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アマレット
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それは夢の中の話かもしれない。
触れられた場所は全てが刺激的で、触れた場所の全てが温かかった。
……世の中は美しいからっぽである。
ぼんやり、しかし高鳴るその先でシャツを羽織った千秋さんは「明日取り敢えず学校前まで送ってくわ」とあっさり言った。
学校前?
…考えすら過らなかったな。そう、ぼんやりと閉じた後、ベッドが側で軋んで目を覚ます。
…こんな夢を見た、という気分で。
最近見慣れていた場所で、先にあるソファには千秋さんがいない。
背中でその気配を感じたので違和感はなかった。
振り向くと、「ちょっと風呂入ってくるから」と言った千秋さん。そう、彼は半々だが朝風呂派なのだ。
「悪いな起こして」
「…いえ、」
寝ているベッドから私を越えて降りていく姿、ここは千秋さんの家で。彼の背を眺め、あれ、と頭が動いていく。
…このベッドは千秋さんに奥さんがいた頃からのベッドで、彼は、それなのか、私に気を遣ったのか、ここでは寝なかった。
と、いうか。昨日の帰りを思い出す。
あぁ、ここには確かに帰ってきたけれど。私もここ最近の寝巻きは着ていた。
「…学校…」
天井は白く、足元にベビーベッド。
学校は何日ぶりだっけと日常を思い出した。
彼が寝ていた場所へ寝返りすぐ側のまだ覚めない温もりに手を伸ばす。
不思議だ。
昨日の帰りのラブホテルのことは頭の中も一杯なほど、なのだ。
他の何とも変え難い時間、彼の目はキラキラしていると感じた。時折難しそうで、近くて遠く感じるような。
私、学校に行ったらどうするんだろう。そういえば千秋さん、「明日は送り迎えをしますよ」だなんて、多分電話だ、していたような気がするけど、夢かもしれない。
頭は冴え始めていた。ただ、私のなかに流れている時間、世界は二つあって、どちらもぼんやりしている。
──どっちを見ても、共同生活と、寄り合いと、運命の放棄と、 ──
名前は確か…作者の本名だと調べて出てきたあの少年。彼の中の存在は彼にいつでも問いかけるし、時に侮辱ばかりもするし。
とても難しい本だと感じていたけれど、また読んでみたら違うのかもしれないと、考えてみるけれど。
本当のところ今日学校に向かったところで担任の先生に何かを聞かれ、保健室に連行されるだろう、彼女の「まるで興味もない」という横っ面を眺めて、私はそう思うんだろう、そしたら私はいつ、いつ「いいです辞めますよ」と言おうかと、まるで爆弾を投入してやる気になるのに、多分しないでそのままだ。
本当はただ不快でどこか震えて泣きそうだと、上から構えるような気持ちでいるだけで、実は「早く終わらないかな」とそう、思ったりして───
「これからは二人っきりだ、二人だけの世界だよ」
兄が耳元の髪に触れ、切なそうに笑う汗ばんだ顔を思い出した。
…何もない、酔ってるだけかもしれないなと過りながら、私はそこを撫で目を閉じる。
千秋さんも昨日自然と触れていたけれど、お腹が熱くなった。
…初めてだった、あんな気持ちは。
また少し寝ようと考えたけれど、浴室が開き朝の準備をする音がして、観念しようとベッドから起き出した。
あまり思い付かない、パンでいいだろうかと台所で準備を始めようとしたとき、彼はリビングに戻ってきて「寝てなかったのか」と、至極普通に言った。
「学校、ちょっと早く着く感じだわ。悪いな俺の方が出勤早くて…」
「いえ」
そう言えばそうかも。
自然とソファーに座った千秋さんはぼんやりとニュースを点け、「担任の宮沢先生に伝えてあるから」と言った。
「事情は話してあるから」
「そうなんですね」
「心配してたぞ宮沢先生。白状しとくけど一回話したことあってさ」
「…え?」
「お前の兄貴から依頼を仰せつかった関係で」
…え?
「依頼?」
「…言っとかねーと気持ち悪くてな、どうも」
気まずそうにタバコに火を灯す。
「兄が?」
「そう。学校に、お前の安否確認の電話を入れろとな」
「…え?」
完全に自分の作業の手が止まったことに気付き、もうどうしようかなとパンはトースターに入れることにした。
千秋さんの隣に座ると、彼は然り気無くタバコを私から離し、「金曜だったけど」と、ぼそりと話し始めた。
「お前が直接休みの電話を入れた、ことは先生も知ってるわけだからそのまま……あれ、俺あいつに伝えたっけな…。聞かれなかったような気がしてきたかも」
「…えっと、」
「別件で依頼が一件入ったついでに。鞄とか家に置きっぱなしだろ?丁度探偵案件があったそうでウチに来たんだわ」
…少し、背筋が凍りそう。
触れられた場所は全てが刺激的で、触れた場所の全てが温かかった。
……世の中は美しいからっぽである。
ぼんやり、しかし高鳴るその先でシャツを羽織った千秋さんは「明日取り敢えず学校前まで送ってくわ」とあっさり言った。
学校前?
