85 / 90
アダージョ
17
しおりを挟む
頭が痛い。
ただ、ここで頭痛薬を飲んだらのびるだろうからやめておこう。
着替え終え、バックヤードには誰も居なかった。カウンターに出ていくと客席に小夜が、小さくなって座っていた。
小夜にリンゴジュースを出して作業を一人開始した。
頭が回らない。俺も少し糖分を取ろうと思ってリンゴジュースを飲んだ。
小夜はいつの間にか客席からいなくなっていて、着替えて準備をしにバーカウンターに入ってきた。
「ごめん、おっさんと真里いないからあっちやるわ。こっちの準備任せた」
「うん」
業務連絡だけして厨房に向かおうとすると小夜は、「あれ?」と呟き、「みっちゃん」と呼び止められた。
「水道、開けた?」
「あ、ごめん、忘れた」
「流し台は?」
「えーっと…」
「製氷機の電源は?」
「あ、間違えて冷蔵庫電源切ったわ」
「…みっちゃん、ボケてない?」
「…ごめん…」
「まぁいいや、確認しながらやるよ。てか大丈夫?寝たのちゃんと」
「うーん、寝た」
「…具合悪い?」
生活を共にするとこーゆーのを見抜かれるのが厄介だ。
「まぁ、そのうち大丈夫。低血圧だから」
「いや、それにしても今日ボケてるでしょ」
「まぁ、なんとかなるよ」
「ねぇみっちゃん、」
「ん?」
「…全体的にさ、あんまり無理するの、よくないと思うの。見ている方も、辛いんだよ?」
「…大丈夫だよ」
「本当に?」
「うん…。てか始めよう…」
「始めるけど…私が言いたいこと、わかって?みっちゃん」
「小夜、俺はね」
本気で心配してくれてるお前の気持ちはちゃんとわかってる。
「大丈夫だよ。だから…自分の心配もまずはしなさい。進路とか、将来とか。でも、その妨げになるなら…」
「みっちゃん?」
丁度よくおっさんと真里が帰ってきたので話は中断。
「お、元気よく喧嘩中だな!」
「柏原さん…」
「小夜ちゃん偉いなぁ。ちゃんとやってくれてありがとな」
「いえ…お仕事ですから」
「そうだね。
あ、光也もしやキッチンやってくれようとしてた?」
「うん」
「いま行くわ、悪いな」
そう言って二人ともバックヤードに入っていった。
あぁ、頭が痛い。
てか、呼吸が…。
「みっちゃん!」
苦しい。
床が冷たい。
小夜が心配そうだ。
あぁ、みんなわりと心配そうに集まってきちゃったよ、どうしようかなこれ。
「光也さん!」
このパターン、前にもあった気がする。
大丈夫だよそんなに心配しなくても。
俺一人いないくらいなんだっていうんだよ。
お前らわりと強いから、やっていけんだろ。
俺に縛られないでくれよ。
「光也」
一人だけ冷静で。
「大丈夫だから」
その一言に少し救われるけど。
それって俺が使う嘘吐くときのやつだよなぁ、とかぼんやり考えてみたりして。
「安心しろ、一人じゃないんだから」
あぁ、そうか。
一人じゃないね。
「悪いな、ちょっと二人で進めてて。30分押しで。開店もキツそうなら30分押しで良いから」
あぁ、なんか悪いことしたなぁ。
おっさんに最早姫様だっこ状態で運ばれながら、「大丈夫、あいつら有能だから。気にすんな」とか言われて仮眠室に寝かされた。
胸辺りを擦られ、「はい、深呼吸ね」とか言われながら指示に従ってたら呼吸が少し楽になった。
「ちょっとましになった?水持ってくるわ」
おっさんはそう言ってすぐに水を持って戻ってきた。
そこで気付いた。薬の残骸を起きっぱなしにしていたことに。
おっさんは何も言わずにタバコを吸っている。
「ごめん…なさい」
「うん、いいよ」
「俺、」
「お前の生きたいように生きろよ」
「え?」
「今のお前じゃ生きにくすぎるだろう。でもいいじゃん。
自分がやりたいことやんなよ。たまにはさ。今回のは良いんじゃない?全部捨ててみるってのも。俺昔ね、一回やったことあるよ」
「そう…」
「犠牲は出るけどな。それでもいいじゃん。自分って一人しかいねぇもん。他人にばっか押し潰されてたら圧死するわ。今のお前それじゃん。
案外なんとでもなるって」
そういうもんかな…。
「てか自分が幸せじゃない自分の人間関係なんてない方がいいからね」
「いや、幸せではあるんだよ」
「わかるよ。でもそうかな」
これ以上言い返したところで多分勝てない。断然この人の方が辛い道は歩いてるから。
「ごめんなさい」
「謝んなくていいよ」
イライラはしてるんだろうけど優しめに言ってくれるあたりが辛い。
「あんたのこと、いつまでもきっと好きになれない」
「いーよ。多分そうだと思うから」
なんでこんなに歯を食い縛るような想いをするんだろう、こいつらといると。
ふいに頭に手を置かれ、乱暴に撫でられた。
「落ち着いたら来い」
その手を拒むように頭を振る。寂しそうな顔をしておっさんは店に戻った。
拒むことでしか何かを現せない。
少ししてから俺も店に戻る。開店には間に合わない。やっぱり30分押しだ。
「ごめん、復帰する」
「大丈夫なの!?」
「うん、まぁ…大丈夫」
「真里もごめんな、押しちゃったな」
