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ホワイトチョコレート
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それから少しだけ話をした。
どうやら雪子さんも、ちょっと凹んでいたらしい。仕事で発注ミスをしたと。
「俺も今日はミスった。お客さんに怒られましたよ」
「あら、奇遇ね」
そう言って笑う雪子さんの柔らかい笑顔が、とても綺麗に見えて。
「でもミスなんて、明日になったらなくなってるから」
なんて前向きなんだ。どう頑張っても発注ミスなんて明日にはなくならないのに。
「発注ミスって何をやっちまったんです?」
「チューリップをちょっとね」
「それ、花粉症あります?」
「あると言えばあるけど…」
「そっか…」
「あんまりないけどね。花ってほとんどあるのよ」
「え、そうなんだ」
知らなかったぞ。真里実は杉花粉じゃなかったりして。
「植木鉢?」
「そう」
「めっちゃ良いやん!」
小夜が喜びそうだな。
「え?」
「1つ買ってっていいですか?」
「え、いいけど…」
「ついでに、ちょっとお時間あります?」
「ええ…」
弁当も食べ終わってるみたいだし、大丈夫かな。
なかなか動き出さないので手を引っ張るように林檎の木まで歩いた。
ちょっと夢中になってたけどこれ、あんまりよくないなと店の前で気が付いたので、手を離して「あ、なんかすみません…」と謝る。そんな俺を見て雪子さんは楽しそうに笑った。
「光也さんおもしろい」
「え?」
「ふふっ、久しぶりにちょっとドキドキしちゃった」
そう言われると、どう返して良いかわからなくて、「は、はぁ…」なんて間の抜けた返事をしてしまった。
手際よくチューリップの植木鉢を包装してくれて。それから俺は店に雪子さんを連れて行った。
「お帰り、早かったな」
カウンターから振り返ったおっさんは驚いた顔をして、「あれ?えっと…」とどもっている。
「雪子です」
「あぁ、すみません、雪子さん…」
その名前を聞いたからか、真里がキッチンから顔を覗かせた。
「ちょっとそこで会ったんだ。
おっさんさ、うちの店に花置こっかなって言ってたじゃん?丁度さ、雪子さんチューリップを発注ミスったんだって。だからどうかなと思って」
苗が入った袋の中を見せる。まだ色づいてないけど。
「あ、あぁ…。
あ、すみませんね、コーヒーでいいですか?どうぞ掛けてください」
あとは二人に任せよう。取り敢えずバックヤードに花を置きに行く。
「光也さん」
ロッカーに花をしまっていると後ろから真里に声を掛けられた。振り向くと、腕組をして柱に凭れ掛かっていた。
「かっこいいじゃん。それは?」
「ん?あぁ、花粉症ないらしいよ、あんまり」
「…家に持って帰んの?」
「うん。ベランダに置こうかなって。小夜、こーゆーの好きそうだからちょうど良いかなって」
暫し沈黙。え、ダメだったかな。
「俺も見たい」
だけど帰ってきた返事はそんなんで。
「え?」
漸く言葉の意味を理解して、真里の前でチューリップを見せる。
「まだ色づいてないんだね」
「3月が花盛りだってさ」
「へぇ…何色になるの?」
「あ、聞いてないや」
「まぁ…」
真里はいままでの、少し張り詰めたような、イライラしているような雰囲気から一変して、にっこり笑った。
「楽しみにしとこうか」
でも、少し何故だか寂しそうにすぐ、店に戻った。俺もそれに着いていく。
「あ、光也!」
「はい?」
おっさんはふと俺たちを見て首を傾げ、すぐに、「真里、お前か光也っつったら運転はお前だよな?」と聞いてきた。
「まぁ…」
「うーん…でもなぁ…」
暫し考え、
「うん、やっぱ光也に決定。車出してあげて」
「え?マジっすか」
「おぅ。心配なら車じゃなくてもいいけど取り敢えずお前。3つね」
「はぁ…」
まぁ確かに、おっさんか真里が行くより俺の方がいいか。
「じゃぁ…行ってきます」
「光也さん、鍵いる?」
「うん、一応」
そう言うと真里は一回バックヤードに引っ込んだ。
「こいつめちゃくちゃ運転下手らしいんです。光也、お前雪子さんになんかあったら…」
「大丈夫。何かあったら多分俺も死んでるから」
雪子さんとおっさんは目を合わせてから吹き出した。
「全然大丈夫じゃねぇ。申し訳ないけど雪子さん、ダメそうなら運転変わっちゃって」
「はい、わかりました」
真里が鍵を持って戻ってきた。ふいっと鍵だけ渡され、さっさとキッチンに戻ってしまった。
なんだろう。やっぱ機嫌悪いな。
「じゃ、行ってらっしゃい。ちゃんと送り届けろよ」
「はぁい…」
二人で店を出た。いつも停めてる月極の駐車場に向かい、赤い車の鍵を開け、助手席のドアを開けた。
「どうぞ」
