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Film 3
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吐き気すら沸いてこないほどに呆れていた。
呆れたというか、あの変態生物学者には脱力してしまい、雨川はあれから帰宅して自宅のベットにすぐ寝転んでしまった。
「マフユちゃーん、お腹まだ?」
ソラは帰っても変わらない女の子だった。
フライパンだけを手にして寝室を無邪気に覗くソラに「あぁ、」と寝転びながら返事をする。
「ごめんねソラ。お腹すいた?」
「すいたー」
「…何食べたい?」
子供がいるのは少し大変だ。
重々しく立とうとすれば「ソラも作れるよ!」と言った。
「目玉焼き」
「…そうだね。綺麗な丸いやつ…」
「マフユちゃんは寝てていいよ、お腹!」
あぁ。
お腹はその意味だったのか。
「…大丈夫だよ。ありがとう。
けど、じゃぁコーヒー飲んで待ってるよ」
「うん!そうして!」
ソラは無邪気にそう言ってキッチンに戻って行った。
南沢はソラすらも、否定するのだろうかと考えてしまう。けど、ソラが何を持って自分を「女の子だ」と自信が持てるのか、わからないのも事実だ。
だからこそ、ソラは強いと感じる。わからない、本当は自信なんてないのかもしれない。
だがソラが女の子であっても男の子であっても、ないものがあってあるものがなくたって嫌悪をいまのところ自分は抱いていない。どうしてだろう。自分が曖昧だからなのか。
もしも違う理由なら自分もソラに対して、南沢のようなくそったれ意見を持ち合わせているような気がして「はぁ~…っ」と長めの溜め息が出ていく。
ダメだ、頭を冷まそう。やはりリビングにコーヒーを飲みに行こうと心を入れ換えた。
早速ソラは卵を手にしているキッチン、自分はマグカップにインスタントをついで、珍しく砂糖を大さじ3杯と牛乳の割合を5にしたところで「あれれ?」と、ソラの気を削いだらしい。
ソラは油をフライパンに敷き忘れたままに「珍しいね!」と言った。
「そ、ソラ?」
「マフユちゃんが甘いの飲んでる」
「うん、疲れてるんだソラ、油…」
「あぁぁ!」
フリーズしてしまった。大変だ言わなければよかったと、ひとまずマグカップは流し台に置く。
「マフユちゃん!」
「…よし巻き返そう。水だソラ。水を入れて蒸そう」
「水!」
「よーしソラ、計量カップに半分くらいお水を入れておくれ~…」
役割を与えると「はい!」とソラは素直だった。
選手交替をしようかとも考えたが、ここは大人の階段だと、雨川は場所を変わることをせず、コーヒーをその場で飲みながらソラを見張ることにした。
コーヒーは甘すぎた。
「甘っ」と思わず言ってしまえば「マフユちゃーん?」と、ソラは不思議そうに言ってから、にかっと笑う。
「変なのマフユちゃん」
「…あはは」
「お疲れなんだねー」
「うん、」
ニコニコニコニコしているソラの頭をぎこちなく撫でる。
そして、聞いてみようかと思った。
「…ねぇソラ」
「なにー?」
「ソラは、どうしてその…女の子なの?」
「え?なんで?」
あっけらかんとしている。
「ソラはだって、みんながそれでいいって」
「…みんなが?」
「そうだよ。それがいいんだって、お金をもらうの」
「あっ…」
そうか。
ソラだって、そうやって生きてきた。
そうするしかなかったのに、幼くも、知らないでやって来てしまったのか。
急に切なくなった。
「…そっか。ごめんね、変なこと聞いたね」
「変なこと?」
「んーん。何でもないよ」
自分は、どうだろう。
自分も変わらないかもしれない。だから、でも、それ故に覆ることが怖いんだ。
