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プール
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それからほぼ毎日、私たちは昼休みに一緒に屋上で過ごした。
浦賀先輩は昼休みには、カウンセリング教室が休みの日でも取り敢えず学校に来るようになった。
一体どこにいるのか。
話をしている中で、浦賀先輩は意外と秀才なことがわかった。成績は、テストを受けていないからわからないらしい。だがどうも、IQテストや全国模試などを受けると、岸本先輩より遥か上位にいくらしい。
「昔から雑学はあるんだよなぁ、お前」
「お前は昔から効率が悪いんだよ。覚えなくていいことを覚えていてもなんも得しないじゃん」
「でも進路幅は岸本先輩の方がいいんですか?」
「浦賀はね、素行が悪いからね」
そういうものなのか。よくわからない。
徐々にわかってきたことは、この二人はやはり、案外仲がいい。
浦賀先輩は、ある一定であれば機嫌を損ねない。そしてそれを岸本先輩はわかっている。多分、その“機嫌を損ねる”ネタを私は知りたがっているのだ。
そのネタを結局は知ることがないまま、春休みに入った。
短い春休みを終え、新学期を迎えた。私は2年生、先輩たちは3年生になった。
変わったことと言えば、私は図書委員に入った。いままで私は、後期の転入生だったので委員会は無所属だった。
しかし新学期ともなるとそうもいかなくなってしまった。
まぁでも、みっちゃんの影響からか、私は小さいときから本がわりと好きだったので、迷わず図書委員にしたのだ。
特に取り決めもしていなかったが、試しに学期の最初、いつもの時間にカウンセリング教室の前に行ってみると、浦賀先輩はいた。
「来たんだ」
いつも通り眠そうな、ダルそうな感じに言い、カウンセリング教室の扉を開けて渡辺先生を呼び、屋上に行く。
忙しいながらいつも通りの日常がまた始まった。そう、思った。
「岸本はやっぱり学期初めだから来れなそうだね」
「まぁ、仕方ないですね…このあとですからね」
「今頃生徒総会みたいなことやってんだろうな。着任式的な」
「あれ?先生はここにいても大丈夫なんですか?」
「問題ないっしょ。ね?」
「実はね、浦賀くん」
渡辺先生は少し暗い顔をして告げる。
「移動なの。もう新しい先生に変わってるんだ」
「あ、そっか…。
もう、2年だもんね…」
「…うん。一応、引き継ぎって言うのかな?そーゆーのはしてきたんだけどさ」
「…なんの?」
「その…浦賀くんのこととか、色々…」
「…そっか、ありがとう。ごくろーさんでした」
「浦賀くん、」
「色々ありがとう。本当に迷惑ばかり掛けたから」
「…なにも、してあげられなかったね」
「…どっかの学校で会えたらよろしく」
笑顔で片手を出す浦賀先輩は清々しくて。
却って哀愁があるように思えた。
最後に二人はタバコを吸って、お互いの吸いかけの封が空いたタバコを交換して、渡辺先生は先に屋上を去った。
「俺さ」
「はい?」
「スクールカウンセラーになりたいなって、せんせー見て思ったんだ」
「そうなんだ」
「多分向いてないんだけどさ。それもそれで一つの形でけじめかなと思ったんだよ」
「けじめ?」
「うん」
浦賀先輩は塀に両手をついて寄りかかる。
雲一つない春の、青空が冴え渡る。
そこに見える浦賀先輩の背中はどこか果敢なげで。
またタバコに火をつける。風がさらっていくタバコの煙と振り向く先輩。
寄り掛かって、空を見上げるので、私も見上げてみた。タバコの煙よりまっすぐな飛行機雲が一本、走っていた。
「俺ね、3人くらい、笑顔を奪っちゃったんだよ」
「え?」
「一人は、もう逢うことすら出来ない。このタバコと同じ。灰と煙と思い出になった」
「先輩…?」
「あの日だった。命日だったんだ。春にしてはよく晴れた日だったな。あの場所で、綺麗だったのにな。空から背を向けて」
