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それから翡翠がふいに部屋へ戻ると、仕事上がりで寝ようしているようだった。
「なんだそれ、」と、藤嶋は奇妙な面持ちで翡翠の項ばかりを眺めて布団から起き上がる。
いつもはただ後ろで結っているだけなのに。若さは張りがあるようだと少し、藤嶋は感心する。
「あはぁ、美鶴兄さんにやってもらいましたがなんや項に当たって痒い」
「…何故美鶴に」
「違うで、ちょっとお話をして貰いました」
目に見えて溜め息を殺した店主が「正直客から上がった怠い男娼にしか見えない」などと、雰囲気を大切にもしない一言を発する。
自分に見えないだけに翡翠には「ええっ、」としか言えない。
「あの、髪は縛ってんのか縛ってねぇのかどっちなんだって言いたくなる」
「そんなん思ってたんですか」
「うんわりと好きだからね」
互いにハッとする。だから美鶴さんこんなにやる気なく仕上げたの、無駄に性癖を暴露してしまったぞ、どちらも交差し、美鶴め小癪な小細工を、うわぁ藤嶋さん随分変わってると絡まり合い気まずい。
気まずそうに髪をほどく翡翠、
「まぁ、寝るからな俺は」と、翡翠に背を向け、まだ明るくはない外へ向き布団を被る藤嶋。
今ごろ客も皆寝付いた頃かもしれない。
ふぅ、と翡翠は一息吐いてから壁を向いて布団に入ったが、わざわざ寝返って触れた藤嶋は髪に触れてきて「お疲れ様」と呟く。
「ん、あい」と愛想もなくいつも通りな翡翠が動かなくなると店主は、また後頭部の臭いを嗅ぎにやって来るのだからびくっとする。
「なんだ、起こしたか悪い」
「ん、あい」
あの男独占欲がえらく強い。
そうなのかもしれないと、背中の藤嶋の温もりに感じる。
藤嶋も背中でおとなしくなったがふいに、腿に硬い棒が当たる、かと思いきやもぞもぞとそれは自分から離れるのだから「藤嶋さん?」と翡翠は呼んでみる。
明らかに店主はぴたっと、気配を消すように動きやめた。
「藤嶋さん」
「…起こして悪かったな、お疲れ。寝ろよ」
「んー、そうなんですけど…。藤嶋さんもはばかりさんやねぇ…」
「んー、まぁ…」
「眠れないんで抱き締めてくださりません?」
「別にいーけどどーしたよ」
「眠れないんです、怖くて」
背中から溜め息が聞こえた。
当たり前に「ほらよ」と抱擁され藤嶋は勃起しているとはっきりするのだけど、本人は特に気にした風でもない。
ぴったりくっついてやろうと翡翠が少し動けば丁度股の間、股間に当たる辺りにあり、「おい、」と低い声で窘められた。
「からかうなよガキ」
「…気にしまへんけど、今更」
もぞもぞと、股で藤嶋の熱さを挟んですりすりとすれば「バカ、」と離されてしまった。
「大人をからかうんじゃねぇよ質が悪いな」
「…そんな日やてあるやろうて」
はぁ、と溜め息を吐いた藤嶋は「無邪気なもんよなぁ…」と小言を挟む。
「…怖くないのかお前は」
「怖いですよ。夜が来ると思い出すし」
「だよなぁ」
しかしふふっと楽しそうに笑った気がした藤嶋へ寝返ってみる。
合った鋭い目は少し優しかった。だがなにも言わないのだ。
髪をくりくりくりくり指先で遊ぶ藤嶋の顔には傷がある。
ふいに翡翠はその藤嶋の頬に触れてみた。
真っ直ぐ見つめる藤嶋の目はやはり、何を考えているかわからない。
「これは、…どうして?」
「昔上官を殺した。その時に」
その小さな手は藤嶋の首筋へ誘われる。
体温は自分より少し高い。
「自害しようとしたんだよ」と、藤嶋の返答が予想外だった。
「……、」
「それは夜のことだったよ」
虚無に笑う男に言葉をなくしてしまった。きっと、傷には何か、あるものだとわかっていたはずなのに。
急に胸が苦しくなる。
「…そうですか」
「まぁ後悔は案外していない。どうしても消えて欲しい男だったからな」
「なんか、すまへん」
「別に?聞かれたら誰にでも答える話だ」
藤嶋にとってはそれほど大切でもない話のようだ。だけどきっと、誰も勝手に聞いてこない。
「まぁ、」