ソラほど澄んで何も疑わないままだったらどうなのだろう。南沢はなぜソラをここに連れてきたのだろうと、いまは覆らないように、雨川はそっと後ろからソラを抱き締め、頭の臭いを嗅いだ。
甘いような子供に近い臭いは、それでも子供ではない。
「マフユちゃん、危ないよ」
と言うソラに、「そうだね」と答えることしか出来なかった。
「ナツエと同じだ」
無邪気に言うソラに悪意も棘もないのに、何故だか少し心が痛んだような気がした。
せめて、死んじゃえばいいのに、とまでは言わなくてもよかったかも、しれない。
「あっ」
水槽を眺めた南沢は渋い顔をした。
ミナミヌマエビが共食いをしている。手足を食べ、腹も食べ、食べられているエビはもう、抵抗すらしない。どうしたのだろうと水槽の温度を確認しても正常。餌もきちんとあげている。
だが一匹がそれを始めたら──
食べ終わったエビだけが餌に見向きもせず水槽をさ迷う。
このままこのエビが他のエビを食べてしまったらこの水槽の飽和状態な生態系が崩れてしまう、そんな恐怖の最中。
別のエビを探して突進していってしまう。このエビはもしかすると混食なのかもしれない。だから、食べるエビか、仲間か食物連鎖かの差が曖昧なのか、引き上げるべきかと考えるうちに、追いかけられたエビも追いかけたエビも静かに止まった。
喧嘩はしなかった。
だが。
エビは数秒、重なった。生殖行為をしたわけだが恐らくは「メス」と化した身体の小さいエビは、追いかけてきたエビより大人しくなる。
その一瞬でオスのエビはメスに一度頭突きをした、脳震盪を食らったそのメスのエビに、何度か攻撃を仕掛け…。
嫌なものを見てしまったと南沢の胸は苦くなった。死んじゃえばいいのに。雨川の一言を思い出し、力なくその場にひとり座り込む心境だった。
どうして辛くなるんだろうな。
いつでも自分は苦い思いを抱く。いつまでこれが続くんだろうとぼんやり雨川の泣いた顔が浮かび過去の泣いた顔まで浮かんでくる。
兄貴、お前はエビかよとその思いが投げられたらいいのにと目をきつく閉じて考えた。
呆れたというか、あの変態生物学者には脱力してしまい、雨川はあれから帰宅して自宅のベットにすぐ寝転んでしまった。
「マフユちゃーん、お腹まだ?」
ソラは帰っても変わらない女の子だった。
フライパンだけを手にして寝室を無邪気に覗くソラに「あぁ、」と寝転びながら返事をする。
「ごめんねソラ。お腹すいた?」
「すいたー」
「…何食べたい?」
子供がいるのは少し大変だ。
重々しく立とうとすれば「ソラも作れるよ!」と言った。
「目玉焼き」
「…そうだね。綺麗な丸いやつ…」
「マフユちゃんは寝てていいよ、お腹!」
あぁ。
お腹はその意味だったのか。
「…大丈夫だよ。ありがとう。
けど、じゃぁコーヒー飲んで待ってるよ」
「うん!そうして!」
ソラは無邪気にそう言ってキッチンに戻って行った。
南沢はソラすらも、否定するのだろうかと考えてしまう。けど、ソラが何を持って自分を「女の子だ」と自信が持てるのか、わからないのも事実だ。
だからこそ、ソラは強いと感じる。わからない、本当は自信なんてないのかもしれない。
だがソラが女の子であっても男の子であっても、ないものがあってあるものがなくたって嫌悪をいまのところ自分は抱いていない。どうしてだろう。自分が曖昧だからなのか。
もしも違う理由なら自分もソラに対して、南沢のようなくそったれ意見を持ち合わせているような気がして「はぁ~…っ」と長めの溜め息が出ていく。
ダメだ、頭を冷まそう。やはりリビングにコーヒーを飲みに行こうと心を入れ換えた。
早速ソラは卵を手にしているキッチン、自分はマグカップにインスタントをついで、珍しく砂糖を大さじ3杯と牛乳の割合を5にしたところで「あれれ?」と、ソラの気を削いだらしい。
ソラは油をフライパンに敷き忘れたままに「珍しいね!」と言った。
