アマレット

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
29 / 70
亡霊はその場所で息を潜めて待っている

3

しおりを挟む
 しかし彼女は、こちらの予想よりタフである。

 自分でちゃんとシートベルトを外すのだから、いやでもノーパンじゃん、と「いや…飯でもなんでも買ってくるから寝てろよ」と言ってみるのだが、

「…ぃえ、千秋さんパンツが」
「わかってるけど…」
「なので行きます、ご飯はテキト…
 あぁ、鞄忘れてきちゃった、お財布がない」
「はぁ?え?」
「どうしよう…」
「ふはっ…っはははは!」

 ついにどうしても笑ってしまった。

「…いや、ほん、ほんとごめん、ちょっ、申し訳ない、けど…わ、え?なんか君ちょっと予想外で、」
「…笑った」

 ぽけっとする。
 うん確かにホントに不謹慎だと頑張って腹を押さえ、いやむしろ腹筋をつねって押さえようとしたら、収まってきた。

「いやいやごめん、申し訳ない」
「…いえ…、良いんです。凄く笑った…あの、ビックリしただけで…」

 何故か彼女は、こんな不謹慎野郎に対し、思いの外肩の力を抜いたように見えた。

「うんまぁ良い子に寝ててくれ。もう少しあるから」

 それだけ言い残し、車のドアを閉めたは良いけれど、コンビニに入る前に何故か深呼吸するに至った。だが所詮…どうせ何も変わらずコンビニなんだ。

 軽い生活用品はあったはずだしと、パンツはテキトーに手前のをさっと取ったし、あぁあと歯ブラシ?タオル?と追求していけばいまいち何を手にしたかわからなくなった。

 弁当もテキトーに篭へ入れたが、腹減ってねぇよなといまいち思い付きもしないからパンやらも入れ、最早全体的に何を買ったんだろうと思いながらレジへ並び、鉄のようなメンタルを携え「52番を3箱で」と平然と言うのも却って変態じゃないかとすら思えてきた。

 …結構買ったわりにはわずか5分くらいで用事を済ませたんではないか。

 勿論藤川瑠璃がそんな短時間で寝ているわけもなく。
 まずは取り敢えず目について篭に入れたレモンティーとパンツを渡してやった。

「ありがとうございます」

 かなり気まずい。
 俺は鉄のようなメンタルなんだと、「あー見ないから」だなんて紳士的な態度(で、あろう)を保つ。こんな状況、今日のシュールレアリズム賞獲得だと自画自賛。
 出来るだけ藤川瑠璃へ背を向けるようにタバコを吸った。

 しかし気遣いとは、案外無駄になってしまうことが少なくない。
 藤川瑠璃は雰囲気的に、何事もなさそうな調子だったりするけど、でも、何事もあったと知る側としては、それは酷く複雑だ。

 レモンティーをごく、ごくと飲む藤川瑠璃が漸く一息も吐いたようだったので、自宅まで向かうことにした。

 …そっか、変な気分。女子高生を持ち帰っている。このパターンでも持ち帰るという言葉は適切に作用するよな。女子高生を持ち帰っている。

 …今日は。
 …暫く使ってもいなかったからな…ベッドは埃臭そうだしいや、だからといってソファーは粗末だしな。

 …あのベッド、本当に何年なのかな。
 まだ夜も更けていないし、掃除機って掛けて問題ないかな。吸引力の変わらないただ一つの掃除機、めっちゃ埃取れるんだよなぁホントに。

『わぁありがとう、ホントに凄い!』

 と、かつて喜んだ女まで、思い出される。

「千秋さん」
「ん、あぁなんだ?」
「…ホントに、」
「いや、まぁいい」
「はい…」
「まぁ飯食って風呂入って寝て…。
 あぁ咄嗟にだったが結局学校どこだ?送ってくわ明日。いや、休むか最早」
「…あ、はい休みます」

 しかし。

「ん、まぁいいや。いまは。お疲れ様。帰ったら、なんとなく多分一通り買ってきたと思うから使ってくれ」
「はい、ホントに」
「ん」

 少しの間だったが、何か聞いてやるべきなのか、いや、いまはうん、いいか。

 結論を勝手に出したところでアパートについた。
 過剰なのも如何かと思ったので「歩ける?」「はい」という会話のみにして部屋へ行けば、

「綺麗なお家ですね、お邪魔します」

 だなんて言うのに、やはり読めないなぁ。だが、彼女のマイペースさに付き合ってやる方がいいよな、いまは。

 藤川瑠璃はしかし、少しだけ恥ずかしそうに「すみません、早速シャワー借ります」と言った。

「どうぞ」

 その間まずは掃除機と…あとそうか、俺の服は間違いなくデカい。香苗かなえの服とか余っているかもな。
 久々に気まずく寝室のカラーボックスを漁ることになってしまった。

 埃臭さに、本当に3年ぶりの気持ちを開けたような気がした。
 ついでに、彼女がカラーボックスに入れていた、テディベアの形をしたピンクの石鹸まで出てくる。

 気まずいな。
 早く捨ててしまえばよかったような、なのに役に立っているという皮肉さも、切なさも漂ってくる。

 なんとなくこれもテキトーに、寝間着に使えそうな物を選んで一応パタパタと振ってから、あぁ確かあいつ、この服大して着ていなかった寝間着候補第一だなんて…やはり無駄なことまで思い出すらしいな。
 洗面所に畳んで置いておく。

 そして更に、窓際に立て掛けておいたハイテク掃除機を短くし、ひたすらに埃を取りながらついつい何度か止めて確認してしまう。やはりすげぇ。つか、尋常じゃないな埃。こんなところで寝てくれだなんてとても言えないわ。

 いや、別れた女と使っていたベッドを推す俺もどうなんだ。どう見てもダブルだしなぁ。しかし言わなければまぁ、良いことだし。そもそもソファーの方が俺の汗水が半端ないよな、相手は女子高生だしうん、不可抗力。
 複雑である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

処理中です...