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亡霊はその場所で息を潜めて待っている
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ぱっとまわりを見ればなるほど、すぐ後ろに二世帯住宅が見えた。
後ろの路地だったか。
兄はいないと言っていたが、完全に誰にも会わなかったな。
鉢合わせてもまぁいい。俺、殴ったり出来るかな。兄貴が超絶武道派だったら死ぬかもしれないが、なんとなくそんなやつはそこまで小癪じゃないと…思う。いや、血気盛んか。
…しょーもねぇこと考えんなよ俺。
一本入った道の二世帯住宅の名札はビンゴで「宮田」と「藤川」だった。右が宮田、左が藤川。
一応藤川から当たろうと思ったけれど、雰囲気的に……不思議だ、長年誰も住んでいないだろう雰囲気だった。
宮田にチャイムを押せばドアのすぐ側で少し物音がしたような気がした。
次はノックをして「いますか」と聞けばはっきりと、泣いているような音がする。
「…いるな、開くか…?」
ノブを回したらあっさりと抵抗もなく開いてしまった。
藤川瑠璃は玄関のその場で倒れ、顔を腕で覆って泣いていた。
凄惨な様子は片方だけ脱げた靴や、開けられたシャツ、少し下げられたスカートと、足元にくしゃくしゃに捨てられている下着、噎せ返る生臭いさで充分にわかった。
「大丈夫じゃねぇな、おい…、」
起き上がらせようか、とにかく側に寄るけれど、彼女は「っく…、うっ…、」と泣きながら半身を起こして「あっ…、」と下を見る。
アレが出たのか、それ。それってもうなんか…。
「あー、無理に起きんな…。どーすっかなぁ…立てねぇかねぇ…、えっと…ティッシュとか…風呂?どうすっか…」
肩を貸そうかと試みる隙に藤川瑠璃が「…出ちゃった、」とご丁寧に報告してくるのは溜め息もんでしかない。
「ん。うーん…なんか、ある?」
「…トイレ行ってくるぅ…、ウォシュレット…」
…不謹慎ながら「シュール…」と思わず口から出そうになったがぐっと堪え、「い、痛くないのかそれ…」なんてよくわからんことを聞いてしまった。
彼女は頷いて立ち上がろうとするが立てなかったらしく、まるで暴れただけのようになった。
「あー、はい掴まって…、どこ、」
「…そこっ」
ほぼ真ん前だった。見てそんな気はしたけど。
「はい、せーの、」と立たせ、ドアを開けてやる。
…仕方ない。
ドアの前に座って待ってやれば「うぅ…っ、」と一層悲しくなったらしい。泣いている嗚咽が聞こえる。
「…まぁ俺いてよかったな……マジで。ゆっくりでいいから」
「うぅ、ゆ、ゆきとき、さん、」
「どした。病院とか連れてこうか」
「…んん、大丈夫、だけど…っ、」
「うんそうね、助けに来たから。出てくぞ」
「ん、」
「無理すんな。
…この様子だと親は今不在だな」
処理を終えた藤川瑠璃は少しだけ呼吸を整えたようで、だけどなんだかふらふら真隣の洗面台に行き水を出す音がするのも痛々しい。
その間俺は、まるで捨てられているかのようにその場に置かれた藤川瑠璃のケータイ電話を拝借し、ちゃちゃっとアプリを確認した。
手を洗い終えた藤川瑠璃は窶れたように見え、「刑務所です…」と言うのだから「そうか…」としか言えなかった。
「…それは?」
「ん、あぁGPS追跡アプリなんかがインストールされてるかなと……あった」
アプリをアンストし藤川瑠璃に返すと「そうだったんだ…」と唖然としている。
「普通の、ケータイに内蔵されているものとは」
「ちょっと違う。このアプリを入れて登録した端末の追跡やら…入っていたのは軽く遠隔操作出来るやつでもあった。まぁ念には念をで。
取り敢えず出るか。ほれ」