「ありがとう」
雪子さんを乗せてから俺も運転席へ乗り込む。
いざ、出発。
どうやら雪子さんも、ちょっと凹んでいたらしい。仕事で発注ミスをしたと。
「俺も今日はミスった。お客さんに怒られましたよ」
「あら、奇遇ね」
そう言って笑う雪子さんの柔らかい笑顔が、とても綺麗に見えて。
「でもミスなんて、明日になったらなくなってるから」
なんて前向きなんだ。どう頑張っても発注ミスなんて明日にはなくならないのに。
「発注ミスって何をやっちまったんです?」
「チューリップをちょっとね」
「それ、花粉症あります?」
「あると言えばあるけど…」
「そっか…」
「あんまりないけどね。花ってほとんどあるのよ」
「え、そうなんだ」
知らなかったぞ。真里実は杉花粉じゃなかったりして。
「植木鉢?」
「そう」
「めっちゃ良いやん!」
小夜が喜びそうだな。
「え?」
「1つ買ってっていいですか?」
「え、いいけど…」
「ついでに、ちょっとお時間あります?」
「ええ…」
弁当も食べ終わってるみたいだし、大丈夫かな。
なかなか動き出さないので手を引っ張るように林檎の木まで歩いた。
ちょっと夢中になってたけどこれ、あんまりよくないなと店の前で気が付いたので、手を離して「あ、なんかすみません…」と謝る。そんな俺を見て雪子さんは楽しそうに笑った。
「光也さんおもしろい」
「え?」
「ふふっ、久しぶりにちょっとドキドキしちゃった」
そう言われると、どう返して良いかわからなくて、「は、はぁ…」なんて間の抜けた返事をしてしまった。
手際よくチューリップの植木鉢を包装してくれて。それから俺は店に雪子さんを連れて行った。
「お帰り、早かったな」
カウンターから振り返ったおっさんは驚いた顔をして、「あれ?えっと…」とどもっている。
「雪子です」
「あぁ、すみません、雪子さん…」
その名前を聞いたからか、真里がキッチンから顔を覗かせた。
「ちょっとそこで会ったんだ。
おっさんさ、うちの店に花置こっかなって言ってたじゃん?丁度さ、雪子さんチューリップを発注ミスったんだって。だからどうかなと思って」
苗が入った袋の中を見せる。まだ色づいてないけど。
「あ、あぁ…。
あ、すみませんね、コーヒーでいいですか?どうぞ掛けてください」
あとは二人に任せよう。取り敢えずバックヤードに花を置きに行く。
「光也さん」
ロッカーに花をしまっていると後ろから真里に声を掛けられた。振り向くと、腕組をして柱に凭れ掛かっていた。
「かっこいいじゃん。それは?」
「ん?あぁ、花粉症ないらしいよ、あんまり」
「…家に持って帰んの?」
「うん。ベランダに置こうかなって。小夜、こーゆーの好きそうだからちょうど良いかなって」
暫し沈黙。え、ダメだったかな。
「俺も見たい」
だけど帰ってきた返事はそんなんで。
「え?」
漸く言葉の意味を理解して、真里の前でチューリップを見せる。
「まだ色づいてないんだね」
「3月が花盛りだってさ」
「へぇ…何色になるの?」
「あ、聞いてないや」
「まぁ…」
真里はいままでの、少し張り詰めたような、イライラしているような雰囲気から一変して、にっこり笑った。
「楽しみにしとこうか」
でも、少し何故だか寂しそうにすぐ、店に戻った。俺もそれに着いていく。
「あ、光也!」
「はい?」
おっさんはふと俺たちを見て首を傾げ、すぐに、「真里、お前か光也っつったら運転はお前だよな?」と聞いてきた。
「まぁ…」
「うーん…でもなぁ…」
暫し考え、
「うん、やっぱ光也に決定。車出してあげて」
「え?マジっすか」
「おぅ。心配なら車じゃなくてもいいけど取り敢えずお前。3つね」
「はぁ…」
まぁ確かに、おっさんか真里が行くより俺の方がいいか。
「じゃぁ…行ってきます」
「光也さん、鍵いる?」
「うん、一応」
そう言うと真里は一回バックヤードに引っ込んだ。
「こいつめちゃくちゃ運転下手らしいんです。光也、お前雪子さんになんかあったら…」
「大丈夫。何かあったら多分俺も死んでるから」
雪子さんとおっさんは目を合わせてから吹き出した。
「全然大丈夫じゃねぇ。申し訳ないけど雪子さん、ダメそうなら運転変わっちゃって」
「はい、わかりました」
真里が鍵を持って戻ってきた。ふいっと鍵だけ渡され、さっさとキッチンに戻ってしまった。
なんだろう。やっぱ機嫌悪いな。
「じゃ、行ってらっしゃい。ちゃんと送り届けろよ」
「はぁい…」
二人で店を出た。いつも停めてる月極の駐車場に向かい、赤い車の鍵を開け、助手席のドアを開けた。
「どうぞ」
「ありがとう」
雪子さんを乗せてから俺も運転席へ乗り込む。
いざ、出発。
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