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「…まぁ…誰も教えてくんないんじゃ気の毒なんで言っときますけど、どうせバレるし。
でも雪さん、店辞めてすっぱりいなくなっちゃったみたいで。
あんたてっきり知ってるもんだと思ってました。だから今日行くのかなとか勘ぐってましたけど」
「いや知らない知らない。去年多分……高校生以来久しぶりに再会したというか。母親の事もその半年前くらいに知ったし」
「あー、入院したんでしたっけ」
「そうそう」
「確か漸く身元わかったんでしたよね、そこで」
「うん、まぁ」
それまで雪は母と共に行方がわからなかった。
一応、雪の生活費は消費されていたようだが、通帳の件を聞いてそれが可能であることも納得した。
母親が通帳の住所変更の手続きをしていなかったとしても、雪の通帳さえ住所変更をしていれば個体になる。何かの手続きでも困ることはないだろうが…探そうとすれば、辿れる物ではある。
母親が入院して公になった、が正しい。
「けど、雪さんとはその後にやっと再会したってのは?」
「会わないようにはしてた、俺が。身元がわかっても」
「母親は陽一さんしか連絡する相手いなかったんすかね。
まぁ、身寄りはないんだろうけど…」
坂上はやはり言葉を呑む。
皇居付近に差し掛かる。
陽一だって、突然どうしたのかと思った。
母親の勘は良く当たるもんだと陽一は思ったが、それも確かにご都合主義で、要するにいつもの曜日に雪が面会に来なかった、というものなんだろうがそれも少し冷めた感情かもしれない。
多分、たまにはそういう日もあっただろうし。
これは、自己への酩酊かもしれないけども。
「それで惨状だったとか、陽一さんとしちゃぁ酷い話っすね」
「いや……まぁ」
ある意味、青柳の親切かもしれない。いや、……嫌味のような気もしている。
あの惨状を見たとき、自分が真っ先に思ったことを、考える。
まずは恐怖に近かったし、ほんの一瞬、濁ったドス黒い感情も沸いた、ような気もしている。
意識に酩酊している。
お陰で全く雪と離れられなくなった。
あの目は…俺に何を訴えていたのだろうかと、びしゃびしゃになった雪を思い出す。
間違いなく、空虚から一瞬にして自分を睨み付けただろう。錯乱はしていたが結局「なんで助けたんだよ、」と病院で罵られる始末だった。
わからないさ。
俺もきっと錯乱したんだよ。
だけど、浮かんだのは。
銀座付近に差し掛かる。
「俺は坂上が思うより…遥かに、エゴイストだと思うよ」
「まぁ、そんくらいじゃないと正直ついていけないっすよね」
それも、そうかもしれない。
「俺はやっぱ、雪さんは推せないっすね」
「ん、まぁ」
「なんかなぁ。
悪くはないだろうけど結局加害者側なのに…逃げたり、そんで陽一さんが世話してやってんのにって思いますけど。その母親の面倒を押し付ける頭主もどうなんだか」
「…そうだな」
じゃぁそうか。
俺も結局一生被害者側なのか、それって。
うんざりしそうだ。
「坂上、十三回忌ってやったことあるか?」
「はい?」
「まぁ、ないよな案外さ。
七回忌もやるんじゃぁ、俺今年は母親もそうだ。7足す6って13だよなぁ」
「…そっすね」
失踪届けから死亡届けに変わってから、もう6年かと溜め息を吐きたくなる。
ぼんやりと、酩酊したような曖昧さであの日の気持ちが浮かんでくる。
「…俺、雪が前に、なんで自分を産んだのかって母親に聞いてたのがなんか忘れらんなくてさ」
「へぇ…」
そんなの、本当にただの自己投影、陶酔でしかない。
坂上は間を置いてから「どうしょもね」と言った。
最早どちらかと言えば銀座色は薄く、新橋付近だった。
「…ホントにな」
