アマレット

二色燕𠀋

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其処に快楽という空虚が存在するのなら

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 指定された13号室のドアを叩くとすぐにガチャガチャと鍵が開き、ドアが開いた。

「こんにちは」

 聞いていた30代くらいの、スーツで、髪の毛までちゃんと上げている、そう、「会社員」さんが出迎えてくれた。
 この人、こんな見た目で本当は仕事なんかしてなくて、援交してるんですよだなんて、誰も思わないだろう、顔はどちらかと言えば爽やかで良い方だった。

 私が「こんにちは」と返そうとしたとき。

 隣の個室のドアが空き、黒いスーツの、背が高めな男の人が出てきた。
 その人がちらっとこっち見たその目には泣き黒子があって、それが何故か睨むようだと感じた。
 手に、漫画を一冊を持っている。

「入って、」

 焦ったように言い私の手を引いたたくろうさんに、私はふと我に返ったような気がした。
 そうか、あまり見られてはならないな。

 ドアが完全に閉まってから、「えっと、ルリちゃんだよね?」と、たくろうさんはにやにやとしながら部屋のシートを促してきた。

「…たくろうさんですよね?」
「うん、たくろうです。まずは一万円ね」

 たくろうさんはポケットから財布を出し、福沢諭吉を見せてくるけれど「その前にさ」と顔を曇らせた。

「…本当にこれでいいんだよね?」
「はい、いいですよ。おもちゃと挿入ですよね。ゴムはちょっとお願いしたい」
「あのさ、一応確認取ってるんだ。身分証見せて欲しいかな。生年月日以外隠して良いから」

 …案外しっかりしてる人だ。どうしょもないこと言ってるくせに。
 どうしようかな。

「いいですよ」

 取り敢えず学生証よりは保険証だな、と、財布から保険証を取りだし、名前と住所のところを手で隠してたくろうさんに見せた。
 こういうのは見るかどうか、あまり見ないだろうと思ったけれど、「えっと、2002年って…」とたくろうさんが考え始めてしまったので、「18歳ですよ」と、営業スマイルのようなもので押し倒すことにした。

 下に敷かれたたくろうさんが、息を呑む。こうなればもう、あってもなくても一緒。保険証も諭吉もたくろうさんの手から溢れた。

 たくろうさんのネクタイをほどき、シャツのボタンをゆっくりと二つほど開ければ、余裕もないように、たくろうさんはがばっと私を押し倒す。
 馬乗りになったたくろうさんは濡れた瞳で「イケない子だね」と、私の首筋を噛むように食んでくる。

 息が熱い。

「ふ…はははっ、」

 あぁ、なんて。
 生きている。私とこの人はいま、生き急いでいる。

 獣のようにはぁはぁと、脱がすのも途中になった私の胸を食むのも、鞄からキノコのような電動のおもちゃを取り出すのも、それが最高に気持ちよくて、…気色悪くて。私の身体に巣食い這う虫のような感情の正体。

──お前のような若い美しい女たちに、打たれたり蹴られたり欺されたりするのが、何よりも嬉しい。──

 男の人は性の煌めきがある、ただ、それが魅力的かはわからないままで。妊娠する可能性があると言うのは面倒だ。

 電子音が耳に付いたとき、私の唯一の願望である「ゴムはポケットに、あるから」を伝えて後は全て、いつも通りに生臭かった。天井が見えて湯立った顔が見えて、ステレオグラムのような眩暈が何度も私の視界を犯して。

 あぁ、苦しい。
 男の人は、私の空洞に必ず快楽を孕ませる。このお腹から引き裂かれそうな衝動は女には、出来ない。

 はぁはぁと背中を這うその悪寒に近い快楽は、壁の向こう側を見ようとするとき、本当はとても得体の知れなくて悲しい。

 私が、今。

 …世の中は美しいからっぽである。

 やめよう。

 耳元の生温い呼吸の正体に、私の感情が一欠片もないと気付く体位だから。

 考え事をしてもしなくても私が死ぬ回数は多かった。何度も死んだ。そのうちじわじわと痛かった。

 お腹にじわっとぶち撒かれた感情は、その頃には酷く濁った、汚いものだった。私、ちゃんとゴムって言ったっけ。
 ずるっと抜けた滑り気も私の皮膚感覚も、それを判断することが出来ないほどに遠いけど、終わって服を直すたくろうさんは「今日はありがとう」と、思ったよりも冷たい口調で言った。

 私がぼんやりひっくり返っているだけの状態で、冷たい、ウェットティッシュが染みたのだから、本当に避妊をしたかどうかは最早闇のなかになってしまった。

「…凄くよかった、良ければまた会いたい」

 そう言ってそこを舌で舐めるこの男を、漸くゴミクズだと思えるくらいに頭は冴え、「あの、」と起き上がれば、男は無様に這いつくばって私の闇を舐め散らかしたままだった。

「…すみません」

 足首あたりに、くしゃくしゃに丸まった下着が、脱け殻のように捨てられている。 
 それを拾おうと動けばぐっと、としろうさんの顔が離れて彼はまだ唖然として私を見上げていた。

 無機質に下着を広げて履き直しながら「そんなによかったですか」と、思ってもいない口上が出てくる。

「考えときますけど、こういうのは大体一度きりにしているんです」

 …碌でもないのはお互い様だろうし。その共有は長くない方がいい。

 鞄も拾い集め、「ありがとうございました」と言う私自信も、電子音だと自分で思った。

 …頭が痛い。
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