「え…」
突然紡がれる衝撃はあまりにも淡々としていて、風にさらわれていくようだった。
浦賀先輩は昼休みには、カウンセリング教室が休みの日でも取り敢えず学校に来るようになった。
一体どこにいるのか。
話をしている中で、浦賀先輩は意外と秀才なことがわかった。成績は、テストを受けていないからわからないらしい。だがどうも、IQテストや全国模試などを受けると、岸本先輩より遥か上位にいくらしい。
「昔から雑学はあるんだよなぁ、お前」
「お前は昔から効率が悪いんだよ。覚えなくていいことを覚えていてもなんも得しないじゃん」
「でも進路幅は岸本先輩の方がいいんですか?」
「浦賀はね、素行が悪いからね」
そういうものなのか。よくわからない。
徐々にわかってきたことは、この二人はやはり、案外仲がいい。
浦賀先輩は、ある一定であれば機嫌を損ねない。そしてそれを岸本先輩はわかっている。多分、その“機嫌を損ねる”ネタを私は知りたがっているのだ。
そのネタを結局は知ることがないまま、春休みに入った。
短い春休みを終え、新学期を迎えた。私は2年生、先輩たちは3年生になった。
変わったことと言えば、私は図書委員に入った。いままで私は、後期の転入生だったので委員会は無所属だった。
しかし新学期ともなるとそうもいかなくなってしまった。
まぁでも、みっちゃんの影響からか、私は小さいときから本がわりと好きだったので、迷わず図書委員にしたのだ。
特に取り決めもしていなかったが、試しに学期の最初、いつもの時間にカウンセリング教室の前に行ってみると、浦賀先輩はいた。
「来たんだ」
いつも通り眠そうな、ダルそうな感じに言い、カウンセリング教室の扉を開けて渡辺先生を呼び、屋上に行く。
忙しいながらいつも通りの日常がまた始まった。そう、思った。
「岸本はやっぱり学期初めだから来れなそうだね」
「まぁ、仕方ないですね…このあとですからね」
「今頃生徒総会みたいなことやってんだろうな。着任式的な」
「あれ?先生はここにいても大丈夫なんですか?」
「問題ないっしょ。ね?」
「実はね、浦賀くん」
渡辺先生は少し暗い顔をして告げる。
「移動なの。もう新しい先生に変わってるんだ」
「あ、そっか…。
もう、2年だもんね…」
「…うん。一応、引き継ぎって言うのかな?そーゆーのはしてきたんだけどさ」
「…なんの?」
「その…浦賀くんのこととか、色々…」
「…そっか、ありがとう。ごくろーさんでした」
「浦賀くん、」
「色々ありがとう。本当に迷惑ばかり掛けたから」
「…なにも、してあげられなかったね」
「…どっかの学校で会えたらよろしく」
笑顔で片手を出す浦賀先輩は清々しくて。
却って哀愁があるように思えた。
最後に二人はタバコを吸って、お互いの吸いかけの封が空いたタバコを交換して、渡辺先生は先に屋上を去った。
「俺さ」
「はい?」
「スクールカウンセラーになりたいなって、せんせー見て思ったんだ」
「そうなんだ」
「多分向いてないんだけどさ。それもそれで一つの形でけじめかなと思ったんだよ」
「けじめ?」
「うん」
浦賀先輩は塀に両手をついて寄りかかる。
雲一つない春の、青空が冴え渡る。
そこに見える浦賀先輩の背中はどこか果敢なげで。
またタバコに火をつける。風がさらっていくタバコの煙と振り向く先輩。
寄り掛かって、空を見上げるので、私も見上げてみた。タバコの煙よりまっすぐな飛行機雲が一本、走っていた。
「俺ね、3人くらい、笑顔を奪っちゃったんだよ」
「え?」
「一人は、もう逢うことすら出来ない。このタバコと同じ。灰と煙と思い出になった」
「先輩…?」
「あの日だった。命日だったんだ。春にしてはよく晴れた日だったな。あの場所で、綺麗だったのにな。空から背を向けて」
「え…」
突然紡がれる衝撃はあまりにも淡々としていて、風にさらわれていくようだった。
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