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「はぁ、やーさん?」
ちらっと雪を見る春斗の視線はわかるが「田野倉さん、」と雪は田野倉を制する。
「貴方のことでしょ、それ。どう見ても」
「雪ちゃんは黙っとけな~。俺はいまこの兄ちゃんに聞いとんねんな」
「いや、僕もそう思いましたよ、えっと」
ちらっと見た春斗に「たのくらさん」と雪が答えれば「たのくらさん」と春斗は続ける。
「いやぁ~これ言っちゃ不味いかな~とか思ってたんですけどね~。たのくらさん、雰囲気あるし」
「…はぁ…?うん、ああ、そう、まぁ…」
「僕、あんまたのくらさんタイプって言うんですかね~、会ったことないんで、なんならたのくらさんが初めてかも~」
「ん、んん?」
「まぁ、勘違いってことですね、田野倉さ」
「嘘吐いてると」
「あぁ~、大声だしちゃうとブルース聴こえないなぁ。オーナー呼んでくる?」
オーナー。
にかっと笑った春斗はそれから「ええっと~」と言いながら、今しがた雪と田野倉が注いだボトルを田野倉に見せ、「たのくらさん、ね」と言うので、
「田んぼに野原に倉庫です」
と雪が答えれば「はいはい~」と言いながら、結局春斗はボトルに油性マジックで「田野原様」と書き、そのボトルを田野倉の前に置いた。
「7000円でーす。キープ出来ないんでお持ち帰りくださーい」
思わず雪は笑いそうになった。
「は?」
「いやぁ…早い話がこれで手を打ちません?明かに営業妨害だけどまぁ、僕も雪くんも警察突き出そうとか、オーナー判断、とか、面倒なんで。これまぁ、お宅のお店がどんなところだか知りませんけど、ミュージッククラブにしちゃあ良いものな方だと思うんで、多分」
お宅のお店と聞いて田野倉は舌打ちをした。
「…シャバ憎が」
「え?え?何、雪くん、聞こえた?怖ぁい、僕意味がよく」
「春斗さん、
…ちょっと、ふ、ふざけすぎだからっ!」
ついに雪は吹き出した。流石に悪ノリが過ぎている。
二人の若者を前に田野倉は「なんやぁ…!」と喚く。
「気分悪いわぁ、はいはい7000円ぽっちやな、このっ、」
財布から一万円を投げ、「このアホ!」と言い田野倉は荒々しく立って店を一人出て行った。
出て行った瞬間「っは、」と春斗がわざとらしく息を吐き、カシスソーダを静かに作りながら、「いや怖っ!」と言い、口を潤すようにそれを飲む。
「いやぁ…すみません…」
「マジで、いや本気に、超怖ぇ」
そうだよなぁ…。
「ホントすみませんでした」
「いやユキがマジでやっさんホイホイすぎてどうしよう…。もう次から外なし」
「あ、はい…」
「前のオーナー?アレ」
やはりな。勘づかれたか。
…当たり前か、そりゃぁ。
カシスソーダを飲みながら横目で春斗は雪を見る。それには仕方がないので「…そうです」と正直に答えた。
「…ホントにヤバ気な店だったのね。オーナーマジで使った方がよかった?」
「いえ、大丈夫です…」
「よーいっさんとも関係ある感じ?なんかこれ聞いていいかわかんねぇけどさ」
「…イマイチ…」
確かに田野倉は青柳の人間で、陽一は青柳の養子だし、きっと敵は多いのかもしれないが。加えて兄が出所した、このタイミングにも違和感はある。
「…まぁいいんだけどさ…。よーいっさん、本当に兄貴?」
「そうですが…田野倉にはあんまり…うーん、前の店のことは陽一は一切知らないですよ」
「話してないんだ。
まぁ、よく知らないけど兄ちゃんなら卒倒するかな?」
「…どうですかね」
「流されたんだろ今日は。責めないけど俺明日指とかあって働けるかな」
「大丈夫だと思います。いや、なんか、すみません」
黒さのない普通のホワイトな店で普通の日常には、本当に異質なものなはずだ。
自分だって、一瞬で変わってしまったから。
飲み終えたカシスソーダを流しに置き、「ま、いいや」と春斗はさっぱり言った。
「あげちゃったけどテキーラあるよね、在庫」
「あー、今週の出数見ないとなんともですが、俺先週間違って3本入れちゃったんで2週間くらいは大丈夫かなと」
「うわっ。はは~。
笑えねぇよ…。パリピ祭り組まないと。別に腐らないけどさぁ~…」
「言い忘れてましたっけ」
「初聞いたよ~…俺酒飲めないから雪の今週はウィスキーからテキーラで」
「倒れるかも」
「わかってるよ~ぉ、
もー、だからなんかあったら言えっていつも言ってんだろお~…!」
確かに、そうなんだけど。
「いやまぁ…はい」
「いつもそれなんだからったく…。
まぁオーナーにどうせ、「テキーラボトル半分だったけど1本分で売りました」は売上バレするから言うからね、マジで」
「…はぁい」
「てか今自分で行って来い客いねぇから」
「…はぁい…」
気は重いが仕方ないか。春斗にも心配は掛けたしと、雪は仕方なく、カウンターから出た。
嵐のようだったなと、ここ30分に違和感がある。
だが、最近がきっと、平和すぎたのかもしれない。
ひとつ無意識になり、なりきれず、雪は小さく息を吐いてスタッフルームで働くオーナーを思い浮かべた。
クビになったらどうしようかな、明日首が繋がった状態で働けるかなと、いや、きっと働かせてくれるんだけども。痛いなぁ、胸が。
ぼんやりとそう、考えた。