藤嶋が翡翠の手を握り言う、「聞いてくるバカはお前くらいだけど」と、それから「ははっ、」と笑った。
笑うと少し、頬の傷のせいで表情筋が引き釣る、この男の笑みは。それが少し怖い。
何も、信じていないような気がして。
「わては少し藤嶋さんが怖いですよ」
「まぁ、そりゃ、」
「きっと誰も信じてないんやて、感じるのです」
藤嶋が言葉を呑んだ。
「わても多分、そうだからです」
「ははっ、末恐ろしいガキだ」
「きっと、そうなんでしょう」
握ったままの翡翠の手を握り、藤嶋はその頬にすりすりと擦り付ける。傷と頬、ざらっ、ざらっと傷を指先で味わう。
強い眼差しで藤島に見つめ返された。
「あぁ、何一つ信じていない」
それからその指、手首と、舌をゆっくり熱く這わせてくる藤嶋に心が乱されるのだけど、「まぁ、お前くらいしか、言わないけどね」とあっさりと言っては手を離される。
藤嶋はにやっと笑ってからまるで寄り掛かるように抱擁してきた。
胸の音が、間近で聴こえる。
そう言えば美鶴兄さんからの伝言があったと「店主、」と声を掛けた瞬間、自分の陰茎の下あたりに藤島の熱い陰茎が差し込まれ、ゆるゆる、ゆらゆらと股の間を行き来する。
はぁ、と藤嶋は息を吐きながら、「暫くこのまま」と頭を抱えるように抱きつき、髪を鋤き、後頭部の臭いを嗅いでくる。
「ねぇ藤嶋さん」と、この人といま一緒にいたい、離してはならないと無性に胸が痺れ、藤嶋の頭を抱えた。
「美鶴兄さんから…。壊せるなら守れるでしょって…」
「あぁ、そう」
「…藤嶋さん、美鶴さんとは寝ました?」
「気持ち悪ぃな。あんなやつただの口減らしの孤児だ」
「…そうだったんですね」
「あぁ。父親がクソ野郎のな。
今日は疲れた。寝るわ…」
まだゆらゆらしているが、確かにゆっくりで、最初より藤嶋の陰茎は多分、しなってきた。
翡翠はそのまま、「おやすみなさい。わても寝ます」と、胸板だか首筋だか、そのあたりに熱く、甘いような声を掛ける。
さて、とそれを見送った店主は沸いているな、と感じながら、取り敢えずもやもやする、文句を言ってやろうと美鶴の部屋へ向かう。
「なんだそれ、」と、藤嶋は奇妙な面持ちで翡翠の項ばかりを眺めて布団から起き上がる。
いつもはただ後ろで結っているだけなのに。若さは張りがあるようだと少し、藤嶋は感心する。
「あはぁ、美鶴兄さんにやってもらいましたがなんや項に当たって痒い」
「…何故美鶴に」
「違うで、ちょっとお話をして貰いました」
目に見えて溜め息を殺した店主が「正直客から上がった怠い男娼にしか見えない」などと、雰囲気を大切にもしない一言を発する。
自分に見えないだけに翡翠には「ええっ、」としか言えない。
「あの、髪は縛ってんのか縛ってねぇのかどっちなんだって言いたくなる」
「そんなん思ってたんですか」
「うんわりと好きだからね」
互いにハッとする。だから美鶴さんこんなにやる気なく仕上げたの、無駄に性癖を暴露してしまったぞ、どちらも交差し、美鶴め小癪な小細工を、うわぁ藤嶋さん随分変わってると絡まり合い気まずい。
気まずそうに髪をほどく翡翠、
「まぁ、寝るからな俺は」と、翡翠に背を向け、まだ明るくはない外へ向き布団を被る藤嶋。
今ごろ客も皆寝付いた頃かもしれない。
ふぅ、と翡翠は一息吐いてから壁を向いて布団に入ったが、わざわざ寝返って触れた藤嶋は髪に触れてきて「お疲れ様」と呟く。
「ん、あい」と愛想もなくいつも通りな翡翠が動かなくなると店主は、また後頭部の臭いを嗅ぎにやって来るのだからびくっとする。
「なんだ、起こしたか悪い」
「ん、あい」
あの男独占欲がえらく強い。
そうなのかもしれないと、背中の藤嶋の温もりに感じる。
藤嶋も背中でおとなしくなったがふいに、腿に硬い棒が当たる、かと思いきやもぞもぞとそれは自分から離れるのだから「藤嶋さん?」と翡翠は呼んでみる。
明らかに店主はぴたっと、気配を消すように動きやめた。
「藤嶋さん」
「…起こして悪かったな、お疲れ。寝ろよ」
「んー、そうなんですけど…。藤嶋さんもはばかりさんやねぇ…」
「んー、まぁ…」
「眠れないんで抱き締めてくださりません?」
