アマレット

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
69 / 70
アマレット

7

しおりを挟む
 例えばこのケータイをあてる耳元は。

 「うん?」という疑問そうな声。彼が優しく触れ髪をかけてくれたところで。

「先生に、…『世界はいつも誰かと絡み合っている』と、言われました」

 彼は慎重そうに「そうか、」と言った。

「私は、ずっと、私がいなくなってもと、考えてきたけれど、」
「うん」
「きっと誰も気にしないだろうって」
「うん」
「でも、…先生の言葉も明るい意味ではないと思って。
 私は、いやみんな、何かを巻き込んでいるのかなって、思いました」
「…そうだな」
「だけど暗い気持ちじゃないんです、それは本当に」

 電車が通った。
 飯島くんがいたことを思い出す。チラッと見れば、なんだか。

「勝手だったのかもしれないって」
「……いまどこにいる?」
「駅です。飯島くんの最寄り駅」
「駅?」
「はい」
「そうか。瑠璃?」
「はい」
「……少し話せる?」
「はい。
 大丈夫ですよ、バカなことは」
「思ったより声は明るいから、多分そうだと思う。
 けど、何を考えているかは聞きたい」

 そういう、小さな感情で。

「…どうなんでしょうね、」

 理由なんてわからないけど。

「貴方に何かは、言いたくなったんです、ただ、」

 どうだったんだ。
 私はずっと何かを探していたのだけど。
 彼が電話越しで待っているのがわかる。

「…何かを探していたんです。
 …愛されたかったのかなぁ、いや、そうではなかった、」

 そんなものを望んでいたのなら。

「知りたくなかったのかもしれないです。
 千秋さん、迎えは兄に頼みました」
「……うん…?」
「なんだか、で、」

 急に声が震えそうになった。
 千秋さんが淡として「飯島くんは今いるの?」と言うのも遠くなるように、耳を離す。

 どうして胸が潰されそうなんだろう。
 嗚咽を潰してから「飯島くんはいません」と言った声も少し潰れてしまった。

「藤川、」

 飯島くんが声を掛けてくる。
 飯島くんは電話越しじゃなく今の私を見ているのだから、確かに変なんだろう。彼まで何故か泣きそうに見えて。

「…瑠璃?お前今、」
「ありがとうございました、すみませんでした。大丈夫です、」

 何故こんなことをしてしまったんだろう。
 自分は充分情緒不安定だったんだと自覚をした瞬間だった。

 電話を切った瞬間、何が怖かったんだろうとただ、ただ我慢が出来なくなって溢れていった。

 まるで張っていた糸が切れたかのようで。ただ、たゆんだ丸は途切れてしまったらしい。

 座るか、壁を殴るかするくらいに泣きたいけれどやり場はない。自分の姿は妄想出来るのに。
 いくら飯島くんが心配そうに敗北していたからって、そうで。でも。

「…私は、お兄ちゃんと、セックスすらしてたのよ、」

 深く自分を傷つけにいくばかりになった。私は私自身をも捌け口にし、人をも傷付けている。
 だって、こんな話は誰も面白くはないのはわかるから。

「…それ、は…」
「変でしょ、私もそう思う、」
「お前さ、」
「だって仕方ないじゃない、」

 他になんて考えすらしなくて。

「でも別にそれが悲しいわけじゃないの…っ!」

 じゃぁ何が悲しいんだろう。
 悲しい?
 うん、悲しいから泣くのだろう。多分、人は。ただ思い出した。良いとは思ってなかったって。

 説明のつかない感情が押し寄せる、それを自分で塞き止めようとする。多分、キャパというやつには底があったんだと、こんな時まで私は私を俯瞰しているのだ。

 食い縛ることも敵わずポロポロと涙が出ているうちに、見慣れた車がやってきた。

 荒々しく後部座席のドアが叩かれ開いて閉まり、「瑠璃、」と叱咤する兄は怒っていた。

「藤川、」

 飯島くんが不安そうで、それでも呼んでくれて、きっと兄の見た目なんて怖いだろうに。
 彼を見た兄は「なんだ、男かお前」と私だか彼だかを攻めるけど。

「違う、具合悪くて、学校から早退したの」
「休んだんじゃないのか、そう聞いたけど」
「後から行った」
「どこ行ってたんだお前」
「満喫」

 ふん、と鼻息荒く私の手は兄に手を引かれ後部座席へ投げられた。
 去る車をはっとして眺める飯島くんとは目を合わせることしか出来なかった。

「あれは学生だよな、」
「…とも、だち」
「まぁまぁ怒らせたか、悪かったよ」

 兄は謝ったが私に馬乗りになり、首を絞める。

 ……もう殺して欲しい。

「あいつの家でもなんでもいいけど、お前何考えてんだこの婬売が、」

 起き上がらせられ、下着の上から性器がなぞられる。
 「いくらか知らねぇけど、」と、怒ったままに剥がされた。

「来月だよなぁ、んなにこれがいいなら店出るか?お前の母親みてーによ、」
「…ん…っ?」
「母親だよ母親。とっくに使えてねぇしお前なら良い稼ぎになるだろうな、」

 どうせ使ってんだろ? と兄はそこに触れ無理矢理入れようとする。

 息が止まりそうでただ、「ぃた…、」と反射的に言葉が出る。
 そうか、出たのかと気付き「やめてっ…!」と、初めて私は兄に楯突いた。

「あぁ?何がやめてだコラ、まだ足りなかったか、あぁ?俺がどんだけここ数日探したと思ってんだよ、」

 逃げたい、けれどぐさっとまるで刺し殺され、舌を噛む。
 声が出ない。

 「あぁ確かにな、仕方ないな」と言いながら兄は私の痛い部分を執拗に押し撫でる、その指に柔らかさなんてなくて。

 痛い、痛い、と出ていくうちに「っははは!」と、笑いながら兄はその指を眺めた。

「使いすぎかよ、血か、これ?生理でもないもんな、二度と出ないくらいにしてやるよこのクソッタレ、」

 じわじわ痛くて涙すら止まってしまった。

 運転手の若い人が「翼さん、」と声を掛けてくる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

処理中です...