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空想が現実に歪むとき
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はい、高嶺高等学校でございます。
2年3組藤川瑠璃さんの兄、藤川翼の代理の者ですが。担任の先生はいらっしゃいますでしょうか。
一体何をしているんだ俺は。瑠璃は今日、家にいると言うのに。
お電話変わりました、2年3組の担任の宮沢と申します。ご親戚の方でしょうか?瑠璃さんはお家にお帰りになりましたか?
……いえ。私は兄の翼の代理の者でございます。確認の電話をと言うことでお電話致しました。
…そうでしたか。あれから瑠璃さんとはお話には…なってないのですね。お休みの電話を本人から頂きましたよ。
…わかりました。その旨、翼が戻りましたら伝えておきます。また何かありましたら宜しくお願い致します。
何かを言われる前に切った。
可哀想にな宮沢先生。今頃仕事の悩みが増えたに違いないが、悩むことも仕事でしかないのだろう。果たして、この担任はその兄貴がこんなだと、知っているもんなんだろうか。
自動録音は保存した。
上里はハンドルに寄り掛かりながら「ホントにどうすんの」と暇潰しを呟く。
「さぁ。大人は宛にならないからな」
「その子はなんて言ってんの」
「よくわかんねぇよ。だから、好きだからするんだと」
「代理ミュンヒハウゼンとか…子供に寄るとしたらストックホルム・シンドロームってやつなんかね。歪んでいるならそんなもん、誘拐犯なのか恋人なのか家族なのか、確かにわかんないもんだね」
「…愛ってなんだろなっつーやつ?」
「それが愛なのか…俺にはどちらでも“所有”だと思うわ、関係ないから言えるけど」
「確かにな、同感だ。お前も詠めてきた?」
「うんなんか、そんなとこだわ。俺も定時で帰る。ハッピーアワー間に合うくらいで」
…それも同感だ。やり場がない。
結局また沈黙は続き、しまいには「西浦ちゃん、嫁さん貰えば?」と、やはり無責任極まりない。
「勿論その子じゃないよ?まぁ別にいいけどさ」
「…お前は喋らないといらんないのか」
「三時間はねぇ」
「お前が言い出したんだぞ」
「だって、」
「まぁわかるけど。寝れば?もしくは、あぁ、青空文庫でも読んでろよ」
「何青空文庫って」
「著作権切れた文豪たちの本がインターネットにあがってんだよ」
「それくらいわかるっつーの。字ぃ読めねぇしムリ。だったらパズルやるわ。詩人は読んでればいーじゃん」
うざっ。頭悪っ。
「詩人じゃねぇしこの画面で読むとか多分頭痛くなるんで読みませんよ。寝るわ」
「給料泥棒」
「お前もなっ。はいはいじゃーねしーゆーぐんない」
頭悪っ、という上里の小言を無視してシートを倒して目を閉じる。
当たり前に昔の夢を見る、彼女は怒ったり泣いたり、当たり前に忙しそうで、どこかで俺は思ってるんだ、母親を見ているようだと。
けれどキスもしたしセックスもした。それは当たり前にそれとは違う感情で好きだったからだ。どんなときにも、それに一人で納得して笑っていられる彼女に、豊かになると思っていた。
自然なことだった。押し潰され磨り減り、最後母を見放したことも彼女に見放されたこともごく、自然なことで。
何度俺は母に「大丈夫だ」と声を掛け、何度彼女に「別れよう」と言ったかわからない。どちらも同義語だと、本を読んでも辞書を引いても恐らく出てこないものだ。
俺から離れた依存症の母に対しても彼女に対しても、だから等しく「当然だったんだ」としか思えなくなっていた。わかっていたなら足掻きで繋がっていようとしない方がよかったのに。
全てに無責任だった自分が悪い。
数回だけ抱いた子供に罪悪感が沸いた、わかっていた、この子はきっと俺の子ではないと。だけどなんの罪もないだなんて、俺こそのしつけていたんだ。戻れないように、戻らないように。そんな欲もどうでもよくなるなんて、あの頃の俺には想像もつかないだろう。
同じ事を…、
「西浦ちゃん西浦ちゃんっ!」
声を潜めきれていない上里の声で起こされた。
上里は俺を見もしないまま「来た来た来た、」と興奮している。
目標の24に、白いセダンが停車した。
現実に、急いで戻りカメラを探しながら寒いなと気付いた。なんせ汗ばんでいる。
双眼鏡で早くも覗き始めた上里は「早く!早く!」と急かしてくる。
「あぁ女に気付かれたな、西浦ちゃん、見せつけるようだよあの女」
カメラを探しあて的を絞れば俺からはそうは見えないけれど、確かに、そんな場所でそんなにわかりやすいリップサービスがあるもんかと、俺は女が男に抱きついた時点でシャッターを何枚か切った。
そのまま自然を不自然に装った彼女は抱きついたまま男の上に移動する。
気付かずに服をバサッと脱いだ女に「はは~、いーカラダっ!」と上里はどこまでも煩かった。
「大胆だねぇ、金で雇われてると違うわ、やっぱ」
俺はひたすらに男がブラジャーを下にずらし鼻の下が伸びきった顔で貪りついてるのまで激写している。顔もわかりやすい。可哀想にな、数日後にはあのクソガキに吊し上げられるのだろう。
……あれ。
「おい上里」
「…ん?どー?お熱い?」
「お前おっさんちゃんと見てるか」
「何?」
「……あれ、どっか、吉野の件で見なかったか」
「…えっ、」
2年3組藤川瑠璃さんの兄、藤川翼の代理の者ですが。担任の先生はいらっしゃいますでしょうか。
一体何をしているんだ俺は。瑠璃は今日、家にいると言うのに。
お電話変わりました、2年3組の担任の宮沢と申します。ご親戚の方でしょうか?瑠璃さんはお家にお帰りになりましたか?
