アマレット

二色燕𠀋

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アレルギー

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「戻りました」
「お帰り西浦ちゃんどうだったってあれ!?何!?やっちゃった!?」

 とても賑やかな男の人が出てきた。

 ドアの目の前には40代くらいの、ヤクザのような、そのわりにはなんとなくタレ目のおじさんがニコニコ座っていて「お帰り」と千秋さんに言うのだった。
 きっとこれは社長さんだ。

「…メールをコピーしに来ただけですから」
「あそう。
 お嬢さん悪いね、男ばっかで申し訳ないが、上里お茶淹れてやれ」
「はいはーい。あ、安心して座ってー。その人怖そうだけど大丈夫だからー」

 賑やかな中、千秋さんは特に気にしないように「メール出して」と言ってくる。
 それに従ってメールを開いて渡すと一通り眺め、千秋さんは何も言わずにコピー機を動かし始めた。

「さぁ西浦どうなってるんだ」
「あぁはい。報酬と引き替えにこのメールは依頼人に渡そうと考えてます。
 見たところ18歳未満という表記もないし、もし調停の証拠になったとしてもまぁまぁ最終的には行けると思います」
「順調だな」

 お茶を持ってきてくれた上里さんという人が私の向かい側に座り、「写真ブレてたんだけどかわいーね君!」と明るく言った。

「大丈夫ぅ?あいつに変なこと強要されてなーい?」
「上里冗談でもやめろ、絡むなよ」
「いーじゃん、緊張しちゃうだろうしさぁ~」
「…依頼人には即連絡したんで、明日引き渡しかと思うんですが」

 千秋さんが社長さんにコピーを渡す。
 社長さんはメガネを動かしながら「うーん、行けそうだけど…」と時計を見た。
 それに千秋さんが気まずそうに「現在15時26分です」と補足する。

 15:26か…。
 水曜以外だったら下校時間だったな…。

「…時間的に…」
「いや、彼女が早上がりだったんで茶を飲みながら話して今に至りますけど」
「…饒舌だな?」
「いえ、」
「…まぁ俺はそれ以上聞いてないからね、聞く気もないし。アッチに行くことがあったらお前の職業欄は「フリーター」で」
「…わかりました大丈夫です」
「話の早い部下で助かるなぁ、期待してるよ西浦くん」
「はい…。
 印刷も終わったし、…時間によるけどどのみち暇そうなんで、彼女を家まで送って直帰しますわ」

 他二人が妙な間で黙った。

「ふぅん…」
「…んだよ上里っ、」
「なんもなんも」
「腹立つなっ、ほら帰るぞ、」

 千秋さんが早足で「…帰ります。帰るぞ、」と先に出て行こうとするので、ご馳走さまでしたと言うと二人は「じゃ~ね~」と、手を振ってくれた。

 …とても楽しい雰囲気の場所。

「…騒がしくて悪かったな」
「いえ」
「全く、」

 事務所の駐車場に行き車に乗ると彼は、「住所どの辺」と、ぶっきらぼうにナビを弄り始めた。

「付近でいいか」
「まぁ、はい…」
「ん、どこ」
「…府中ふちゅうの…林公園で」

 ナビを合わせて「ここか?」と、泣き黒子の目と合う。

「はい」

 ナビは開始され、車は走り出した。

 …今更になって、あれはきっと遠回しに断られていると気付いてはいる。
 服なんて、正直その辺のお店で買ったって良いのだから。

「普段さ」

 千秋さんはタバコに火をつけ窓を少しだけ開ける。

「下校時間外は遊ばねぇの?」
「…え、」
「ここ二回、よく口にする」
「…なんとなくですよ」
「それ嘘でしょ」

 千秋さんは笑った。

「友達いねぇって言ってたしな」

 …どうやら何か試されたようだ。

「…探偵さんって凄いですね」

 そう答えると千秋さんは黙り、少し考えるような間があって。

「じゃぁついでに。
 下校時間までに帰りたいって言ったのに、早上がりって変だぞ」
「まぁ、」
「吐く気のねぇ嘘。というか君は嘘は吐けないんだろうな」
「あの、」

 赤信号で止まると千秋さんはハンドルに寄り掛かり、「あぁ、悪いな」と面白そう。

「からかってるつもりはない。ただ、んー…、抱く女は優しくするってやつで」
「…それこそ、嘘」
「まぁな、俺も嘘吐けないタイプ。別に良いんだけど」
「はぁ、」
「どうせならとね。簡単なところからいけば今日は下校時間に帰る気があったのか、とか…」

 何かがグサッと刺さった気がする。
 答えられなかった。

 ただただ、帰りたいけど帰りたくない一心で学校から出てきてしまったけれど。
 それは自棄も勿論あって……。

「…私は千秋さんが言ったそれ、「抱く女は甘やかす」と言ったのに少し…なんだろうって」

 車は走り出し、「で?」と返される。

「ベターに、そんなことされたことない、てやつ?」
「……いや、」

 優しくは、されているけど。

「…失礼でしたよね。すみません、自棄になってました」
「別に良いけど。そんなの雰囲気でバリバリ伝わってるから」
「あぁ、すみません、」
「君は自分が思うより上手くやれていないような気がする…多分ね」

 なんだか。
 急に泣きそうになるような、胸のざわめきが沸いてくる。

「…それは千秋さんもそうだった、ですよね?」
「そーだね、確かに」
「…そんなもんでしょ、」
「あぁそうだわ。だが恐らく俺は君より遥かに下手だ」

 やっぱり会話は続かなかった。

 …一応、そう。
 兄は今日、きっと帰りが遅い日で。早かったとしても下校時間にはまだ帰っていない。
 家から抜け出せないこともない、そうまで考えるけど、家が近くなっていく度に、少しずつそわそわしてきた。
 だけど何事もないように「この辺かな」と千秋さんが言うのは当たり前のようだった。

 ついに車は林公園で停まってしまい、「着きましたよ」と千秋さんが言うのにも、「あぁ、はい…」と口ごもってしまう。

──鳥は卵からむりに出ようとする。卵は世界だ。生れようとする者は、ひとつの世界を破壊せねばならぬ。──

 シートベルトを外そうとまごつき、その言葉が浮かんできた。

 でも、別に。

「…あの、」

 千秋さんは首を傾げるように私を見た。

「…少しだけ待っててくれたりしますか」

 何も言わずにただ、その泣き黒子と出会うのだから。

「……なんでもなく。少しで」
「15分待っててやるよ」

 千秋さんがにやっと、まるで子供のように笑う現象に、胸の緊張が解れてゆく事が、自分の中ではっきりしていた。

 時計を見れば16:12。

「…歩いて、5分…3分の場所なんで、すぐまた…来ます」
「ん、はいよ」

 漸く、シートベルトを外して車から出た。
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