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ホワイトチョコレート
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今日もまた小夜を学校に送って店に向かう。
なんか朝からボーッとして仕事も捗らない。そんな俺を見て「大丈夫?」と真里が声を掛けてくる。おっさんにも、「光也、なんかぼけっとしてんなぁ」と言われるが、あまりピンと来ない。
一度、ランチの忙しい時間に一件出し間違えをしてお客さんに怒られた。自分でもなんで間違えたのかよくわからないとんちんかんなミスだった。
「光也、いい加減にして」
おっさんにもそう言われ、「すみません…」と言うが、暇になったときにふとバックヤードに連れていかれた。
「お前どうした?」
「いや…すみません、なんかボーッとして…」
「お前ガキじゃないんだから。ミスは仕方ないけどね、もう少しさぁ、自分のこと分かれや。今日はなんだ、具合悪いのか?」
「いや、悪くない」
「ホントに?じゃぁちゃんとやってよ?
具合悪いって言うなら考えるけど?」
「大丈夫」
「薬は?」
「風邪薬持ってない」
「は?風邪?」
「あ、そーゆーことじゃなくて?」
おっさんはそれから溜め息を吐いた。
「柏原さん」
真里が心配そうに声を掛けてきた。
「オーダー?」
「うん、そうです。はい」
「一人じゃキツい?」
そう言っておっさんがふと客席を覗こうとしたから、仕方なく俺は二人を置いて店に戻ろうとするが、「光也、終わってねぇんだけど」とイライラしたように言われた。
「大丈夫。すみませんでした」
今度ははっきりと大きな溜め息を吐き、「真里、あいつどうにかしてよ」と言う嫌味が聞こえた。
ほっといて客席に戻れば穏やかだった。みんなそれぞれが思い思いに昼を楽しんでいる。
なんだか逆に非日常的だな。
そう思って客席を眺めていると、二人とも戻ってきたが、おっさんは何も言ってこない。ただ、視線が痛かった。
「光也さん、」
「俺に構うな」
頼むから一人にしてくれ。これ以上近寄られるのは怖いんだ。
「ごめん。だけど…」
「…うん。わかった」
そう言ってキッチンに戻る真里がなんだか小さく見えた。
「お前らまためんどくせぇな」
そんなおっさんの一言も無視する。
緩い忙しさの中でランチは終わり、飯も食わずに公園に向かった。
ぼんやりと座ってタバコを吸っていると、向かい側に“林檎の木”と言う花屋を見つけた。
今まで気付かなかった。と言うか名前が分かりにくいだろう。
店から何かの苗を抱えた老夫婦と、雪子さんが出てきて、老夫婦は嬉しそうに、雪子さんに頭を何度も下げている。
てかビンゴか。あそこの花屋だったんだ。本当に店から近い。
雪子さんは笑顔で老夫婦に手を降って見送っていた。
あの老夫婦は良い買い物をしたんだろうな。
雪子さんは一度伸びをしてからドアの前に看板を立て、店に引っ込んだ。
お昼休みかな。
灰がパサッと指に触れ落ち、少しがヒラヒラと舞った。取り敢えず足で揉み消して拾ってケータイ灰皿に捨てた。
二本目に火を点けてまたぼんやり前を眺めると、雪子さんが何か袋を持って公園の方へ歩いてきた。