ちらっと雪を見る春斗の視線はわかるが「田野倉さん、」と雪は田野倉を制する。
「貴方のことでしょ、それ。どう見ても」
「雪ちゃんは黙っとけな~。俺はいまこの兄ちゃんに聞いとんねんな」
「いや、僕もそう思いましたよ、えっと」
ちらっと見た春斗に「たのくらさん」と雪が答えれば「たのくらさん」と春斗は続ける。
「いやぁ~これ言っちゃ不味いかな~とか思ってたんですけどね~。たのくらさん、雰囲気あるし」
「…はぁ…?うん、ああ、そう、まぁ…」
「僕、あんまたのくらさんタイプって言うんですかね~、会ったことないんで、なんならたのくらさんが初めてかも~」
「ん、んん?」
「まぁ、勘違いってことですね、田野倉さ」
「嘘吐いてると」
「あぁ~、大声だしちゃうとブルース聴こえないなぁ。オーナー呼んでくる?」
オーナー。
にかっと笑った春斗はそれから「ええっと~」と言いながら、今しがた雪と田野倉が注いだボトルを田野倉に見せ、「たのくらさん、ね」と言うので、
「田んぼに野原に倉庫です」
と雪が答えれば「はいはい~」と言いながら、結局春斗はボトルに油性マジックで「田野原様」と書き、そのボトルを田野倉の前に置いた。
「7000円でーす。キープ出来ないんでお持ち帰りくださーい」
思わず雪は笑いそうになった。
「は?」
「いやぁ…早い話がこれで手を打ちません?明かに営業妨害だけどまぁ、僕も雪くんも警察突き出そうとか、オーナー判断、とか、面倒なんで。これまぁ、お宅のお店がどんなところだか知りませんけど、ミュージッククラブにしちゃあ良いものな方だと思うんで、多分」
お宅のお店と聞いて田野倉は舌打ちをした。
「…シャバ憎が」
「え?え?何、雪くん、聞こえた?怖ぁい、僕意味がよく」
「春斗さん、
…ちょっと、ふ、ふざけすぎだからっ!」
ついに雪は吹き出した。流石に悪ノリが過ぎている。
二人の若者を前に田野倉は「なんやぁ…!」と喚く。
「気分悪いわぁ、はいはい7000円ぽっちやな、このっ、」
財布から一万円を投げ、「このアホ!」と言い田野倉は荒々しく立って店を一人出て行った。
出て行った瞬間「っは、」と春斗がわざとらしく息を吐き、カシスソーダを静かに作りながら、「いや怖っ!」と言い、口を潤すようにそれを飲む。
「いやぁ…すみません…」
「マジで、いや本気に、超怖ぇ」
そうだよなぁ…。
「ホントすみませんでした」
「いやユキがマジでやっさんホイホイすぎてどうしよう…。もう次から外なし」
「あ、はい…」
「前のオーナー?アレ」
やはりな。勘づかれたか。
…当たり前か、そりゃぁ。
カシスソーダを飲みながら横目で春斗は雪を見る。それには仕方がないので「…そうです」と正直に答えた。
「…ホントにヤバ気な店だったのね。オーナーマジで使った方がよかった?」
「いえ、大丈夫です…」
「よーいっさんとも関係ある感じ?なんかこれ聞いていいかわかんねぇけどさ」
「…イマイチ…」
確かに田野倉は青柳の人間で、陽一は青柳の養子だし、きっと敵は多いのかもしれないが。加えて兄が出所した、このタイミングにも違和感はある。
「…まぁいいんだけどさ…。よーいっさん、本当に兄貴?」
「そうですが…田野倉にはあんまり…うーん、前の店のことは陽一は一切知らないですよ」
「話してないんだ。
まぁ、よく知らないけど兄ちゃんなら卒倒するかな?」
「…どうですかね」
「流されたんだろ今日は。責めないけど俺明日指とかあって働けるかな」
「大丈夫だと思います。いや、なんか、すみません」
黒さのない普通のホワイトな店で普通の日常には、本当に異質なものなはずだ。
自分だって、一瞬で変わってしまったから。
飲み終えたカシスソーダを流しに置き、「ま、いいや」と春斗はさっぱり言った。
「あげちゃったけどテキーラあるよね、在庫」
「あー、今週の出数見ないとなんともですが、俺先週間違って3本入れちゃったんで2週間くらいは大丈夫かなと」
「うわっ。はは~。
笑えねぇよ…。パリピ祭り組まないと。別に腐らないけどさぁ~…」
「言い忘れてましたっけ」
「初聞いたよ~…俺酒飲めないから雪の今週はウィスキーからテキーラで」
「倒れるかも」
「わかってるよ~ぉ、
もー、だからなんかあったら言えっていつも言ってんだろお~…!」
確かに、そうなんだけど。
「いやまぁ…はい」
「いつもそれなんだからったく…。
まぁオーナーにどうせ、「テキーラボトル半分だったけど1本分で売りました」は売上バレするから言うからね、マジで」
「…はぁい」
「てか今自分で行って来い客いねぇから」
「…はぁい…」
気は重いが仕方ないか。春斗にも心配は掛けたしと、雪は仕方なく、カウンターから出た。
嵐のようだったなと、ここ30分に違和感がある。
だが、最近がきっと、平和すぎたのかもしれない。
ひとつ無意識になり、なりきれず、雪は小さく息を吐いてスタッフルームで働くオーナーを思い浮かべた。
クビになったらどうしようかな、明日首が繋がった状態で働けるかなと、いや、きっと働かせてくれるんだけども。痛いなぁ、胸が。
ぼんやりとそう、考えた。
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