アマレット

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
4 / 70
其処に快楽という空虚が存在するのなら

4

しおりを挟む
 飯島は途端に私の腕を少し引き、「てめぇ、」と、ホームの男子便所の方を見た。
 争い事は色々と面倒だと感じた排他的な駅。

 知っている。
 この駅が例え有人であっても、他人を助ける人など誰もいない。

 そうすれば力を抜くのは早い。
 「最初からそうしろよ」と笑う飯島の甚だ強引な勘違いに、確かにねと自分を嘲笑うような思いを自然と抱く。

 黙って洋式の個室まで彼に従い、便器の蓋の上に座った飯島は得意そうに「来いよ、」だなんて言ってきた。

「声出すんじゃねぇぞ、まぁいいけど、」

 飯島はポケットからケータイを出して私に向けてピコっと音を出す。
 録画だとわかる。
 片手でケータイを持ちもう片手で私のスカートを捲り、下着の上から性器に触れてくる。
 「ははっ、このヤリマン、」と私を罵り、彼はかりかりと爪を立ててきた。

「前から濡れてんじゃん、お前」

 私の顔を撮したのに、ならばとニコッと笑って「恥ずかしい」だなんて言ってあげている私の精神は、確かに便所に相応しいかもしれない。

 満足そうにまたカメラを戻し、すぐに下着の中に指を入れ、ぐちゃぐちゃやり始める彼をよそに、私は鞄の外ポケットを開ける。

「…何?」

 透明な四角い包装を見せれば少しだけ彼はにやつき、けれど戸惑っていた。
 その間に私は彼の前にしゃがみ、彼のズボンのチャックに手を掛けた。

「飯島くんは、ニーチェって知ってる?」
「…なんだよ」

 私のシャツのボタンを器用に開け、下着の中に忍ばせるその手は、態度とは裏腹で意外にもおっかなびっくりだと感じた。
 見えない場所から彼の、苦しい主張を露にして見上げれば、期待やら、驚きやら、私に引いたような火照った表情が見えるけど。

「彼は言うの」

 私は彼の取り出した自己主張をゆるゆると揉みしだく。

「『不潔な者どもの口をゆがめた笑いと、その渇きを見るのは、わたしには耐えがたい。』」

 あっさりと従順そうに私を待つ彼に、ほくそ笑むような気持ちになった。
 コンドームの包装を破り捨てそれを口に入れた私は、彼の性器をゆったりと、舌で愛撫するように装着する。
 人工的な味。

 彼は最早その様を撮っているか、わからないけれど覚束無く息を喉元で詰まらせてしまった。

 従順になり下がったヤンキーくんの肩を借り立ち上がっただけで彼は自然現象のように私の下着を下げる。
 跨いで、それで強引に裂かれた肉体に私は声を漏らすよりも、息が詰まるほどに苦痛、いや、その先の快楽を求めるような気持ちになっていた。

 恐らくもう、落ちたカメラは行き先を朧気にしている。それほど夢中で彼は私を苦しめ、いたぶり、まるで暴力衝動で何度も、何度も刺し殺してくる。

 自己顕示を買い被ったその痛みは、彼にとっては“快楽”のようだ。殺されている私よりも、何故彼の方が苦しそうなのか。

 五分もしなかっただろう、私の中にじわっと捨てられた体温で、彼は死んだと刺し抜いた。
 
 私は、放心してボケている彼に構わず身を正し、「急いでるから」と去ろうと思ったが、一つ言葉を思い出した。

「なら、カフカ・フランツを知ってる?
『悪の最も効果的な誘惑手段の一つは闘争への誘いだ。
例えば、女との闘いはベットでけりがつく。』」
「…お前、」

 トイレのドアの古びた合間に、「頭、おかしいわ…」と、切れ切れに聞こえた。

 やめよう。

 次の電車のアナウンスが流れ、私はケータイで時刻を確認する。
 あと、3分。
 もう少しでやってくる。ポケットから飴を引いた、メロンだった。従って口へ放り込む。

 それでも味はある男なのよ、ただ、癖というのは好みかどうかは別問題なだけ。

──世の中は、

 新宿への電車が来ても、飯島がトイレから出てきた姿は、確認出来なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

UlysseS ButTerflY NigHt

二色燕𠀋
現代文学
幸せの蝶は、切ない青さを知る。 ※天獄 とご一緒にどうぞ

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

拝啓 私のことが大嫌いな旦那様。あなたがほんとうに愛する私の双子の姉との仲を取り持ちますので、もう私とは離縁してください

ぽんた
恋愛
ミカは、夫を心から愛している。しかし、夫はミカを嫌っている。そして、彼のほんとうに愛する人はミカの双子の姉。彼女は、夫のしあわせを願っている。それゆえ、彼女は誓う。夫に離縁してもらい、夫がほんとうに愛している双子の姉と結婚してしあわせになってもらいたい、と。そして、ついにその機会がやってきた。 ※ハッピーエンド確約。タイトル通りです。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

処理中です...