このままいれば鉢合わせだろう。あっちは俺に気付いていない。
俺も気付かないフリをしていると、向こうから、「あら?光也さん?」と声がかかった。
「あれ?どうも」
またタバコを消して捨てる。見上げると雪子さんは笑顔で手を振って。
「こんなところで会うなんて」
「そうですね。どうぞ」
隣を薦めると、「あら、どうも」と言って座った。
なんだか甘い匂いがする。シャンプーだろうか。よくよく考えたら昨日はカウンター越しだったから、そんなこと全然気が付かなかった。
「休憩?」
「はい」
「今日はね、たまたま外でお弁当でも食べようと思ったの。
よく来るの?」
「たまに。気分転換に来ます」
「ここ、静かで良いわよね。
光也さん、お昼は?」
「済ませました。どうぞお構い無く」
と言っても気を遣うだろう。だがもう少しここにいたい。
「雪子さん、ちょっと待っててくださいね」
近くの自販機でリンゴジュースを二本買って戻る。一本を雪子さんに渡してみた。
「あら、ありがとう!私リンゴジュース好きなの!」
そう言ってエプロンのポケットから小銭を出すから。
「いいですよ、これくらい。
俺もリンゴジュース好きなんですよ」
「あら…ありがとう。
奇遇ね。でもちょっと意外」
「そうですか?」
「うん。意外と可愛らしい」
そう言われるとちょっと、こそばゆい。
「私のお店ね、ここの前なの」
「…ホントに近いんですね」
「そう。林檎の木ってところ。花屋なのに変わった名前でしょ?」
「確かに」
「昔建てたときにね、私がリンゴ好きだから、旦那がその名前にしたの」
旦那と言う言葉に、少し納得した。やっぱりあの指輪は、そうだったんだ。そして少し焦った。
この状況、下手すりゃ修羅場になりかねないんじゃないか?
「いま、旦那さんは?」
「亡くなったわ。もう、5年も前に」
「えっ」
想定外だ。
「なんか、ごめんなさい」
「え?何が?」
しかし雪子さんは、あんまり気にしていないようだ。
雪子さんはお弁当を広げて、手を合わせて「いただきます」と言ってから食べ始めた。鶏肉の炒め物と卵焼き。これは多分砂糖入りじゃないな。
「光也さんって、気にしいなのね」
「そりゃぁ…」
なんか、マズいこと聞いちゃったしな。
「そんなに気にしいだと、ちょっと苦労しそうね」
いや、これは常識の範囲内じゃないのか。確かに俺は気にしすぎるタイプだが。
「苦労かぁ…」
したような、してないような。
なんか朝からボーッとして仕事も捗らない。そんな俺を見て「大丈夫?」と真里が声を掛けてくる。おっさんにも、「光也、なんかぼけっとしてんなぁ」と言われるが、あまりピンと来ない。
一度、ランチの忙しい時間に一件出し間違えをしてお客さんに怒られた。自分でもなんで間違えたのかよくわからないとんちんかんなミスだった。
「光也、いい加減にして」
おっさんにもそう言われ、「すみません…」と言うが、暇になったときにふとバックヤードに連れていかれた。
「お前どうした?」
「いや…すみません、なんかボーッとして…」
「お前ガキじゃないんだから。ミスは仕方ないけどね、もう少しさぁ、自分のこと分かれや。今日はなんだ、具合悪いのか?」
「いや、悪くない」
「ホントに?じゃぁちゃんとやってよ?
