あじさい 短編集(外伝)

二色燕𠀋

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数億光年の下で

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 やはり街は気が早い。まだ11月なのに、イルミネーションとかクリスマスの宣伝広告とか、見ていると感覚が狂う。

「流星群かぁ…」
  
 ふと小夜が、そんな町中をガラス越しに見て言う。小夜にとっては国民的宗教行事より、何年かに一回見えるかもしれない自然現象の方が魅力的らしい。

「見たい?」
「まぁ晴れたらねー」
「14日って何曜日だっけ」
「確か土曜日」
「次の日定休日か。なら行くか」
「行く?」
「うん。ちょっと山まで」
  
 真里、暫し沈黙。

「ちょっとって、どこの山を言ってんの?」
「え?ないの?」
「そっか…光也さん西か…。
 こっちの方だとね、県をそうだなぁ…一個越えないとないかもね」
「えっ、嘘」
「本当。うーん、近くだと…あ、でも茨城とかかな。神奈川の箱根あたりも温泉あるし、行くには良いかも。
 あとはどこだろ…群馬…埼玉にはないだろうね。うーん、栃木?最早関東やめて福島?」
「マジか、使えねーな東」
「そっちもそんなでしょうが、あんま知らんけど」
「いや、あっちの方が山あるよね」
  
 そういえば小夜もそっちと言うか関東よりは西に行ったんだっけか。しかし、そんな山も対してない、海もあるけど端っこにしかないこんな地域のやつら、ホント何食って生きてきたんだ。特に東京。

「まぁ山じゃなくてもいいやなんか空気がここより綺麗で標高が高いとこ」
「それを俗に山と言うんだよ光也さん。まぁいいやどっか上がったら連れて行くよ 」
「きっと着く頃には丁度良いんじゃないかな。3時くらいが見頃だから」
「そだね、混んでなけりゃ行けるかな。柏原さんも連れてく?」
「あの人は逆に止めとこう。引きこもりだから」
  
 あとはそんな時期だとあの人のサプライズを見破っちゃいそうだから。まぁ一人で3時頃見てたらいいや。

「楽しみだなー!晴れるといいね!」
「そうだなー。俺も何年ぶりかな」
「私ね、一回あっちで見たの、お父さんと」
「お、いつ?」
「んー、小学校卒業くらいだったかな?
 いっぱい流れててさー。なんか3時間くらいずっと見てた」
「ふたご座は見やすいからな」
「見やすいとか見にくいとかあるもんなの?」
「あるよ。しぶんぎ座とかは星が黒いから望遠鏡とかないと見れないな」
「へぇー。まずしぶんぎ座がわかんねぇ」
「そっか、いいんじゃね?なんか上にあるやつ。冬のダイヤモンド、うーん、大六角形って言った方が分かりやすいかな。それのなんか一部」
「みっちゃんわかりにくい」
「すまん、調べて」
「うわぶん投げたよ。まぁ多分調べないけど」
「だろうね」
  
 星なんてそんなもんだろう。意識しなければただの、暗闇の中にある点でしかない。それに神話を作ったやつは筋金入りのメルヘン症候群だと思う。
   ただ、それで日常に色をつけようという感性はなんかわかるような気がするけど。

「なんだか、柏原さん…ちょっと悲しそうだったね」
  
 そう言われてはっとした。そう言えば小夜は知らないのか。

「そう?」
  
 いつかあの人が心を開いたら、あの人が語るだろう。
 俺たちだってあんまり詳しくは知らない。ただ、語らない人って、大体語り方を知らなかったりもするから、語ろうとすることも課題のひとつなんだ。

「うん…なんとなくだけどね。気のせいならそれでいいんだけどさ」
「まぁなんかあったら話してくるっしょ。あの人はお喋りだから」
「え?そうかな?」
「…うん」
  
 後部座席の窓を開けてふと街を見てみようと思った。息の白さを見て、タバコに火をつける。
  
 セブンスターの14ミリ。おっさんと違って俺はタールが上がった。前まで吸ってた7ミリのソフトパックが製造中止になったからだ。
   ソフトパックはどうも、只今立ち位置が危ういらしい。結構製造中止が増えてきているとタバコ屋のおっちゃんが言っていた。タールが倍になったおかげで最初なんて腹を下したが、いまはいくらか慣れてきた。

「灰皿使えば?」

 窓の外に灰が落ちたとき、真里が言った。

「ん?いいやたまには。いずれ吸い殻に使うけどさ」
  
 真里もタバコを吸い始めた。真里はそう言えば、銘柄変わらないな。

「真里ってタバコ変わんないね」
「ん?あぁそうだね。そう言えば。いや試したことはあるけどね。やっぱり戻ってきちゃうよね」
「お前は浮気しないからなー」
「え、関係あるの?」
「なんかね、タバコをコロコロ変えるやつは浮気性とかね、ジンクスみたいなのっていっぱいあるよ」
「とある銘柄のメンソールはインポとかね」
「真里、小夜に下ネタ吹き込んだら殺すよ」
「はいはい。
 柏原さん、いまラキストか。ラキストは原爆記念に作られたとかね」
「へぇー!なんかカクテルみたい!」
「まぁどっちも嗜好品だからね。
 セッターは宇宙時代の幕開けとかね。これ吸ってパチンコ打ちに行くと当たるって聞いたけど、あれ多分嘘だよね」
「あぁ、それ嘘だよ。俺光也さんの一本パクって昔行ってみたもん。3万くらい負けたよ」
  
 何それ聞き捨てならないんだが。

「お前それいつだよ。しれっと言いやがって」
「学生時代だよ。だって事務所に起きっぱなんだもん。セブンスターで7ミリとかマジ当たんじゃね?って大学生ノリだよね。いやぁ見事に負けたよ。マジ返して欲しいよね」
「お前いま相当わがまま言ってんのわかってる?」
「なんかちょっと面白いねそーゆージンクス」
「だからと言って良い子は真似すんなよ。1本で寿命5分縮まるって言われてるからね」
「はーい」
  
 と言いつつ小夜なんて周りにろくな大人がいないからちょっと未来が心配だが、まぁ芯が強いからな。
  
 タバコを吸った後に外の刺さるような空気を吸う。肺がヒリヒリする。空気の汚さも相まってちょっと噎せたのでドアを閉めた。寒い。車内が驚くほど寒い。
  
 窓ガラスが曇っている。暖房はついているようだ。
 小夜が曇った窓ガラスになんか筆記体で英単語らしきものを書いていて、
「こら、跡残るだろーが」と真里に怒られていた。筆記体の隣に書いたクマが、水滴でグロテスクなことになり、消していた。
  
 試しにふたご座を書いてみたけどやっぱなんか崩れた。それを見た真里は、「あんたも子供じゃないんだから!」と言ったので仕方なくウェットティッシュで拭いた。

「ふたご座って双子には見えないよねこの点と線だとさ…」
  
 子供の頃に行ったプラネタリウム。解説を聞いても全然ぴんとこなかった。

「あ、思い付いた」
「え?」
「なに?」
「小夜、ふたご座お勉強会、あとでやろう」
  
 これは名案だ。
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