アマレット

二色燕𠀋

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其処に快楽という空虚が存在するのなら

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 くたっとした瞬間に先生は私の中から指を引き抜いて「大丈夫なの?」と、舐めつくした飴のような、代わり映えもしない声色で私の背中をふんわりと抱いた。

 まだ当たり前に湿っているし、「足も震えてるじゃない」と先生は心配をするのだけど、私は下がった下着もたゆんだ靴下も、さも当たり前に引き上げ先生を見下ろすように立ってみせた。
 シャツのボタンを留める。

「私、グループチャットでビッチだって言われているらしくて」

 声が震えることすらない、この薄情な態度は確かに、自分でもどうかしていると思っている。

「へぇ。そんなの気にするタイプだったかしら」
「私が気にしなくても皆話してくれるみたいです」
「あらそう」

 素っ気ない先生の態度に私はまた、ソファーに起きっぱなしにした鞄を取りに行き、鍵を開け戸の「不在」を「実在」に変えた。
 この先生お手製の、頭も日本語もおかしいセンス、結構気に入っている。

 これほどなんでもなく、同じで意味がないこと。

「…不健全なほど遊んでいれば仕方の無いことだよね。まぁ、買い被りすぎでもない、と言う点は感心するけれど」
「自己評価よりも他人は私を買い被っていたみたいで。そのわりに遊んだ存在がはっきり割れちゃった」
「ドンピシャだったってこと?」
「大丈夫、先生以外」
「それはわかる。瑠璃ちゃんは好きな食べ物を教えてくれない質だもの」

 すれ違う先生に私は笑い、「林檎です」と伝えても「ふうん」としか言わないこの排他的な関係にも、私は満足している。

「ありがとうございました、先生」

 窓の戸を開けちらっと振り向けば、先生の、パソコンに向かった背中、ハーフアップのお団子が見えた。

 家に帰るにはまだ早いし、ビリビリしたような、呆けたような体に満足はしていない。

 いつも、先生とそういうことをするときは、男は後だと決めている。それは先生が届かない秘部で、私よりもっと狭い世界で生きているということへの、モラルのつもりだ。
 そこから巣立つ生徒という体で言えばこれは健全だろう。

 だけどケータイでいまこうしてサイトにログインし「合法高校生です」などというマイプロフィールを眺めているのは、果たして歪んでいるのだろうか。

 メールが一件来ていた。
 34歳、IT会社勤務、渋谷。はじめまして、たくろうと申します。

 あ、若干変だなこの人。

 …はじめまして、ルリと申します。
 速攻で捨てのようなメアドが送られてきた。

 第三個目のメールアカウントにログインしたとき、「なぁ、」と、後ろから声がした。
 丁度、校門から出ようと言うタイミングだった。

 振り向いて確認した相手は、あの飯島だった。
 ダルそうな腰パン、ダルそうなネクタイ、ダルそうな口調。ダルそうにふと保健室を振り返り見た彼は、「お前、先生とヤッてただろ」と私に言ってくる。

 足が、止まる。

 それを見て飯島は勝ち誇ったようににやっと笑い「マジだったんだな」と言った。

「『誰とでも寝るような女の子』って、ロックだけだと思ってたわ」
「…何?」
「知ってる?ブランキージェットシティ」
「…知らないけど」
「まぁ良いけど満足した?考えれば物足りないと思うけど」

 ニヤニヤする飯島は「俺もいまから帰るんだよねぇ、」と、犬のような息遣いでそう言った。

 無視しよ。

 「たくろうさんのメアドで合ってますか」と送っているのに「何?怒ってんの?」と飯島は私に着いてくる。

 無視を続けてたくろうさんとやり取りをするのだけど、「お前が言ってた通りあの女、股も口もゆるゆるだったんだよ」と、よくわからない弁明までしてきていた。

「でも元からハブだったんだろ?お前」

 新宿の満喫。13号室。防音、完全個室。たくろうさんという男は慣れているようだ。割り切りをよくわかっている。

「何?それとも一回ヤった奴とはヤらないとか?」

 電車は乗り換えもせずに30分もあれば着くだろうか。

「いいじゃんバレたなら。お前も凄く良さそうだったじゃんって、なぁ、ヤラしてくんない?聞いたけどあれから谷田部とも栗原くりはらともヤったらしいじゃん。あいつらよりぜってぇ俺の方がいいだろって、」

 駅に着いた。
 どこまでも着いてきそうだな。
 わかってるくせに面倒でどうしょうもない男。

「うん、気持ち良かったよ飯島くん。凄くよかったけど」
「だよな、俺も1回で3回もとか」
「だからもうやめとくの。ごめんね。近くにいると気も狂いそうだし」
「なんだって?」

 飯島の声は急に、いままでと違う色になった。

 …あぁ、そうだ。

「…飯島くんは本、読む?」

 もしかすると私がそう言ったのも、悪いのかもしれないと、次の瞬間に後悔する。
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