具合悪いって言うなら考えるけど?」
「大丈夫」
「薬は?」
「風邪薬持ってない」
「は?風邪?」
「あ、そーゆーことじゃなくて?」
おっさんはそれから溜め息を吐いた。
「柏原さん」
真里が心配そうに声を掛けてきた。
「オーダー?」
「うん、そうです。はい」
「一人じゃキツい?」
そう言っておっさんがふと客席を覗こうとしたから、仕方なく俺は二人を置いて店に戻ろうとするが、「光也、終わってねぇんだけど」とイライラしたように言われた。
「大丈夫。すみませんでした」
今度ははっきりと大きな溜め息を吐き、「真里、あいつどうにかしてよ」と言う嫌味が聞こえた。
ほっといて客席に戻れば穏やかだった。みんなそれぞれが思い思いに昼を楽しんでいる。
なんだか逆に非日常的だな。
そう思って客席を眺めていると、二人とも戻ってきたが、おっさんは何も言ってこない。ただ、視線が痛かった。
「光也さん、」
「俺に構うな」
頼むから一人にしてくれ。これ以上近寄られるのは怖いんだ。
「ごめん。だけど…」
「…うん。わかった」
そう言ってキッチンに戻る真里がなんだか小さく見えた。
「お前らまためんどくせぇな」
そんなおっさんの一言も無視する。
緩い忙しさの中でランチは終わり、飯も食わずに公園に向かった。
ぼんやりと座ってタバコを吸っていると、向かい側に“林檎の木”と言う花屋を見つけた。
今まで気付かなかった。と言うか名前が分かりにくいだろう。
店から何かの苗を抱えた老夫婦と、雪子さんが出てきて、老夫婦は嬉しそうに、雪子さんに頭を何度も下げている。
てかビンゴか。あそこの花屋だったんだ。本当に店から近い。
雪子さんは笑顔で老夫婦に手を降って見送っていた。
あの老夫婦は良い買い物をしたんだろうな。
雪子さんは一度伸びをしてからドアの前に看板を立て、店に引っ込んだ。
お昼休みかな。
灰がパサッと指に触れ落ち、少しがヒラヒラと舞った。取り敢えず足で揉み消して拾ってケータイ灰皿に捨てた。
二本目に火を点けてまたぼんやり前を眺めると、雪子さんが何か袋を持って公園の方へ歩いてきた。
このままいれば鉢合わせだろう。あっちは俺に気付いていない。
俺も気付かないフリをしていると、向こうから、「あら?光也さん?」と声がかかった。
「あれ?どうも」
またタバコを消して捨てる。見上げると雪子さんは笑顔で手を振って。
「こんなところで会うなんて」
「そうですね。どうぞ」
隣を薦めると、「あら、どうも」と言って座った。
なんだか甘い匂いがする。シャンプーだろうか。よくよく考えたら昨日はカウンター越しだったから、そんなこと全然気が付かなかった。
「休憩?」
「はい」
「今日はね、たまたま外でお弁当でも食べようと思ったの。
よく来るの?」
「たまに。気分転換に来ます」
「ここ、静かで良いわよね。
光也さん、お昼は?」
「済ませました。どうぞお構い無く」
と言っても気を遣うだろう。だがもう少しここにいたい。
「雪子さん、ちょっと待っててくださいね」
近くの自販機でリンゴジュースを二本買って戻る。一本を雪子さんに渡してみた。
「あら、ありがとう!私リンゴジュース好きなの!」
そう言ってエプロンのポケットから小銭を出すから。
「いいですよ、これくらい。
俺もリンゴジュース好きなんですよ」
「あら…ありがとう。
奇遇ね。でもちょっと意外」
「そうですか?」
「うん。意外と可愛らしい」
そう言われるとちょっと、こそばゆい。
「私のお店ね、ここの前なの」
「…ホントに近いんですね」
「そう。林檎の木ってところ。花屋なのに変わった名前でしょ?」
「確かに」
「昔建てたときにね、私がリンゴ好きだから、旦那がその名前にしたの」
旦那と言う言葉に、少し納得した。やっぱりあの指輪は、そうだったんだ。そして少し焦った。
この状況、下手すりゃ修羅場になりかねないんじゃないか?
「いま、旦那さんは?」
「亡くなったわ。もう、5年も前に」
「えっ」
想定外だ。
「なんか、ごめんなさい」
「え?何が?」
しかし雪子さんは、あんまり気にしていないようだ。
雪子さんはお弁当を広げて、手を合わせて「いただきます」と言ってから食べ始めた。鶏肉の炒め物と卵焼き。これは多分砂糖入りじゃないな。
「光也さんって、気にしいなのね」
「そりゃぁ…」
なんか、マズいこと聞いちゃったしな。
「そんなに気にしいだと、ちょっと苦労しそうね」
いや、これは常識の範囲内じゃないのか。確かに俺は気にしすぎるタイプだが。
「苦労かぁ…」
したような、してないような。
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