キッチンにも声を掛ける。何かを言おうとした真里に背を向ける。
ただ、ここで頭痛薬を飲んだらのびるだろうからやめておこう。
着替え終え、バックヤードには誰も居なかった。カウンターに出ていくと客席に小夜が、小さくなって座っていた。
小夜にリンゴジュースを出して作業を一人開始した。
頭が回らない。俺も少し糖分を取ろうと思ってリンゴジュースを飲んだ。
小夜はいつの間にか客席からいなくなっていて、着替えて準備をしにバーカウンターに入ってきた。
「ごめん、おっさんと真里いないからあっちやるわ。こっちの準備任せた」
「うん」
業務連絡だけして厨房に向かおうとすると小夜は、「あれ?」と呟き、「みっちゃん」と呼び止められた。
「水道、開けた?」
「あ、ごめん、忘れた」
「流し台は?」
「えーっと…」
「製氷機の電源は?」
「あ、間違えて冷蔵庫電源切ったわ」
「…みっちゃん、ボケてない?」
「…ごめん…」
「まぁいいや、確認しながらやるよ。てか大丈夫?寝たのちゃんと」
「うーん、寝た」
「…具合悪い?」
生活を共にするとこーゆーのを見抜かれるのが厄介だ。
「まぁ、そのうち大丈夫。低血圧だから」
「いや、それにしても今日ボケてるでしょ」
「まぁ、なんとかなるよ」
「ねぇみっちゃん、」
「ん?」
「…全体的にさ、あんまり無理するの、よくないと思うの。見ている方も、辛いんだよ?」
「…大丈夫だよ」
「本当に?」
「うん…。てか始めよう…」
「始めるけど…私が言いたいこと、わかって?みっちゃん」
「小夜、俺はね」
本気で心配してくれてるお前の気持ちはちゃんとわかってる。
「大丈夫だよ。だから…自分の心配もまずはしなさい。進路とか、将来とか。でも、その妨げになるなら…」
「みっちゃん?」
丁度よくおっさんと真里が帰ってきたので話は中断。
「お、元気よく喧嘩中だな!」
「柏原さん…」
「小夜ちゃん偉いなぁ。ちゃんとやってくれてありがとな」
「いえ…お仕事ですから」
「そうだね。
あ、光也もしやキッチンやってくれようとしてた?」
「うん」
「いま行くわ、悪いな」
そう言って二人ともバックヤードに入っていった。
あぁ、頭が痛い。
てか、呼吸が…。
「みっちゃん!」
苦しい。
床が冷たい。
小夜が心配そうだ。
あぁ、みんなわりと心配そうに集まってきちゃったよ、どうしようかなこれ。
「光也さん!」
このパターン、前にもあった気がする。
大丈夫だよそんなに心配しなくても。
俺一人いないくらいなんだっていうんだよ。
お前らわりと強いから、やっていけんだろ。
俺に縛られないでくれよ。
「光也」
一人だけ冷静で。
「大丈夫だから」
その一言に少し救われるけど。
それって俺が使う嘘吐くときのやつだよなぁ、とかぼんやり考えてみたりして。
「安心しろ、一人じゃないんだから」
あぁ、そうか。
一人じゃないね。
「悪いな、ちょっと二人で進めてて。30分押しで。開店もキツそうなら30分押しで良いから」
あぁ、なんか悪いことしたなぁ。
おっさんに最早姫様だっこ状態で運ばれながら、「大丈夫、あいつら有能だから。気にすんな」とか言われて仮眠室に寝かされた。
胸辺りを擦られ、「はい、深呼吸ね」とか言われながら指示に従ってたら呼吸が少し楽になった。
「ちょっとましになった?水持ってくるわ」
おっさんはそう言ってすぐに水を持って戻ってきた。
そこで気付いた。薬の残骸を起きっぱなしにしていたことに。
おっさんは何も言わずにタバコを吸っている。
「ごめん…なさい」
「うん、いいよ」
「俺、」
「お前の生きたいように生きろよ」
「え?」
「今のお前じゃ生きにくすぎるだろう。でもいいじゃん。
自分がやりたいことやんなよ。たまにはさ。今回のは良いんじゃない?全部捨ててみるってのも。俺昔ね、一回やったことあるよ」
「そう…」
「犠牲は出るけどな。それでもいいじゃん。自分って一人しかいねぇもん。他人にばっか押し潰されてたら圧死するわ。今のお前それじゃん。
案外なんとでもなるって」
そういうもんかな…。
「てか自分が幸せじゃない自分の人間関係なんてない方がいいからね」
「いや、幸せではあるんだよ」
「わかるよ。でもそうかな」
これ以上言い返したところで多分勝てない。断然この人の方が辛い道は歩いてるから。
「ごめんなさい」
「謝んなくていいよ」
イライラはしてるんだろうけど優しめに言ってくれるあたりが辛い。
「あんたのこと、いつまでもきっと好きになれない」
「いーよ。多分そうだと思うから」
なんでこんなに歯を食い縛るような想いをするんだろう、こいつらといると。
ふいに頭に手を置かれ、乱暴に撫でられた。
「落ち着いたら来い」
その手を拒むように頭を振る。寂しそうな顔をしておっさんは店に戻った。
拒むことでしか何かを現せない。
少ししてから俺も店に戻る。開店には間に合わない。やっぱり30分押しだ。
「ごめん、復帰する」
「大丈夫なの!?」
「うん、まぁ…大丈夫」
