紫陽花

二色燕𠀋

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アダージョ

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 そうか、これは家出か。
 自分の中では今生の別れくらいの勢いだったけれど。

 タバコの火を消して雪子さんの前に座る。雪子さんは、俺の言葉を待ってる。

「俺は多分、下手くそなんです。人間関係が。こんなに恵まれてるくせに、ダメなんです。
 どんどん深みに嵌まる度、自分のことが嫌いになる。それが仇になって、最終的にこう…なんだろ、捨てちゃうっていうか」

 なんでこんなこと話してんだろう。

「結局人のことを苦しめて自分も多分もがいてて、でもそれが出来るほど器用でも器があるわけでもなくて」
「うん」
「だからって最後、逃げちゃう。今思う。いっそ真里も小夜も…」
「光也くん、優しいからね」
「いや、違う」

 優しい訳じゃない。

「でも多分優しく見えるならそれは、俺なりの自己防衛かもしれない…」
「それでも、それが人のためになっているなら。なら、いいんじゃない?ダメかな?」
「うーん」
「私は例えば、美味しいお酒を作ってくれる光也くん、美味しいご飯を作ってくれる光也くん、発注ミスで困ってる私を助けてくれた光也くん、熱でダルくて一人で居たくないのを一緒に居てくれた光也くん…これで充分なんだけど?
 いいのよ、別にそれが貴方のためでも。助かったのは事実、幸せなのは事実だから」
「そう…かなぁ」
「人付き合いってそんなものじゃない?責めることもないでしょう?」
「エゴじゃないかなって思うけど」
「そう思えるところが光也くんの優しいところっていうか、繊細よね。なんか…触ったら壊れちゃいそうね」

 そう言って微笑む笑顔が暖かくて。逆になんか悲しくなった。

「良いところだけど悪いところ。だって、疲れちゃうでしょう?」
「どうかなぁ」
「それはある意味、心の闇」
「あぁ…」

 ちょっと怖いな。

「雪子さんちょっと怖い」
「ごめんなさい」
「いや、まぁ…いいんだけど」
「さて、今日はどうするの?」
「あぁ…うん。まぁ、雪子さんが大丈夫そうならおっさん家にでも行こうかなって思ってたけどぶっちゃけあんま考えてない。まぁ最悪店あるし、いっかって。
勢いで出てきたから」
「家居たら?帰る気ないんでしょ?」
「え?」

 マジか。

「まぁ、ありがたいけどでも…」
「じゃぁほら!私まだ本調子じゃないから!
 これでどう?」
「あぁ、そう言われちゃうと確かにね…」

 痛いとこ突くな。意外と雪子さん、やる女だな。

「じゃぁ決定!
 ちょっと寂しかったんだ。やっぱりこんな時ってね…あんまり一人でいたくないもんなんだなぁって今日、思ったの」
「わかりました。雪子さん」
「はい?」

 そんな可愛いこと言われたら、ちょっと場所移動して後ろから抱き締めちゃうよね。
 今更ながらに真里、ちょっとお前の気持ちわかったぞ。これいいな。

「なんか、ズルいなぁ」
「そう、俺わりとズルい」
「納得いかない」

 そう言って振り向くと雪子さんはちょっと強引に唇を重ねてきた。
 ビックリしたけど心地よかった。触れるだけのキス。離れてみたらいたずらっ子のように笑った。

「なにそれ」
「だってズルいんだもん」
「子供じゃないんだから…!」

 思わず笑ってしまった。初めてのキスがそんなんか。ちょっと面白い。

「意外と子供っぽい」

 だからちょっと調子に乗って今度は自分からキスしてみた。ちょっと濃厚なやつは病み上がりだから止めておいたけど。
 そこで素直に任せてくれるところがまた愛らしい。唇を離してみたらちょっと大人な顔をしているところも見れて。

 理性がくすぐられる。だけど流石にちょっと…と思って、頭を撫でて台所に向かった。片付けをしよう。

「そーゆーとこ、優しいね」
「そうかな?」
「うん、凄くね」
「つまんない?」

 散々言われてきた一言。一度は女側に聞いてみたいと思ってた。

「いいえ」

 だけどちょっと意外だった。

「あそう…」
「夢中になりそうなくらい、面白い」

 そう言った雪子さんは病身ながらとてつもなく妖艶に見えて。

 いかんいかん。

「でも悪いけど、俺多分もっとつまんないやつだから、今はちゃんと、よく寝て直してくださいね」

 そこは切実だ。そのために来たんだから。

「そうします。お茶飲んで寝ます」
「あと薬もね。もう一歩だから」
「はーい」

 食器を洗い終え、水をグラスに入れて持っていってあげる。
 一気に薬と一緒に飲み干したのでそれを受け取り、流しに置いた。

「雪子さんは寝ててくださいね。風呂借りて良いですか?」
「どうぞ。あ、タオルとか…」
「テキトーに出して洗濯しときます。すみません、いきなり押し掛ける感じになっちゃって」
「いいえ」
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