アマレット

二色燕𠀋

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憎しみと嬉しさとネガティブと

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 それほど気取ってもいない駅前のチェーンのしゃぶしゃぶ屋さんまで歩く。

 「あ、人ん家の鍋とか食えるタイプ?」と聞かれて何を言っているんだろうと考える。

 昔、一度だけズラッと大人数で父や兄も含めて集まりに赴いたことがあったことを思い出し、「多分大丈夫ですよ」と答えて決定した。
 そもそも肉!と意気込んだのにお店の名前は肉っぽくなかった。

「お客様ハッピーアワーがもう間もなく終わってしまうのですが如何致しますか」
「はい。大丈夫です、ビールを1杯で」
「お連れ様は…」
「烏龍茶で大丈夫です」

 そういうのを店員は気さくに進めてくれるんだ、ということを知る。

 2時間半食べ放題、一人3,000円くらいのコースで、私はお酒を飲まないのだが、おつまみは来るらしい。

「…トマトとかあるのな、」
「ですねぇ…」

 もしかすると千秋さんもあまり来ないのかもしれない、二人でお店のシステムに若干戸惑うけれど。
 要するにメニューにあるものなら、言えばなんでも持ってきてくれるらしい。
 そして名の通り、野菜の種類が結構あった。

 結局ズラッとやって来たお肉や野菜は「取り敢えず入れるか」と、

「いやレタスって想像出来なくね?入れよ」
「玉ねぎって!しゃぶしゃぶするもんなのか?入れよ」
「ニンジン細っ、入れよ」
「キノコ種類すげぇ、えのきでいいや」

 結果野菜ばかりにもなった。

 途中で本人も気付いたらしく「てゆうか野菜ばっか食ってる!」と、…千秋さんはなんだか楽しそう。
 私も私で、

「斬新な感じでチーズとかどうですか?」
「あ、なにこれ得体が知れない塊!入れても良いですか?」
「ジャガイモ?え、なんだろ入れてみますか?」

 …とても楽しかった。

「…攻めるなぁ若者…ナニコレ、ホントに得体が知れねぇよ…」

 千秋さんは四角いキューブを奇妙な顔で眺めている。

「えっと、さつまいもだそうです、『お肉で巻いて食べる食物繊維』って」

 メニューを指せば「ホントだぁ…」と、若干躊躇っていたり。

「てゆうかシメとかデザートとか言ってるけど無理じゃね…?」

 確かに。
 1時間ほどでわりとお腹は一杯になっていた。

「…チーズリゾット」
「…あー、地味にそれが一番いいかもな…うどんとかきしめんは無理な気がするし」
「まぁ、まぁ、」
「ははっ、肉もぶっちゃけやっつけで最早後半何食ったかわかんなかったな」

 楽しそうに笑った千秋さんは、なくなったビールの変わりに烏龍茶を飲みながら、「月曜日ジソウ行くか、」と軽い調子で突然言ったのだった。
 至極、何事もないように。

「…ジソウ?」
「児童相談所ってやつ」

 笑っている千秋さんに感じるものが勝手にあって、だからこそ私は現実を見たのかもしれないが、

「ははは、そうですね、行きましょうか」

 少なからず彼は優しい顔をした。

「だな。正直このままストックホルム・シンドローム状態も嫌だろうし」
「…ん?」
「けど別に俺は殺しもしなければ売りもしない」
「…なるほど」

 …そんなことを考えていたんだ。

「売りも殺しも特に怖くはないので、そんな感情にはなってませんよ?」

 なのに言うことはこんなことしかなく。
 千秋さんを真顔に戻してしまった自分に後悔しても一瞬遅い。

「…いや、その…」
「ついでに言うとじゃぁ、脅しもしな」
「わかってますよ。これは誘拐だったんですか?」
「…普通に見たらな」
「普通じゃなかったんでしょ」
「なんだ、わかってんじゃん」

 彼はしか、今度はなんだかとてつもなく悪い顔でにやっとする。

 なにそれ…?

 だけどすぐに、どうにも純粋そうな、真っ直ぐで爽やかな笑顔に戻り「そう、普通じゃないから」と言う。

「俺も正直お前の」
「瑠璃です」
「…瑠璃の兄貴とも児相とも変わらない」
「…はい?」
「連れ出したことは悪いと思ってないが、まぁ大人の事情だ」
「ですが兄は所謂…」

 そのパーソナルスペース崩壊にハッと気付いた。
 …これって他所で話す内容ではないしあっさりしてしまった。

「いや、えっと…」
「うーんまぁ、予想はつくよ、反社だなんだと様々なパターンが。それを込みであんま変わんないから俺は正攻法で行かんとなぁ、やっぱ」
「……え?」
「いや、本当を言えば君は17、それが安全かと言えば、絶望するかもしれない」

 あくまで笑ったまま調子もよく「だから俺は薄情なんだ」と、なのに声が穏やかで。

「…よく…、」

 わからないんですが、という前に「まわりにいる大人は全員同じだ」と、まるで釘を刺すように千秋さんは続ける。

「先に提示しといた方がいいだろ。エゴでやってもしゃーない。多分、他人は案外他人を守る気がない…けど、良い方法に転ぶこともなきにしもあらず。誰だって勝手ってことだよ」

 …こうもあっさり手の内を見せられればなるほどと、また納得した。
 浮気の依頼人は多分、だから千秋さんに頼んだんだろう。

「…千秋さん、本当にお仕事上手くいったんですね」
「は?」
「なんだか、です。大体その為に来ましたよね今ここに」
「まぁ、」
「正攻法ですか…考えてもいなかった」

 そうだ。
 学校から今日は電話来たんだったと、「あのね、」と話す気になった。
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