紫陽花

二色燕𠀋

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アダージョ

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 頭が痛い。
 ただ、ここで頭痛薬を飲んだらのびるだろうからやめておこう。

 着替え終え、バックヤードには誰も居なかった。カウンターに出ていくと客席に小夜が、小さくなって座っていた。
 小夜にリンゴジュースを出して作業を一人開始した。

 頭が回らない。俺も少し糖分を取ろうと思ってリンゴジュースを飲んだ。

 小夜はいつの間にか客席からいなくなっていて、着替えて準備をしにバーカウンターに入ってきた。

「ごめん、おっさんと真里いないからあっちやるわ。こっちの準備任せた」
「うん」

 業務連絡だけして厨房に向かおうとすると小夜は、「あれ?」と呟き、「みっちゃん」と呼び止められた。

「水道、開けた?」
「あ、ごめん、忘れた」
「流し台は?」
「えーっと…」
「製氷機の電源は?」
「あ、間違えて冷蔵庫電源切ったわ」
「…みっちゃん、ボケてない?」
「…ごめん…」
「まぁいいや、確認しながらやるよ。てか大丈夫?寝たのちゃんと」
「うーん、寝た」
「…具合悪い?」

 生活を共にするとこーゆーのを見抜かれるのが厄介だ。

「まぁ、そのうち大丈夫。低血圧だから」
「いや、それにしても今日ボケてるでしょ」
「まぁ、なんとかなるよ」
「ねぇみっちゃん、」
「ん?」
「…全体的にさ、あんまり無理するの、よくないと思うの。見ている方も、辛いんだよ?」
「…大丈夫だよ」
「本当に?」
「うん…。てか始めよう…」
「始めるけど…私が言いたいこと、わかって?みっちゃん」
「小夜、俺はね」

 本気で心配してくれてるお前の気持ちはちゃんとわかってる。

「大丈夫だよ。だから…自分の心配もまずはしなさい。進路とか、将来とか。でも、その妨げになるなら…」
「みっちゃん?」

 丁度よくおっさんと真里が帰ってきたので話は中断。

「お、元気よく喧嘩中だな!」
「柏原さん…」
「小夜ちゃん偉いなぁ。ちゃんとやってくれてありがとな」
「いえ…お仕事ですから」
「そうだね。
 あ、光也もしやキッチンやってくれようとしてた?」
「うん」
「いま行くわ、悪いな」

 そう言って二人ともバックヤードに入っていった。

 あぁ、頭が痛い。
 てか、呼吸が…。

「みっちゃん!」

 苦しい。
 床が冷たい。

 小夜が心配そうだ。

 あぁ、みんなわりと心配そうに集まってきちゃったよ、どうしようかなこれ。

「光也さん!」

 このパターン、前にもあった気がする。
 大丈夫だよそんなに心配しなくても。
 俺一人いないくらいなんだっていうんだよ。
 お前らわりと強いから、やっていけんだろ。
 俺に縛られないでくれよ。

「光也」

 一人だけ冷静で。

「大丈夫だから」

 その一言に少し救われるけど。
 それって俺が使う嘘吐くときのやつだよなぁ、とかぼんやり考えてみたりして。

「安心しろ、一人じゃないんだから」

 あぁ、そうか。
 一人じゃないね。

「悪いな、ちょっと二人で進めてて。30分押しで。開店もキツそうなら30分押しで良いから」

 あぁ、なんか悪いことしたなぁ。
 おっさんに最早姫様だっこ状態で運ばれながら、「大丈夫、あいつら有能だから。気にすんな」とか言われて仮眠室に寝かされた。

 胸辺りを擦られ、「はい、深呼吸ね」とか言われながら指示に従ってたら呼吸が少し楽になった。

「ちょっとましになった?水持ってくるわ」

 おっさんはそう言ってすぐに水を持って戻ってきた。
 そこで気付いた。薬の残骸を起きっぱなしにしていたことに。
 おっさんは何も言わずにタバコを吸っている。

「ごめん…なさい」
「うん、いいよ」
「俺、」
「お前の生きたいように生きろよ」
「え?」
「今のお前じゃ生きにくすぎるだろう。でもいいじゃん。
 自分がやりたいことやんなよ。たまにはさ。今回のは良いんじゃない?全部捨ててみるってのも。俺昔ね、一回やったことあるよ」
「そう…」
「犠牲は出るけどな。それでもいいじゃん。自分って一人しかいねぇもん。他人にばっか押し潰されてたら圧死するわ。今のお前それじゃん。
 案外なんとでもなるって」

 そういうもんかな…。

「てか自分が幸せじゃない自分の人間関係なんてない方がいいからね」
「いや、幸せではあるんだよ」
「わかるよ。でもそうかな」

 これ以上言い返したところで多分勝てない。断然この人の方が辛い道は歩いてるから。

「ごめんなさい」
「謝んなくていいよ」

 イライラはしてるんだろうけど優しめに言ってくれるあたりが辛い。

「あんたのこと、いつまでもきっと好きになれない」
「いーよ。多分そうだと思うから」

 なんでこんなに歯を食い縛るような想いをするんだろう、こいつらといると。

 ふいに頭に手を置かれ、乱暴に撫でられた。

「落ち着いたら来い」

 その手を拒むように頭を振る。寂しそうな顔をしておっさんは店に戻った。
 拒むことでしか何かを現せない。

 少ししてから俺も店に戻る。開店には間に合わない。やっぱり30分押しだ。

「ごめん、復帰する」
「大丈夫なの!?」
「うん、まぁ…大丈夫」
「真里もごめんな、押しちゃったな」

 キッチンにも声を掛ける。何かを言おうとした真里に背を向ける。
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