紫陽花

二色燕𠀋

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プール

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 マリちゃんにメールで、今日は直接店に行くことを伝えた。
 時間的には少し急げば制服採寸くらいまでは出来る。

 まず最初に職員室に寄って担任の先生を見つける。先生は私を見つけると、すぐに自分から出て来てくれた。

「先生、あの…」
「どうしたの?なんとなくはさっき保健室の先生から内線で聞いたけど…」

 私は先生に、さっきの説明をした、ありのままの事実を話すと、先生は、一通りを聞いて優しい笑顔を浮かべた。

「なるほどねぇ…わかった。今日は帰っていいよ。何かあったら取り敢えず」

 先生はケータイ電話を取り出して番号を教えてくれた。

「来れなそうだったら学校にも明日電話掛けて。
 一応聞いておくけどさ、なんかされたりとか、苛められたって訳じゃないんだよね?」
「え?全然…」
「わかった。もし話しにくかったら電話とかメールとかでも構わないから」

 そんなとき、隣の、生徒指導室のドアが開いた。
 さっきの先輩が出て来て目が合った。が、ちらっと見ただけで前を通りすぎてしまった。

「浦賀!待てって!」

 生徒指導室から先生が出て来た。確か体育の先生だ。

 ふと、担任の荏田えだ先生が立ち上がり、ふらっと、先輩の肩をがっつり掴んでいた。

「初めまして浦賀歩くん。今年度から配属になった1年4組担任の荏田えだ崇人たかひとです。なにかの機会によろしくね。担当教科は社会科です。俺も話があるんだけどちょっといい?
 佐藤さとう先生、丁度あなたとも話がしたかったんです、お時間よろしいですか?」
「あぁ、はい…。その件についてはウチのがすみませんねぇ」
「いやいや謝るのは早いですよ?
 小日向さん、じゃぁまたね!」

 荏田先生は振り返り、いつもの爽やかスマイルで微笑み、そのまま浦賀先輩と佐藤先生と一緒に生徒指導室に入っていった。

 大丈夫かな浦賀先輩。
 取り敢えず教室に戻って、荷物を取りに行こう。

 授業中の廊下。ほとんど静かだ。うちのクラスは確か今日、移動教室だったはずだ。

 クラスの子達に会うことなく荷物をまとめ、教室を出る。

 メールを見たマリちゃんから、「了解、どうした?」と返信が来ていた。早退します、と返信すると、電話が掛かってきた。
 そう言えば、今は休憩時間か。

「もしもし」
『今どこ?』
「学校出るところだけど…」
『具合悪いの?』
「いや、ちょっといろいろあって…」
『迎え行こうか?』
「いや、うーん。
 一回家に帰らないといけないの」
『間に合う?てか大丈夫?』
「急げば間に合う…」
『ちょっと一回代わるよ…柏原かしわばらさーん』

 少ししてから、『もしもし?小夜ちゃん?』と、柏原さんが状況わからぬ状態で代わった。

「あの…電話遅くなってすみません…えっと…」

 取り敢えず事情を話すと、柏原は爆笑した。

『いーよいーよ、急がなくても』
「大丈夫ですか?」
『うん、まぁなんとかするよー』
「すみません、よろしくお願いします」

 電話を切って、学校の前にある制服屋(何屋さんだかはよくわからない、クリーニング屋のような気もする。とにかく、生徒がよく制服を発注するところ)に寄る。

 制服だけでなく、スーツも少しだけ売っていた。とても小さな、個人経営のお店だ。

 レジの前でお店のおばちゃんが寝ていた。起こすのは可哀想だけど「すみません…」と声を掛けると、びくっとして起きた。

「あぁ、すまんね」
「あの…制服、欲しいんですけど」
「ああ、採寸ね」

 一応先輩が洗ってくれた制服も渡してみた。おばちゃんは笑って、「参考にならなそうだね…」と言いながら巻き尺で腕や股下、肩幅等を図ってメモした。

「あの…どれくらいで出来ますか?」
「3日くらいかな」

 3日後に制服を取りに行くことになった。

 今から家に帰ってシャワーを浴びてもなんとか間に合いそうだ。
 まずは駅まで歩いて行き、電車に乗って帰った。
 結局お店に着いたのは本当にオープンギリギリだった。

「おー、間に合ってよかったねー」
「何があったの?」

 マリちゃんにも事情を説明したら、「全くお前は…」と溜め息を吐かれた。

「お人好しだなぁ…」
「確かにね。相手金出してくれたからいいけど出してくんなかったら真里まさと大変だったな」
「…最悪お前の父ちゃんに言おうにも…何て言っていいか…」
「ごめんね…」
「まぁ、悪いことはしてねぇ。むしろいいことしてんだけどね。よくやったよ。お前が行かなかったらさ、そいつもしかしたら死んでたかもしれないんだし」
「うん…」

 そうか、自殺でもしたかったのかな。

「自殺したかったのかな…?」
「え?」
「ううん…」

 なんでだろう。

 つまらないこと悲しいこと、本当にたくさんあって自分一人じゃ確かに処理なんてしきれないけれど。

「そんなに…つまらなくもないのにね」

 そう思うんだ。

 マリちゃんはなんだか、躊躇いがちに、それでも笑顔でぎこちなく頭を撫でてくれた。

 ねぇみっちゃん。
 いまどこにいるの?
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