あじさい 短編集(外伝)

二色燕𠀋

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雨音

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 きっかけを辿ればホント、いつの間にかこんな関係になっていた。
 出会いは俺がまだパティシエをやっていた頃。

 やりたい仕事と少し違うのかもしれないと思い始めた頃、俺は少し指を怪我した。
 たったそれだけでキッチンに一週間も立てなくなり、仕方なく、やったこともない接客業へ初挑戦。お堅くてホントつまんなくて。だけどやっぱりケーキ屋なんて、お客さんの笑顔も見れたりして。

 それが却って日常をつまらなくしていた。ここには喜怒哀楽がある客が来ない。同じ表情ばかり見てると嘘臭く見えてきてしまってつまらなかった。

 まぁ、こんなもん買うなんてこいつらには特別以外に何もないんだよなとも思い、妥協に近い感覚でやっていた。

 そんななか静は、嬉しそうでも何でもなく、むしろ最初に買いに来た日なんかは泣きそうなを顔してフォンダンショコラを買って行って。一人で店の、喫茶店になってるスペースでフォンダンショコラを“消費”していた。

 なんでそんなに悲しそうに、そんなもんを食ってるかもわからない。いつも一人で、ゆっくりするわけでもなくさっさと買って消費して帰って行く。それが不思議で仕方なくて。

 少し話しかけて、レシートの裏に連絡先を書いたら連絡が来て、少しずつ店でも、個人的にも話すようになって、ある日気が付いたらホテルに連れ込んでた。多分酔っぱらった勢いだろう。

 誘ったときは覚えてる。俺はシンプルに、「今からホテルに行こう」と言った。静はその時、照れたように暫し悩んでから頷いたのだ。

 部屋に入ってすぐに貪るようなキスをしても拒まない。どこを触っても感度は良いし文句も言わない。
ただ、拒むのか拒まないのかわからないほど曖昧な力で俺の手をなぞるのは相当そそった。
 その手首を掴んで床に押し付けてみて驚いた。何本、何十本あるかわからないような、ちょっと深めの傷があった。それを見てなんだか無性に腹立たしくなって、手首を握りつぶすような力で掴んでやった。自分のその手がなんとなくじっとりと湿っているような気がした。

「人なんてなかなか死ねねぇもんだよ」

 もの凄く痛そうに顔を歪ませていて。ちょっと位置をずらして傷口を露にすると、やっぱり開いて血が滲んでいた。
 そうなって漸く反抗的な目をしたから、俺は傷口に舌を這わせ、血を舐めとるようにしても、なかなか鉄の味は取れなかった。

「嫌でも生きてるって思い知らせてやるよ」

 傷口を舐めながら愛撫してやれば、快楽に声が漏れても、やはり気が強いのか歯は食いしばっていた。

 それから暫くはセフレのような関係だったけど、一度家に呼んだら住みつかれた。
 なんの意味もなく一緒にいて、俺の気分でセックスして。
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