背中を向けてやった。
「ホントに…?」
「ん」
躊躇いがちに、しかしちゃんと俺に掴まってくれたので、おぶって家を出る。
足元に見えたパンツはどうすべきかとも一瞬よぎったが、何も言わなかったのでいまはいいかとただ、そのまま車まで彼女を連れて行った。
助手席に座らせてまずは「欲しいもんあるか」と聞いてみるけど、真っ青な顔で首を振るのだから確かに、疲れるよなぁとまずは俺も運転席に戻った。
「…つか後ろの方がいいか?ちょっと片付ければ」
「…ぁいじょぶ、」
「…んー。
まぁそうだな、寝ててもいいし。飯はそうだな取り敢えずコンビニ寄ろ」
車を発進させる。
「……ごめんなさい、」
「…いやいいって。よかったよマジで。今頃どうなっていたかと…考えたくない」
「ご迷惑を」
「いまはそんなんいいから。わかるだろ、お前これからを考えないと」
…嫌でも会話が続いてしまう。
「…兄貴は前からか」
「…はい、」
「…相談しなかったのか。
こうなってくると家には帰れないのが普通だ」
「…はい、」
「…まぁいいや、まずは。安心して寝てろ」
ぐったりとシートに凭れた藤川瑠璃に、あぁ動揺したけどシートくらい倒してやればよかったな。赤信号のうちに助手席へ乗り出してシートを下げてやった。
…藤川瑠璃がぼんやりとして湿っぽく「千秋さん、」と言ったのに、何故だか少しはっとしてまた身体を戻し、少し遅くなったが青信号で走り出す。
「悪いな、シートは調節してくれ」
「いぇ…。
千秋さん、パンツを忘れてきました」
「……は?」
「んー…」
「…取り敢えずコンビニに寄ろうとは思ってるから、ちょっと待って」
「…ぁい」
非常事態だからこそこの子、より読めないな。いまの女子高生ってこんなもんなんだろうか…。
思ってる側でコンビニはあった。
焦って停車をしてしまったが、そういえば本当に何も持ってこなかった、側に鞄まであったのに。
…ノーパンだけど普通こういうのって俺が買ってきてやるべきだよな…多分。
後ろの路地だったか。
兄はいないと言っていたが、完全に誰にも会わなかったな。
鉢合わせてもまぁいい。俺、殴ったり出来るかな。兄貴が超絶武道派だったら死ぬかもしれないが、なんとなくそんなやつはそこまで小癪じゃないと…思う。いや、血気盛んか。
…しょーもねぇこと考えんなよ俺。
一本入った道の二世帯住宅の名札はビンゴで「宮田」と「藤川」だった。右が宮田、左が藤川。
一応藤川から当たろうと思ったけれど、雰囲気的に……不思議だ、長年誰も住んでいないだろう雰囲気だった。
宮田にチャイムを押せばドアのすぐ側で少し物音がしたような気がした。
次はノックをして「いますか」と聞けばはっきりと、泣いているような音がする。
「…いるな、開くか…?」
ノブを回したらあっさりと抵抗もなく開いてしまった。
藤川瑠璃は玄関のその場で倒れ、顔を腕で覆って泣いていた。
凄惨な様子は片方だけ脱げた靴や、開けられたシャツ、少し下げられたスカートと、足元にくしゃくしゃに捨てられている下着、噎せ返る生臭いさで充分にわかった。
「大丈夫じゃねぇな、おい…、」
起き上がらせようか、とにかく側に寄るけれど、彼女は「っく…、うっ…、」と泣きながら半身を起こして「あっ…、」と下を見る。
アレが出たのか、それ。それってもうなんか…。
「あー、無理に起きんな…。どーすっかなぁ…立てねぇかねぇ…、えっと…ティッシュとか…風呂?どうすっか…」
肩を貸そうかと試みる隙に藤川瑠璃が「…出ちゃった、」とご丁寧に報告してくるのは溜め息もんでしかない。
「ん。うーん…なんか、ある?」
「…トイレ行ってくるぅ…、ウォシュレット…」
…不謹慎ながら「シュール…」と思わず口から出そうになったがぐっと堪え、「い、痛くないのかそれ…」なんてよくわからんことを聞いてしまった。
