紫陽花

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
32 / 90
For Someone

18

しおりを挟む
 そのまま何も考えないようにして図書室に向かった。図書室には、一喜先輩がいて、本を読んでた。

「あら、いらっしゃい小夜ちゃん」
「こんにちわ栗田先生」

 栗田先生はいつも通り、優しい笑顔で迎えてくれた。

 ここはいい。静かで落ち着く。

「あれ、わざわざ呼びに来てくれたの?」
「違います。
 今日一日お世話になります」
「あー、仲間になっちゃった?」

 ふと一喜先輩の視線が、私の手元に向いたことに気付いた。

 そこで私も気付いた。チラシをずっと持っていて尚且つ、力強く握り潰していることに。

「まぁ座れ。なんかあったんだろ」

 そう言われて一喜先輩の前に座ってみて、先輩が腕組をして座っているのを見たら安心して、なんだか悔しさが込み上げてくるのがわかった。

 先輩の前に置かれた、ヘッセの『車輪の下』が滲む。

 けどここで泣くのはもっと悔しかった。

 やっと出来た行動は、チラシを机に出すこと。

 一喜先輩は黙ってそれを読んで、それからゴミ箱にぽいっとそれを捨てた。

「幼稚過ぎて言葉も出ねぇや。
 やること幼稚なのに突くとこ幼稚じゃねぇのが質悪い。
 何があった?」

 私は、この前のお店でのことや今日のことを話した。
 一喜先輩はそれを聞いて、とくにみっちゃんのくだりで笑い始めた。

「お兄さんマジいいキャラしてるわ…!いやぁ、ごめん、笑っちゃいけないんだけど…くくっ…!」

 なんだかそんなに、気持ちいいぐらいに笑ってくれるとこっちまでなんか、どうでも良くなってきちゃって。

「でも腹立ったんだろうな、それ。なんかわかるわ。
 でもさぁ、お兄さん良いこと言うね。なるほどね。
 うん、いいじゃんこんなバカ気にしなくても。この程度の干され方なら俺も散々されたし」
「えっ」
「うん。もーさ、こーゆー人の不幸みたいなの好きなやつ、いっぱいいるじゃん?散々だったよ。まわりからは『兄失格』だの『人でなし』だの。
 まぁ逆もまたしかりだよ。それの方がうざかったよ。『可哀想』だの『元気だして』だの『大変だね』だの。
 うるせぇっつーのな。てめぇらに何がわかるんだよって、言いたいけど言えなかったよ俺はね。それがストレス。けど、小夜と同じでさ、ここで逃げたら、悔しい。後はね、俺は考えた。誰に顔向け出来んだよって。だから今いるんだよね。
 こーゆーさ、中途半端なやつ見てると思うよ。抹殺したいなら最後までやれよって。出来ねぇならちょっかい出してくんなよって」
「一喜先輩…然り気無く色々暴露してません?」
「え?まぁいいよ小夜なら。
 まぁでもね、ちょっと嫌なのは…。
 あんまり無理はすんなよ。おかしくなっちゃうから。俺はそいつを知っている。そうなるともう、まわりは何もしてやれないから」
「そいつ?」
「…歩だよ」
「え?」
「まぁそれは置いといて。
 しかし誰だろうな。心当たりないんだよな?これって事実なの?」
「うーん、半分は」
「なんで知ってんだろうな。ストーカー?何?てかなんのため?
 てかこれって…」

 一喜先輩はひとり考え始めた。考えて、

「今頃歩、何してるかな」

 と、全然関係ない話を始めた。

「え?」
「いや…。
 実はさ、俺今日で謹慎終わりなんだ」
「よかったじゃないですか」
「な。急にさ。鈴木っていう被害者?のやつが、俺が無実なのを白状したんだってさ」
「はぁ…」
「まぁ笹木ってやつが犯人なんだけどね」
「笹木さんって、岸本先輩のクラスの?」
「知ってんの?」
「知ってるも何も…私もその人といろいろあったんで」
「…ふぅん…。
 うん、ちょっと繋がったかも」
「はい?」
「…小夜、もしさ。
 もし、今回のことがさ、俺たちのせいだったとしたら、どうする?」
「え?」
「…歩と俺と隆平のせいだったら」

 どうやら一喜先輩は、本気で心配してくれているらしかった。

「…どうもしません。
 さっき言ってましたよね。私は私だから」
「そう…」

 一喜先輩は少し、どうしたらいいかわからないような顔で笑って、そしてふと手が伸びてきた。

 細い指、けど少し短い。血管が透けそうなほど白いその指が頭を撫でて、髪の毛を通り抜ける。
 優しい目。茶色くて薄い。黒い髪が目立つほどに。

「小夜は強いな。芯があっていいや」
「そう…ですか?」
「あのさ」

 ふと目を反らしたのは一喜先輩の方だった。少し照れ臭そうに、さっきまで私に触れていた手で、自分の髪を弄っている。

「俺もなんか本入れてよ。いつも歩と隆平ばっかだからさ」
「いいですよ。と言っても発注は先生なんですけどね。
 誰の本ですか?」
「…萩原朔太郎の『月に吠える』」
「はい」
「だけでいいや」
「わかりました」
「好きなんだよ」
「え?」

 消えそうな声で、一喜先輩は窓の外を見ながら言った。

「『竹』って詩がさ、なんかさ、逆境でもちゃんと生きてるって強さを感じるんだ」
「…入ったら、読んでみます」

 なんだろう、この感じ。
 この、胸が切迫する苦しい感じは。

 でもなんだか、
 とてつもなく暖かい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い鴉の啼く夜に

二色燕𠀋
現代文学
紫陽花 高校生たちの話 ※本編とはあまり接点がないです。 「メクる」「小説家になろう」掲載。

ボッチによるクラスの姫討伐作戦

イカタコ
ライト文芸
 本田拓人は、転校した学校へ登校した初日に謎のクラスメイト・五十鈴明日香に呼び出される。  「私がクラスの頂点に立つための協力をしてほしい」  明日香が敵視していた豊田姫乃は、クラス内カーストトップの女子で、誰も彼女に逆らうことができない状況となっていた。  転校してきたばかりの拓人にとって、そんな提案を呑めるわけもなく断ろうとするものの、明日香による主人公の知られたくない秘密を暴露すると脅され、仕方なく協力することとなる。  明日香と行動を共にすることになった拓人を見た姫乃は、自分側に取り込もうとするも拓人に断られ、敵視するようになる。  2人の間で板挟みになる拓人は、果たして平穏な学校生活を送ることができるのだろうか?  そして、明日香の目的は遂げられるのだろうか。  ボッチによるクラスの姫討伐作戦が始まる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋
現代文学
生きることは辛くはない 世界はただ、丸く回転している 生ゴミみたいなノスタルジック 「メクる」「小説家になろう」掲載。 イラスト:Odd tail 様 ※ごく一部レーティングページ、※←あり

Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末、最終章? Open the hurt.

“Boo”t!full Nightmare

片喰 一歌
ライト文芸
ハロウィン嫌いの主人公・カリンは、数日にわたって開催される大規模なハロウィンイベント後のゴミ拾いに毎年参加していた。 今年も例年通り一人でてきぱきと作業を進めていた彼女は、見知らぬイケメン四人衆に囲まれる。 一見するとただのコスプレ集団である彼らの会話には、たまに『化けて出る』や『人間じゃない』といった不穏なワードが混じっているようで……。 彼らの正体と目的はいかに。 これは日常と非日常が混ざり合い、人間と人ならざるものの道が交わる特別な日の出来事。 ついでに言うと、コメディなんだか社会風刺なんだかホラーなんだか作者にもよくわからないカオスな作品。 (毎回、作者目線でキリのいい文字数に揃えて投稿しています。間違ってもこういう数字をパスワードに設定しちゃダメですよ!) お楽しみいただけておりましたら、 お気に入り登録・しおり等で応援よろしくお願いします! みなさま、準備はよろしいでしょうか? ……それでは、一夜限りの美しい悪夢をお楽しみください。 <登場人物紹介> ・カリン…本作の主人公。内面がやかましいオタク。ノリが古めのネット民。      物語は彼女の一人称視点で進行します。油断した頃に襲い来るミーム!ミーム!ミームの嵐! ・チル&スー…悪魔の恰好をした双子? ・パック…神父の恰好をした優男? ・ヴィニー…ポリスの恰好をしたチャラ男? 「あ、やっぱさっきのナシで。チャラ男は元カレで懲りてます」 「急に辛辣モードじゃん」 「ヴィニーは言動ほど不真面目な人間ではないですよ。……念のため」 「フォローさんきゅね。でも、パック。俺たち人間じゃないってば」 (※本編より一部抜粋) ※ゴミは所定の日時・場所に所定の方法で捨てましょう。 【2023/12/9追記】 タイトルを変更しました。 (サブタイトルを削除しただけです。)

進め!健太郎

クライングフリーマン
ライト文芸
大文字伝子の息子、あつこの息子達は一一年後に小学校高学年になっていた。 そして、ミラクル9が出来た。

【完結】背中に羽をもつ少年が32歳のこじらせ女を救いに来てくれた話。【キスをもう一度だけ】

remo
ライト文芸
ーあの日のやり直しを、弟と入れ替わった元カレと。― トラウマ持ちの枯れ女・小牧ゆりの(32)      × 人気モデルの小悪魔男子・雨瀬季生(19)     ↓×↑ 忘れられない元カレ警察官・鷲宮佑京(32)    ――――――――― 官公庁で働く公務員の小牧ゆりの(32)は、男性が苦手。 ある日、かつて弟だった雨瀬季生(19)が家に押しかけてきた。奔放な季生に翻弄されるゆりのだが、季生ならゆりののコンプレックスを解消してくれるかも、と季生に男性克服のためのセラピーを依頼する。 季生の甘い手ほどきにドキドキが加速するゆりの。だが、ある日、空き巣に入られ、動揺している中、捜査警察官として来た元カレの鷲宮佑京(32)と再会する。 佑京こそがコンプレックスの元凶であり、最初で最後の忘れられない恋人。佑京が既婚だと知り落ち込むゆりのだが、再会の翌日、季生と佑京が事故に遭い、佑京は昏睡状態に。 目覚めた季生は、ゆりのに「俺は、鷲宮佑京だ」と告げて、…――― 天使は最後に世界一優しい嘘をついた。 「もう一度キスしたかった」あの日のやり直しを、弟と入れ替わった元カレと。 2021.12.10~

処理中です...