月影之鳥

二色燕𠀋

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影の羽音

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 和尚は嫌味でもない、しかし目付きだけは少し鋭くも達観したような笑み、なのかゆとり、なのか、柔らかくも深みのある表情で自分を見下ろしている。

「…まだ小さなややこを持つ若い母親でなぁ。突然心の臓が止まってしまったようだ、なんの前触れもなく」
「…え?」
「きっと、本人も死んでいることに気付いてなかろうな。縫い物を手にしたままで、そのまま前にかがんでいたよ。ややこはずっと泣いていて近所の夫婦が気付いて旦那を呼びに行ったそうだ」
「…そんなこともあるんですか」
「あぁそうだな。死に顔も生きているようやったわ。
 だが経で呼び掛けても返事はない」
「それはどういった…」
「多分、まだ家におるのだろうな」
「え゛っ」
「そのうちこちらに来ればいいが…まぁ、明日も明後日もこの寺をぐるぐると回るんやろうて」
「て、寺を?」
「あぁ。その為の線香や」

 末恐ろしいことを聞いてしまった。
 坊主は少し硬直気味な表情を浮かべた貴之に「はっはは…」と不謹慎にも笑った。そして言う、「まぁ身なしの者を受け入れるのが寺だ」と。

「未だにきっと未練があるんや。子も幼いし裁縫も終わってないんやし」
「それは、成仏はさせないのですかっ、」
「五臓、精・気・血と染みるのが49日と言うものなの…かなぁ?」
「どういう」
「線香を焚く意味だ」

 皆目わからない。
 だがそれ以上聞くことは恐怖で躊躇われた。
 顔がこわばったままにキョロキョロし始めた子供にまた和尚は「けっけっけ、」と笑う。

「お前の五臓六腑はその染みを見つけるのに優れるのかもしれぬな、貴之殿」

 恐ろしい。
 「よくわかりませんけど、」と感情を見せた貴之に和尚は答えを出さないでいた。
 廊下の木が軋む。

 和尚は見かけた茶坊主に「儂の部屋まで茶を二つ」とだけ述べるのだった。

「和尚様、新しい坊主ですか」

 純粋そうに言ったその茶坊主はまだ子供に見えた。

「いや、客人だ」

 そうですか、とその茶坊主は去って行く。 

 連れられる廊下を眺めれば、寺とはどうも、時を知らずに皆それぞれが過ごしている場所らしいと貴之は眺める。

 少し見慣れぬ風景。

 裏の庭には掃除をする坊主もいる、茶坊主だっているのだし、だけども乾いた線香の臭いもするのだ。

「…お寺とは、長閑なところなのですね」
「ああ興味を持ったか?」
「いや…」
「まぁそうさな、少し世間とは違う場所だ」

 経も聞こえる。

 貴之が和尚に連れられたのは離にある和尚の寝室だった。
 広い、広間のような寝室には本棚がある。空間だけで言えば寺子屋のようだが、寺子屋にすらこれだけの本はない。

 すぐに茶坊主が茶を持ってきては、和尚は貴之に「少々遊んでいきなさいよ」と言いながら本棚を漁っていた。

「この本は一体なんなのですか」
「趣味かな。坊主は人が死なない限り暇だからな」
「なるほど…」

 自分とはどうやら世界が、違うらしい。

「全て読まれたのですか」
「いや、まだ読めていない書物もあるが君は本が好きか?」
「…嫌いではないです」
「あそう、」

 それだけ言うと和尚は本棚から何か、木箱を取り出しては貴之の前に座る。

 どんな本が出てくるのかと貴之が木箱を眺めているのを和尚は楽しそうに見て笑い、慎重そうに蓋を開ければ眺めていた貴之が「は?」と拍子抜けた。
 小さな、札の束が入っている。
 
 珍妙な思いで和尚を見上げれば「なんや、知らないんか?」と和尚が至極当たり前のようにその札を並べ始める。

 松、梅、桜など、絵柄が似た札が4種ずつ12種類の絵札が並べられた。

「花札いうんや」
「…いや、は?」
「左から松、梅、桜、藤、菖蒲、牡丹、萩、山、菊、紅葉、柳、桐とそれぞれ1月から12月、各4種類がある」
「えっと…」

 だからなんだと言う。

「この赤い反があるのが赤反、青は青反で」
「待ってください、何を言っているのかさっぱり」
「頭が硬いな、賭け事をしようと言ってるのがわからんのか?」
「賭けって何を」
「運かな。お主が勝ったら『外台秘要方がいだいひようほう』を貸してやろう。正直あまり儂も見せたくないのだ。というか坊主の説法はただじゃない」
「は?」
「やらないのか?」

 そう言われてしまっては困惑してしまうが「…勝ったら、いいんですか」と強気になるのだから面白い。

「あぁ勿論」
「ではやり方を教えて下さい」
「いいなぁ、強気で」

 やはりな。
 この子供どうやら気だけは確かにあると、「同じ絵札しか取れない、役を揃えるのだ」と、一通りやり方を教えてみた。

 役など様々で一回で覚えられるものでもなかったらしく、「取り敢えずやってみます」と言うのも和尚には面白かった。

「ははは、ダメなやつだなぁ君は。まぁいいか」

 それから二人は賭け事を始める。こいこい、役よこいと夢中になる。

 少年は初めて賭け事というものに触れる。
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