紫陽花

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
16 / 90
For Someone

2

しおりを挟む
 図書室の前で岸本先輩と別れた。
 取り敢えず本の整理とか手伝いでもしようかな。

「あら、いらっしゃい」

 今年から新しく入った栗田くりた霧子きりこ先生は、いつも穏やかに私を迎え入れてくれる。どんな生徒も拒まない。おかげで毎日図書室に来るのが楽しくて仕方ない。

「新刊、入りました?」
「小夜ちゃんが言ってた北原白秋の『思ひ出』と、与謝野晶子と、宮沢賢治の何冊かと、夏目漱石と三島由紀夫」
「おー」
「変わったラインナップね」
「いやぁ…これでも無難らしいです…」
「お兄さんのお薦めだっけ?」
「はい。なんか高校生ならこの辺は読んどいて損はないって。というか教科書で出てくるだろうって」
「確かに夏目漱石とか、宮沢賢治はやるかな?」
「そうですね。やりました」
「お兄さんの本当の趣味は?」
「あぁ、それ聞いたら、『ネクラなのバレるからヤダ。あと高校生はまだ読んじゃダメ』って」
「なんだろう…気になる…」
「例えるなら、太宰さんよりは巡りめぐって芥川さんかと思いきや森鴎外らしいですよ」
「あぁ、なんだろう、わかった気がする。じゃぁ私流ラインナップちょっと書いてみよう…」

 本が好きな人ってなんだかこうして、よくわからないところで楽しそうに盛り上がるんだよなぁ。

 それから栗田先生は、楽しそうにメモ用紙に何かを書き始めて考えていた。

 いいなぁ、なんか。

 私なんてまだまだ全然、作家さんを知らない。

 知らないから、早速今入った本を読んでみようかなと思い、まずは宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を手に取った。

 逆にこの本、なんで今までなかったんだろう。

 だけど私が数ページ読んで、訳がわからないなと思っているときだった。

 突然、図書室の扉が開いた。
 見ると、ネクタイもしていない、どことなく制服を着崩した不良みたいな、髪をちょっと遊ばせてる感じのチャラ男さんが入ってきた。

 最近、ヤンキー遭遇率が高いように思う。

 栗田先生は、そんな、明らか図書室に似つかわしくない男子生徒に対しても笑顔で「いらっしゃい」と、天使のような微笑みを投げ掛けた。

 あまり関わりたくないなぁ。
 そう思って私はカムパネルラとジョバンニの世界に入り込もうとするが、そもそも私の友人にそんな人がいないので全然頭に入ってこない。なんなの宮沢賢治。私にはこの人理解できない。

 私が乏しいだけかもしれない。しかし私は外人名前がそもそも苦手だ。でも読んでいくとこれはあれね、名前さえ太郎と花子に変換すればとても感性豊かになれる気がしてきた。いかにもなんかみっちゃんが好きそうな感じだなぁ、だけど所々なんか感性にギャップがなぁ…と、また本に夢中になっているとき。

「取り敢えず数日時間を潰したいんだけどさ、なんか面白い本ねぇ?」

 そのチャラ男さんの一言に、完全に集中力は現実へ。

 何それ何それ。

 あ、どこまで読んだかマジメに忘れた、どこだ!

「え、はぁ…」
「あ、ごめん。邪魔したな…」
「いえ…」

 あぁ私のカムパネルラとジョバンニ!まぁほとんど話は進んでないの、多分。
 なんかどこを読んでも川原とか銀河とか牛乳しか書いてないの!なんなのこれ!

 もういい、みっちゃんに後で聞こう。読む気を無くした。

「えっと…どんな本がいいですか?」
「なんでもいい。時間が潰れたら」
「あー…」

 この人頭が悪そうだ、失礼ながら。いっそ、カムパネルラとジョバンニでどうだろうか。

 取り敢えず本を閉じた。さようなら銀河鉄道。
しおりを挟む

処理中です...