彼女は頷いて立ち上がろうとするが立てなかったらしく、まるで暴れただけのようになった。
「あー、はい掴まって…、どこ、」
「…そこっ」
ほぼ真ん前だった。見てそんな気はしたけど。
「はい、せーの、」と立たせ、ドアを開けてやる。
…仕方ない。
ドアの前に座って待ってやれば「うぅ…っ、」と一層悲しくなったらしい。泣いている嗚咽が聞こえる。
「…まぁ俺いてよかったな……マジで。ゆっくりでいいから」
「うぅ、ゆ、ゆきとき、さん、」
「どした。病院とか連れてこうか」
「…んん、大丈夫、だけど…っ、」
「うんそうね、助けに来たから。出てくぞ」
「ん、」
「無理すんな。
…この様子だと親は今不在だな」
処理を終えた藤川瑠璃は少しだけ呼吸を整えたようで、だけどなんだかふらふら真隣の洗面台に行き水を出す音がするのも痛々しい。
その間俺は、まるで捨てられているかのようにその場に置かれた藤川瑠璃のケータイ電話を拝借し、ちゃちゃっとアプリを確認した。
手を洗い終えた藤川瑠璃は窶れたように見え、「刑務所です…」と言うのだから「そうか…」としか言えなかった。
「…それは?」
「ん、あぁGPS追跡アプリなんかがインストールされてるかなと……あった」
アプリをアンストし藤川瑠璃に返すと「そうだったんだ…」と唖然としている。
「普通の、ケータイに内蔵されているものとは」
「ちょっと違う。このアプリを入れて登録した端末の追跡やら…入っていたのは軽く遠隔操作出来るやつでもあった。まぁ念には念をで。
取り敢えず出るか。ほれ」
背中を向けてやった。
「ホントに…?」
「ん」
躊躇いがちに、しかしちゃんと俺に掴まってくれたので、おぶって家を出る。
足元に見えたパンツはどうすべきかとも一瞬よぎったが、何も言わなかったのでいまはいいかとただ、そのまま車まで彼女を連れて行った。
助手席に座らせてまずは「欲しいもんあるか」と聞いてみるけど、真っ青な顔で首を振るのだから確かに、疲れるよなぁとまずは俺も運転席に戻った。
「…つか後ろの方がいいか?ちょっと片付ければ」
「…ぁいじょぶ、」
「…んー。
まぁそうだな、寝ててもいいし。飯はそうだな取り敢えずコンビニ寄ろ」
車を発進させる。
「……ごめんなさい、」
「…いやいいって。よかったよマジで。今頃どうなっていたかと…考えたくない」
「ご迷惑を」
「いまはそんなんいいから。わかるだろ、お前これからを考えないと」
…嫌でも会話が続いてしまう。
「…兄貴は前からか」
「…はい、」
「…相談しなかったのか。
こうなってくると家には帰れないのが普通だ」
「…はい、」
「…まぁいいや、まずは。安心して寝てろ」
ぐったりとシートに凭れた藤川瑠璃に、あぁ動揺したけどシートくらい倒してやればよかったな。赤信号のうちに助手席へ乗り出してシートを下げてやった。
…藤川瑠璃がぼんやりとして湿っぽく「千秋さん、」と言ったのに、何故だか少しはっとしてまた身体を戻し、少し遅くなったが青信号で走り出す。
「悪いな、シートは調節してくれ」
「いぇ…。
千秋さん、パンツを忘れてきました」
「……は?」
「んー…」
「…取り敢えずコンビニに寄ろうとは思ってるから、ちょっと待って」
「…ぁい」
非常事態だからこそこの子、より読めないな。いまの女子高生ってこんなもんなんだろうか…。
思ってる側でコンビニはあった。
焦って停車をしてしまったが、そういえば本当に何も持ってこなかった、側に鞄まであったのに。
…ノーパンだけど普通こういうのって俺が買ってきてやるべきだよな…多分。
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