちゃん。
 最早それは精神的な物のような気がするけど、マリちゃん。

「然り気無いねマリちゃん」
「若干俺も今思ったわ。
 さぁ、小夜も風邪引くし、マリはあんなだし、寒いから部屋戻ろ」

 へっくし、へっくしとくしゃみが止まらなくなってしまったマリちゃんの為に、私たちは一足先にリビングへ戻り、壁にかけていたコロコロで全身の花粉を取った(つもり)。

 髪の毛を乾かそうと、リビングから去るときに、「明日大丈夫かよ真里」とか、「マスクとティッシュ箱必須だなこれ」という会話が聞こえてきた。

 ホントに、
 卒業式、という意外、日常だ。

 あの時は。
 ふと思い出して。
 去年はどうだったかな、そうだ、先輩はあの高校を卒業しなかったんだと思い出した。
 一般席に制服で着て、仲間を見送った先輩。高校最後の、高校生の正装。

 海外留学した岸本きしもと先輩や、
辞めてしまった浦賀うらが先輩。そしていまはあの空にいるだろう浦賀先輩の弟。
 最後にちゃんと私に言葉を残してくれた一喜先輩。

 私、どうやら卒業なんです。鳥籠と言ったあの場所から、巣立つみたいです。

 見ていたらいいな、この澄んだ春の空を。一緒には、見れなかったけれど。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

女子高校生集団で……

望悠
大衆娯楽
何人かの女子高校生のおしっこ我慢したり、おしっこする小説です

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

【ショートショート】雨のおはなし

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
◆こちらは声劇、朗読用台本になりますが普通に読んで頂ける作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

処理中です...