「別にいーけどどーしたよ」
「眠れないんです、怖くて」
背中から溜め息が聞こえた。
当たり前に「ほらよ」と抱擁され藤嶋は勃起しているとはっきりするのだけど、本人は特に気にした風でもない。
ぴったりくっついてやろうと翡翠が少し動けば丁度股の間、股間に当たる辺りにあり、「おい、」と低い声で窘められた。
「からかうなよガキ」
「…気にしまへんけど、今更」
もぞもぞと、股で藤嶋の熱さを挟んですりすりとすれば「バカ、」と離されてしまった。
「大人をからかうんじゃねぇよ質が悪いな」
「…そんな日やてあるやろうて」
はぁ、と溜め息を吐いた藤嶋は「無邪気なもんよなぁ…」と小言を挟む。
「…怖くないのかお前は」
「怖いですよ。夜が来ると思い出すし」
「だよなぁ」
しかしふふっと楽しそうに笑った気がした藤嶋へ寝返ってみる。
合った鋭い目は少し優しかった。だがなにも言わないのだ。
髪をくりくりくりくり指先で遊ぶ藤嶋の顔には傷がある。
ふいに翡翠はその藤嶋の頬に触れてみた。
真っ直ぐ見つめる藤嶋の目はやはり、何を考えているかわからない。
「これは、…どうして?」
「昔上官を殺した。その時に」
その小さな手は藤嶋の首筋へ誘われる。
体温は自分より少し高い。
「自害しようとしたんだよ」と、藤嶋の返答が予想外だった。
「……、」
「それは夜のことだったよ」
虚無に笑う男に言葉をなくしてしまった。きっと、傷には何か、あるものだとわかっていたはずなのに。
急に胸が苦しくなる。
「…そうですか」
「まぁ後悔は案外していない。どうしても消えて欲しい男だったからな」
「なんか、すまへん」
「別に?聞かれたら誰にでも答える話だ」
藤嶋にとってはそれほど大切でもない話のようだ。だけどきっと、誰も勝手に聞いてこない。
「まぁ、」
藤嶋が翡翠の手を握り言う、「聞いてくるバカはお前くらいだけど」と、それから「ははっ、」と笑った。
笑うと少し、頬の傷のせいで表情筋が引き釣る、この男の笑みは。それが少し怖い。
何も、信じていないような気がして。
「わては少し藤嶋さんが怖いですよ」
「まぁ、そりゃ、」
「きっと誰も信じてないんやて、感じるのです」
藤嶋が言葉を呑んだ。
「わても多分、そうだからです」
「ははっ、末恐ろしいガキだ」
「きっと、そうなんでしょう」
握ったままの翡翠の手を握り、藤嶋はその頬にすりすりと擦り付ける。傷と頬、ざらっ、ざらっと傷を指先で味わう。
強い眼差しで藤島に見つめ返された。
「あぁ、何一つ信じていない」
それからその指、手首と、舌をゆっくり熱く這わせてくる藤嶋に心が乱されるのだけど、「まぁ、お前くらいしか、言わないけどね」とあっさりと言っては手を離される。
藤嶋はにやっと笑ってからまるで寄り掛かるように抱擁してきた。
胸の音が、間近で聴こえる。
そう言えば美鶴兄さんからの伝言があったと「店主、」と声を掛けた瞬間、自分の陰茎の下あたりに藤島の熱い陰茎が差し込まれ、ゆるゆる、ゆらゆらと股の間を行き来する。
はぁ、と藤嶋は息を吐きながら、「暫くこのまま」と頭を抱えるように抱きつき、髪を鋤き、後頭部の臭いを嗅いでくる。
「ねぇ藤嶋さん」と、この人といま一緒にいたい、離してはならないと無性に胸が痺れ、藤嶋の頭を抱えた。
「美鶴兄さんから…。壊せるなら守れるでしょって…」
「あぁ、そう」
「…藤嶋さん、美鶴さんとは寝ました?」
「気持ち悪ぃな。あんなやつただの口減らしの孤児だ」
「…そうだったんですね」
「あぁ。父親がクソ野郎のな。
今日は疲れた。寝るわ…」
まだゆらゆらしているが、確かにゆっくりで、最初より藤嶋の陰茎は多分、しなってきた。
翡翠はそのまま、「おやすみなさい。わても寝ます」と、胸板だか首筋だか、そのあたりに熱く、甘いような声を掛ける。
さて、とそれを見送った店主は沸いているな、と感じながら、取り敢えずもやもやする、文句を言ってやろうと美鶴の部屋へ向かう。
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