アマレット

二色燕𠀋

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哀願に揺らぐ斜陽

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 きっと、夢を見たのだ。

 寝起きで血の気もなく眉を潜めそうな顔の千秋さんに私は、寝惚けるようにキスをしてしまった。

 ただ魔が差した、というよりはもう少し本能に近い、どうしてか、それは身体が動いたからに他ならないが、彼が急激に目を醒ました、それは瞳孔の開きでわかったけれど、それで一瞬固まってしまったのだと見てわかる。

 だからあっさり離れようとしたが、不意に千秋さんの目はもう少し、伏せ目のようになり、私の後頭部を緩く掴み、下唇をやんわりと食んだのだった。
 それはほんの少しだけで、彼は手を髪から離し顔も反らしてしまった。

 そして何事もないようにソファから起き、側のキッチンでコーヒーを用意し始める。
 まるで、いつもの朝のように。

「…あー…、すんげぇボーッとする……」

 千秋さんは蟀谷あたりをグリグリと親指で押しながら、カップ2つにインスタントの粉を入れ、ケトルのスイッチを入れた。

 ……嫌ではないと言うか……。
 それほどのことでも、ないのかも。
 途端に自分の脈が早いと気がついた。

 若干前のめりでキッチンに手を着くのが苦しそう。

「…大丈夫ですか」
「あぁ貧血みたいなやつ…。多分いますっげぇ血圧低いと思う…」

 自然と、私の肩に掛かっていた千秋さんのジャケットに気が行き、ソファに座りながら畳んで置く。

 あまりに何事もない千秋さんの態度に、最早、眩暈なんかで案外、私のそれは認識されていないのかもしれないと思えてきた。

 しかし彼はカチ、と鳴ったケトルからお湯を注ぎながら「下唇柔らかいなお前」と、平坦に言うのにぐっと羞恥心がこみあげた。

「えっ、」
「は?何その反応」

 いや……。

「いや…」

 対処法に困ってしまった。

 千秋さんはごく普通にコーヒーと、コンディメントを置いて隣に座る。
 私は砂糖を一本とミルクを入れて混ぜながら、頭を冷やした方がいい、と、すぐに飲んでしまったが「熱っ」とやっぱり一回コーヒーをテーブルに置いた。

「単純だなぁ」

 「…んぅ」と声が出ないし言葉もない。
 しかし千秋さんは「ははっ、おもしろっ、」と言い私の頭に手を伸ばし撫でる。
 …子供のようなもの、よりは少しゆっくりと髪を撫でるような。
 わからなくなった。

「ところで、」
「はぃ、」
「土曜日だし買い物にでも行くか?多分俺言い忘れたけど瑠璃に3万貰ってんだよね、山崎さんから」
「……んん?」
「うん、3万。渡しといてとさ。収入だ収入」
「しゅー…にゅう…」
「お前いま制服とパンツ2枚しかないし。明後日までは確実にあるからな、なんか買えば?」
「…確かに」
「どのみちこれもクリーニング出さんとならんし。制服は?」
「はい、そうですね。いずれにせよ…ですよね」
「うん。
 んじゃ、俺タバコ吸ってシャワー浴びるわ…の前に、そうか、瑠璃は昨日風呂入った?」
「…寝ちゃいましたね」
「先いーよ、どーせ出すスーツとかまとめるから」
「…わかりました」

 依然、変な感覚だった。

 千秋さんはコーヒーを半分だけを飲み、ベランダへ出て行く。

 私はいま大変烏滸がましい、後悔やら羞恥やら、なのにでも…とそんな気持ちになっている。それどころか軽くショックなような気さえして、いたたまれなくさっさとお風呂場を借りることにした。

 こんな気持ちはあまり経験がなかった。

 しかし…とシャワーを浴びながら考える。キスなら沢山してきた、それ以上もしてきた。こういうことだ、私がしてきたことは。

 ……だからといってどうもなく、だからビッチと言われるんだ。私が好きだったものは一体、なんなんだろう。セックス?確かに好き。でも同じくらいに嫌い。調子に乗っているのか、いや、これといって自慢や肯定が何もない。

 全てが、空っぽなんだ。

 はっと、目が覚めた気がした。空っぽなんだ。それって一体なんなんだろう。私って一体、なんなんだろう。

 ただ味がしない。面白くもなくてつまらない人間、だから、みんなそうなんだ。

 どこかが痺れて堪らなくなった。どうしてこれ程気持ち悪いと感じるのだろう。

 気持ち悪い。

 ただ立ち止まるだけになったと気付き、シャワーのお湯を止めた。

 自分を否定する自分勝手な逃げ方も、気持ち悪い。何が欠けているんだろう、何で欲求不満なんだろう。どうして、何故、が、どんどん広がって行くのに考えても一向に満たされない。
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