「そ、ソラ?」
「マフユちゃんが甘いの飲んでる」
「うん、疲れてるんだソラ、油…」
「あぁぁ!」
フリーズしてしまった。大変だ言わなければよかったと、ひとまずマグカップは流し台に置く。
「マフユちゃん!」
「…よし巻き返そう。水だソラ。水を入れて蒸そう」
「水!」
「よーしソラ、計量カップに半分くらいお水を入れておくれ~…」
役割を与えると「はい!」とソラは素直だった。
選手交替をしようかとも考えたが、ここは大人の階段だと、雨川は場所を変わることをせず、コーヒーをその場で飲みながらソラを見張ることにした。
コーヒーは甘すぎた。
「甘っ」と思わず言ってしまえば「マフユちゃーん?」と、ソラは不思議そうに言ってから、にかっと笑う。
「変なのマフユちゃん」
「…あはは」
「お疲れなんだねー」
「うん、」
ニコニコニコニコしているソラの頭をぎこちなく撫でる。
そして、聞いてみようかと思った。
「…ねぇソラ」
「なにー?」
「ソラは、どうしてその…女の子なの?」
「え?なんで?」
あっけらかんとしている。
「ソラはだって、みんながそれでいいって」
「…みんなが?」
「そうだよ。それがいいんだって、お金をもらうの」
「あっ…」
そうか。
ソラだって、そうやって生きてきた。
そうするしかなかったのに、幼くも、知らないでやって来てしまったのか。
急に切なくなった。
「…そっか。ごめんね、変なこと聞いたね」
「変なこと?」
「んーん。何でもないよ」
自分は、どうだろう。
自分も変わらないかもしれない。だから、でも、それ故に覆ることが怖いんだ。
ソラほど澄んで何も疑わないままだったらどうなのだろう。南沢はなぜソラをここに連れてきたのだろうと、いまは覆らないように、雨川はそっと後ろからソラを抱き締め、頭の臭いを嗅いだ。
甘いような子供に近い臭いは、それでも子供ではない。
「マフユちゃん、危ないよ」
と言うソラに、「そうだね」と答えることしか出来なかった。
「ナツエと同じだ」
無邪気に言うソラに悪意も棘もないのに、何故だか少し心が痛んだような気がした。
せめて、死んじゃえばいいのに、とまでは言わなくてもよかったかも、しれない。
「あっ」
水槽を眺めた南沢は渋い顔をした。
ミナミヌマエビが共食いをしている。手足を食べ、腹も食べ、食べられているエビはもう、抵抗すらしない。どうしたのだろうと水槽の温度を確認しても正常。餌もきちんとあげている。
だが一匹がそれを始めたら──
食べ終わったエビだけが餌に見向きもせず水槽をさ迷う。
このままこのエビが他のエビを食べてしまったらこの水槽の飽和状態な生態系が崩れてしまう、そんな恐怖の最中。
別のエビを探して突進していってしまう。このエビはもしかすると混食なのかもしれない。だから、食べるエビか、仲間か食物連鎖かの差が曖昧なのか、引き上げるべきかと考えるうちに、追いかけられたエビも追いかけたエビも静かに止まった。
喧嘩はしなかった。
だが。
エビは数秒、重なった。生殖行為をしたわけだが恐らくは「メス」と化した身体の小さいエビは、追いかけてきたエビより大人しくなる。
その一瞬でオスのエビはメスに一度頭突きをした、脳震盪を食らったそのメスのエビに、何度か攻撃を仕掛け…。
嫌なものを見てしまったと南沢の胸は苦くなった。死んじゃえばいいのに。雨川の一言を思い出し、力なくその場にひとり座り込む心境だった。
どうして辛くなるんだろうな。
いつでも自分は苦い思いを抱く。いつまでこれが続くんだろうとぼんやり雨川の泣いた顔が浮かび過去の泣いた顔まで浮かんでくる。
兄貴、お前はエビかよとその思いが投げられたらいいのにと目をきつく閉じて考えた。
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