水面の蜻蛉

二色燕𠀋

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讃美歌

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初めての快楽はあの人でした。
それはとても悲しい目をしたあの人でした。
愛情を知ったのはあの人でした。

彼は私の快楽をゆっくりと開き、
私を沼へ沈めました。

それは恐怖であり
未知であり、
誘発であり、
甘美でした。

私の本能は水面下の土の上。
しかしそこから飛び立つことは出来ないほどの、
恐怖という泥が足を引っ張りました。

愛情とは酷く恐ろしいもので
未知を開発してしまえばそれは、羽根をむしられたトンボのような物なのだと知りました。

私は大人になりました。
しかし青空は遠かったのです。

これは神から与えられた最大の罰だと私はおののいています。

空気は澄んで綺麗だった。
綺麗な常套句を耳元で囁かれたような現象。

 しかし、それでも私は彼を愛していました。
 彼から告げられたのは謝罪でした。

「出会った頃から、俺は苛まれている。殺してきた自我がたまに暴れて蠢くんだ」

 それで全てを察しました。
 「ごめん百合枝」と、泣きそうに謝るそれは甘美でした。しかし、寂漠でした。
 一気に乾いて冷えていくのがわかりました。

 貴方もその泥沼を、冒涜を望んでしまったのかと。
 悲しくなりました。水溜まりは渇いていく。そんな気持ちで私は彼の別れを受け入れました。

しかし。
恐らくあと踏み入れるのは泥の底、それは止めどない罰だと感じて。

 せめて救いたい、救われたいと私は願い、彼には轍を返しませんでした。

いや、本当は。

「百合枝?」

 隣で真結美が囁いた。
 また目元を拭ってくれて、「寝苦しい?」と、訪ねます。

 私は彼女に腕を回し、抱きついて。
 みっともなく、はしたなく、泣くのです。

 そして優しく撫でられる髪に。
 本当は「触らないで」と言いたいけれど。
 絡む髪とその指だけが、
私を留める糸であると知っています。

これは所謂、
捕食、蜘蛛の糸の自然現象で。

私はそんなとき、神に祈りを捧げるのです。

「ごめんなさい」

果たして誰に。

ごめんなさい。

こんなうわ言を全て、
心の泥に投じてみます。

綺麗だと、言った貴方も、貴方も、
全てそれは神への冒涜なのです。

 夢の中へ微睡む瞬間、彼女の暖かい「おやすみ、百合枝」が聞こえてきます。

 毎度この瞬間は。
 この瞬間だけは私に幻を見せてくれます。

いつからだったか。
こんなにも、世界を灰色に眺めてしまったのは。

あぁそうだ。
今日は髪を切りに行こう。
そう決めて眠りにつく。

綺麗な川底へ、私は行き着くのです。
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