……いえ。私は兄の翼の代理の者でございます。確認の電話をと言うことでお電話致しました。
…そうでしたか。あれから瑠璃さんとはお話には…なってないのですね。お休みの電話を本人から頂きましたよ。
…わかりました。その旨、翼が戻りましたら伝えておきます。また何かありましたら宜しくお願い致します。
何かを言われる前に切った。
可哀想にな宮沢先生。今頃仕事の悩みが増えたに違いないが、悩むことも仕事でしかないのだろう。果たして、この担任はその兄貴がこんなだと、知っているもんなんだろうか。
自動録音は保存した。
上里はハンドルに寄り掛かりながら「ホントにどうすんの」と暇潰しを呟く。
「さぁ。大人は宛にならないからな」
「その子はなんて言ってんの」
「よくわかんねぇよ。だから、好きだからするんだと」
「代理ミュンヒハウゼンとか…子供に寄るとしたらストックホルム・シンドロームってやつなんかね。歪んでいるならそんなもん、誘拐犯なのか恋人なのか家族なのか、確かにわかんないもんだね」
「…愛ってなんだろなっつーやつ?」
「それが愛なのか…俺にはどちらでも“所有”だと思うわ、関係ないから言えるけど」
「確かにな、同感だ。お前も詠めてきた?」
「うんなんか、そんなとこだわ。俺も定時で帰る。ハッピーアワー間に合うくらいで」
…それも同感だ。やり場がない。
結局また沈黙は続き、しまいには「西浦ちゃん、嫁さん貰えば?」と、やはり無責任極まりない。
「勿論その子じゃないよ?まぁ別にいいけどさ」
「…お前は喋らないといらんないのか」
「三時間はねぇ」
「お前が言い出したんだぞ」
「だって、」
「まぁわかるけど。寝れば?もしくは、あぁ、青空文庫でも読んでろよ」
「何青空文庫って」
「著作権切れた文豪たちの本がインターネットにあがってんだよ」
「それくらいわかるっつーの。字ぃ読めねぇしムリ。だったらパズルやるわ。詩人は読んでればいーじゃん」
うざっ。頭悪っ。
「詩人じゃねぇしこの画面で読むとか多分頭痛くなるんで読みませんよ。寝るわ」
「給料泥棒」
「お前もなっ。はいはいじゃーねしーゆーぐんない」
頭悪っ、という上里の小言を無視してシートを倒して目を閉じる。
当たり前に昔の夢を見る、彼女は怒ったり泣いたり、当たり前に忙しそうで、どこかで俺は思ってるんだ、母親を見ているようだと。
けれどキスもしたしセックスもした。それは当たり前にそれとは違う感情で好きだったからだ。どんなときにも、それに一人で納得して笑っていられる彼女に、豊かになると思っていた。
自然なことだった。押し潰され磨り減り、最後母を見放したことも彼女に見放されたこともごく、自然なことで。
何度俺は母に「大丈夫だ」と声を掛け、何度彼女に「別れよう」と言ったかわからない。どちらも同義語だと、本を読んでも辞書を引いても恐らく出てこないものだ。
俺から離れた依存症の母に対しても彼女に対しても、だから等しく「当然だったんだ」としか思えなくなっていた。わかっていたなら足掻きで繋がっていようとしない方がよかったのに。
全てに無責任だった自分が悪い。
数回だけ抱いた子供に罪悪感が沸いた、わかっていた、この子はきっと俺の子ではないと。だけどなんの罪もないだなんて、俺こそのしつけていたんだ。戻れないように、戻らないように。そんな欲もどうでもよくなるなんて、あの頃の俺には想像もつかないだろう。
同じ事を…、
「西浦ちゃん西浦ちゃんっ!」
声を潜めきれていない上里の声で起こされた。
上里は俺を見もしないまま「来た来た来た、」と興奮している。
目標の24に、白いセダンが停車した。
現実に、急いで戻りカメラを探しながら寒いなと気付いた。なんせ汗ばんでいる。
双眼鏡で早くも覗き始めた上里は「早く!早く!」と急かしてくる。
「あぁ女に気付かれたな、西浦ちゃん、見せつけるようだよあの女」
カメラを探しあて的を絞れば俺からはそうは見えないけれど、確かに、そんな場所でそんなにわかりやすいリップサービスがあるもんかと、俺は女が男に抱きついた時点でシャッターを何枚か切った。
そのまま自然を不自然に装った彼女は抱きついたまま男の上に移動する。
気付かずに服をバサッと脱いだ女に「はは~、いーカラダっ!」と上里はどこまでも煩かった。
「大胆だねぇ、金で雇われてると違うわ、やっぱ」
俺はひたすらに男がブラジャーを下にずらし鼻の下が伸びきった顔で貪りついてるのまで激写している。顔もわかりやすい。可哀想にな、数日後にはあのクソガキに吊し上げられるのだろう。
……あれ。
「おい上里」
「…ん?どー?お熱い?」
「お前おっさんちゃんと見てるか」
「何?」
「……あれ、どっか、吉野の件で見なかったか」
「…えっ、」
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