…考えすら過らなかったな。そう、ぼんやりと閉じた後、ベッドが側で軋んで目を覚ます。
…こんな夢を見た、という気分で。
最近見慣れていた場所で、先にあるソファには千秋さんがいない。
背中でその気配を感じたので違和感はなかった。
振り向くと、「ちょっと風呂入ってくるから」と言った千秋さん。そう、彼は半々だが朝風呂派なのだ。
「悪いな起こして」
「…いえ、」
寝ているベッドから私を越えて降りていく姿、ここは千秋さんの家で。彼の背を眺め、あれ、と頭が動いていく。
…このベッドは千秋さんに奥さんがいた頃からのベッドで、彼は、それなのか、私に気を遣ったのか、ここでは寝なかった。
と、いうか。昨日の帰りを思い出す。
あぁ、ここには確かに帰ってきたけれど。私もここ最近の寝巻きは着ていた。
「…学校…」
天井は白く、足元にベビーベッド。
学校は何日ぶりだっけと日常を思い出した。
彼が寝ていた場所へ寝返りすぐ側のまだ覚めない温もりに手を伸ばす。
不思議だ。
昨日の帰りのラブホテルのことは頭の中も一杯なほど、なのだ。
他の何とも変え難い時間、彼の目はキラキラしていると感じた。時折難しそうで、近くて遠く感じるような。
私、学校に行ったらどうするんだろう。そういえば千秋さん、「明日は送り迎えをしますよ」だなんて、多分電話だ、していたような気がするけど、夢かもしれない。
頭は冴え始めていた。ただ、私のなかに流れている時間、世界は二つあって、どちらもぼんやりしている。
──どっちを見ても、共同生活と、寄り合いと、運命の放棄と、 ──
名前は確か…作者の本名だと調べて出てきたあの少年。彼の中の存在は彼にいつでも問いかけるし、時に侮辱ばかりもするし。
とても難しい本だと感じていたけれど、また読んでみたら違うのかもしれないと、考えてみるけれど。
本当のところ今日学校に向かったところで担任の先生に何かを聞かれ、保健室に連行されるだろう、彼女の「まるで興味もない」という横っ面を眺めて、私はそう思うんだろう、そしたら私はいつ、いつ「いいです辞めますよ」と言おうかと、まるで爆弾を投入してやる気になるのに、多分しないでそのままだ。
本当はただ不快でどこか震えて泣きそうだと、上から構えるような気持ちでいるだけで、実は「早く終わらないかな」とそう、思ったりして───
「これからは二人っきりだ、二人だけの世界だよ」
兄が耳元の髪に触れ、切なそうに笑う汗ばんだ顔を思い出した。
…何もない、酔ってるだけかもしれないなと過りながら、私はそこを撫で目を閉じる。
千秋さんも昨日自然と触れていたけれど、お腹が熱くなった。
…初めてだった、あんな気持ちは。
また少し寝ようと考えたけれど、浴室が開き朝の準備をする音がして、観念しようとベッドから起き出した。
あまり思い付かない、パンでいいだろうかと台所で準備を始めようとしたとき、彼はリビングに戻ってきて「寝てなかったのか」と、至極普通に言った。
「学校、ちょっと早く着く感じだわ。悪いな俺の方が出勤早くて…」
「いえ」
そう言えばそうかも。
自然とソファーに座った千秋さんはぼんやりとニュースを点け、「担任の宮沢先生に伝えてあるから」と言った。
「事情は話してあるから」
「そうなんですね」
「心配してたぞ宮沢先生。白状しとくけど一回話したことあってさ」
「…え?」
「お前の兄貴から依頼を仰せつかった関係で」
…え?
「依頼?」
「…言っとかねーと気持ち悪くてな、どうも」
気まずそうにタバコに火を灯す。
「兄が?」
「そう。学校に、お前の安否確認の電話を入れろとな」
「…え?」
完全に自分の作業の手が止まったことに気付き、もうどうしようかなとパンはトースターに入れることにした。
千秋さんの隣に座ると、彼は然り気無くタバコを私から離し、「金曜だったけど」と、ぼそりと話し始めた。
「お前が直接休みの電話を入れた、ことは先生も知ってるわけだからそのまま……あれ、俺あいつに伝えたっけな…。聞かれなかったような気がしてきたかも」
「…えっと、」
「別件で依頼が一件入ったついでに。鞄とか家に置きっぱなしだろ?丁度探偵案件があったそうでウチに来たんだわ」
…少し、背筋が凍りそう。
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