「真里もごめんな、押しちゃったな」
キッチンにも声を掛ける。何かを言おうとした真里に背を向ける。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
【完結】限界離婚
仲 奈華 (nakanaka)
大衆娯楽
もう限界だ。
「離婚してください」
丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。
丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。
丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。
広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。
出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。
平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。
信じていた家族の形が崩れていく。
倒されたのは誰のせい?
倒れた達磨は再び起き上がる。
丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。
丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。
丸田 京香…66歳。半年前に退職した。
丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。
丸田 鈴奈…33歳。
丸田 勇太…3歳。
丸田 文…82歳。専業主婦。
麗奈…広一が定期的に会っている女。
※7月13日初回完結
※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。
※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。
※7月22日第2章完結。
※カクヨムにも投稿しています。
雨桜に結う
七雨ゆう葉
ライト文芸
観測史上最も早い発表となった桜の開花宣言。
この年。4月に中学3年生を迎える少年、ユウ。
そんなある時、母はユウを外へと連れ出す。
だがその日は、雨が降っていた――。
※短編になります。序盤、ややシリアス要素あり。
5話完結。

好きな人がいるならちゃんと言ってよ
しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話
夢見るディナータイム
あろまりん
ライト文芸
いらっしゃいませ。
ここは小さなレストラン。
きっと貴方をご満足させられる1品に出会えることでしょう。
『理想の場所』へようこそ!
******************
『第3回ライト文芸大賞』にて『読者賞』をいただきました!
皆様が読んでくれたおかげです!ありがとうございます😊
こちらの作品は、かつて二次創作として自サイトにてアップしていた作品を改稿したものとなります。
無断転載・複写はお断りいたします。
更新日は5日おきになります。
こちらは完結しておりますので、最後までお付き合いいただければ幸いです。
とりあえず、最終話は50皿目となります。
その後、SSを3話載せております。
楽しんで読んでいただければと思います😤
表紙はフリー素材よりいただいております。

【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない
かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、
それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。
しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、
結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。
3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか?
聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか?
そもそも、なぜ死に戻ることになったのか?
そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか…
色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、
そんなエレナの逆転勝利物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる