紫陽花

二色燕𠀋

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For Someone

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 次の日の朝。

 朝ご飯を作ろうと起きると、何故かマリちゃんがソファにいない。タバコでも吸ってるのかなと思ってリビングからドアの方を見ると視界に入ってきた、起きっぱなしのDVDとリモコン。それとタバコに灰皿。

 あれ?

 変だなぁと思って隣のみっちゃんの部屋をちらっと覗いてみると、みっちゃんは壁向き、マリちゃんはみっちゃんにぴったりくっついてベットに狭そうに寝ていた。

 何これ。どうしたの?
 ホラー映画だったのかな。
 取り敢えず朝ご飯を作ろう。

 作っているうちに部屋から、「真里…狭い…」とか、「怖いんだよ…」とか聞こえてきた。やっぱりホラー映画だったのかな。

 起こすまでもなく二人揃って起きてきた。

「おはよう…」
「おはよう、どしたの二人とも」
「いや、もうね」
「うん、メンタルやられたわ…。タバコ吸ってくる…」
「俺も行く」

 なんだか仲が良いなぁ。でも二人ともなんかげっそりしてる。

 タバコ吸い終わったら終わったで、

「いやなんであんなん観せたの?マジ目覚め悪いんだけど」
「俺だって今胸クソ悪いよ」

 と、今度はちょっと喧嘩気味だ。

 ご飯も味噌汁も少なめに盛ってあげて三人で「いただきます」をして少し無言。

「でもさぁ」

 味噌汁を啜りながらふとみっちゃんは言った。

「わかってても観ちゃうんだよなぁ」
「…いや、俺はもう観ないよ」
「俺も昔はそう思った。けど多分半年後くらいに観ちゃうんだよ」
「嫌だ、絶対やだ」
「何のDVD?」
「洋画。昨日おっさんと話してたやつ」
「俺は辛かったな。だってさぁ…あぁ、ダメだ味噌汁が染みるわ」

 そこまで言われると観てみたいんだけど…こうなるのか…、大の大人が2人も。

「でも生きててよかったー」
「真里案外メンタル強いな。俺は今生きてていいのかなって思ってるのに」
「あーゆー映画ってどっちかだよね」
「うん…まぁ」

なんだかんだで楽しそうじゃないか、二人とも。

 ご飯を食べ終えて準備をして家を出た。マリちゃんが、今日はよくみっちゃんの背中を擦ってあげている。どうしたんだろう。だけど車に乗る頃には、

「なんとか治ったね」

 とか言っていた。

「あー、治った。けどまだ少し…」

 とか言いながら胃のあたりをおさえている。具合悪いのかな。

「どうしたの?」
「セルマ病だよ」
「ん?」
「…この人あの後メンタルやられ過ぎて観終えてしばらく吐きっぱなしだったんだよ」
「そんなに怖いの?」
「怖いってか辛いよね」
「いや、でも俺はあれはハッピーエンドだと思うんだ…」
「うわぁ…」

 全然話についていけない。

「吐くけどハッピーエンドだな」

 全然わかんない。

「私も観たい」
「…次の日学校が休みのときにしな…」
「いや、流石に小夜はあんたほど弱くないよ」
「ちょっと思い出したら泣きそうになってきた」

 とか言ってわりと本気で目を潤ませるみっちゃん。本気で大丈夫だろうか。
 どうやらセルマ病は質が悪いらしい。

 学校について車を降りて振り向いて見ても、みっちゃんの顔色は青ざめていた。マリちゃんもそれを見てすごく心配そうな表情なのを最後に車は発進した。

「元気そうだね」

 ふと、懐かしい声がして、声がした方を振り向いてみた。

 門のところに、浦賀先輩が腕を組んで凭れ掛かっていた。

「あ、浦賀先輩!」
「よ、久しぶり」

 少し痩せた気がする。けれども前と変わらず、飄々としていて爽やかだった。

「大丈夫ですか!?聞きましたよ!」
「うん、まぁ治った。
 お兄さん?も一回来てくれて…。さっきのそうだよね?」
「はい…」
「良い人だね。
 後でちょっと礼がしたいなぁ、今日、帰りついてっていい?」
「はい、大丈夫ですよー。私図書室にいるんで」
「わかった、じゃぁまた昼ね」

 そう言うと浦賀先輩はふらふらっとどこかに行ってしまった。

 私はそのまま図書室に向かう。本を一冊だけ借りて急いで教室に向かった。慌ただしい朝。

 先輩はまだ、登校してないようだった。

 チャイムが鳴る。ホームルームの前のチャイムだ。
 席について鞄から本とノートを取り出して準備。今日の本は夏目漱石の『こゝろ』だ。

 荏田えだ先生が入ってきてホームルームが始まる。最初に配られたプリントは、三者面談だった。
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