笑えるほど、どうしょもねえよ。
車は漸く停車した。
でも雪さん、店辞めてすっぱりいなくなっちゃったみたいで。
あんたてっきり知ってるもんだと思ってました。だから今日行くのかなとか勘ぐってましたけど」
「いや知らない知らない。去年多分……高校生以来久しぶりに再会したというか。母親の事もその半年前くらいに知ったし」
「あー、入院したんでしたっけ」
「そうそう」
「確か漸く身元わかったんでしたよね、そこで」
「うん、まぁ」
それまで雪は母と共に行方がわからなかった。
一応、雪の生活費は消費されていたようだが、通帳の件を聞いてそれが可能であることも納得した。
母親が通帳の住所変更の手続きをしていなかったとしても、雪の通帳さえ住所変更をしていれば個体になる。何かの手続きでも困ることはないだろうが…探そうとすれば、辿れる物ではある。
母親が入院して公になった、が正しい。
「けど、雪さんとはその後にやっと再会したってのは?」
「会わないようにはしてた、俺が。身元がわかっても」
「母親は陽一さんしか連絡する相手いなかったんすかね。
まぁ、身寄りはないんだろうけど…」
坂上はやはり言葉を呑む。
皇居付近に差し掛かる。
陽一だって、突然どうしたのかと思った。
母親の勘は良く当たるもんだと陽一は思ったが、それも確かにご都合主義で、要するにいつもの曜日に雪が面会に来なかった、というものなんだろうがそれも少し冷めた感情かもしれない。
多分、たまにはそういう日もあっただろうし。
これは、自己への酩酊かもしれないけども。
「それで惨状だったとか、陽一さんとしちゃぁ酷い話っすね」
「いや……まぁ」
ある意味、青柳の親切かもしれない。いや、……嫌味のような気もしている。
あの惨状を見たとき、自分が真っ先に思ったことを、考える。
まずは恐怖に近かったし、ほんの一瞬、濁ったドス黒い感情も沸いた、ような気もしている。
意識に酩酊している。
お陰で全く雪と離れられなくなった。
あの目は…俺に何を訴えていたのだろうかと、びしゃびしゃになった雪を思い出す。
間違いなく、空虚から一瞬にして自分を睨み付けただろう。錯乱はしていたが結局「なんで助けたんだよ、」と病院で罵られる始末だった。
わからないさ。
俺もきっと錯乱したんだよ。
だけど、浮かんだのは。
銀座付近に差し掛かる。
「俺は坂上が思うより…遥かに、エゴイストだと思うよ」
「まぁ、そんくらいじゃないと正直ついていけないっすよね」
それも、そうかもしれない。
「俺はやっぱ、雪さんは推せないっすね」
「ん、まぁ」
「なんかなぁ。
悪くはないだろうけど結局加害者側なのに…逃げたり、そんで陽一さんが世話してやってんのにって思いますけど。その母親の面倒を押し付ける頭主もどうなんだか」
「…そうだな」
じゃぁそうか。
俺も結局一生被害者側なのか、それって。
うんざりしそうだ。
「坂上、十三回忌ってやったことあるか?」
「はい?」
「まぁ、ないよな案外さ。
七回忌もやるんじゃぁ、俺今年は母親もそうだ。7足す6って13だよなぁ」
「…そっすね」
失踪届けから死亡届けに変わってから、もう6年かと溜め息を吐きたくなる。
ぼんやりと、酩酊したような曖昧さであの日の気持ちが浮かんでくる。
「…俺、雪が前に、なんで自分を産んだのかって母親に聞いてたのがなんか忘れらんなくてさ」
「へぇ…」
そんなの、本当にただの自己投影、陶酔でしかない。
坂上は間を置いてから「どうしょもね」と言った。
最早どちらかと言えば銀座色は薄く、新橋付近だった。
「…ホントにな」
笑えるほど、どうしょもねえよ。
車は漸く停車した。
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