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Act.3

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「ちゃんと洗いましたよ、洗剤で!」

 と言いながら五十嵐はすっと手を僕の背中からどけていじけた顔をする。

 なんだこの人。

「別に洗剤でなんて言ってませんよ?」

 コーヒーに砂糖を忘れてしまったなぁ。

「あっ、」

 カップに五十嵐は気付いたらしい。そうだよ、あんたのお手製だよ、と思えば「それ俺のカップ!」吹き出しそうになった。

「がはっ、ごほっ、」

 なんか変なところにコーヒーが直撃して息苦しい。しかし五十嵐は「なにー!大丈夫なのお前ー!」とあたふたし始める。

 待ってそれどういう意味。
 あんたが普段使ってるやつなら凄く嫌なんだけど苦しい。めっちゃ苦しい。

 一人あたふたする五十嵐と一人噎せる僕。最早吐きそうな勢いに、「待て、マジで大丈夫かお前」と五十嵐は騒然とする。

 少し落ち着いてから自然と唇を拭ってしまった。
 が、考えてみればこいつが使用したカップでもまぁ当たり前かと低酸素になった脳で考えた。と言うか僕って感じ悪いかも。生理現象のようにそう潔癖が生きる自分に少し自己嫌悪。

「いや、す、すみません、大丈夫デス」
「いや、うん、」
「あのぅ…」

 考える。

「…このカップ、五十嵐さん今別のその…猫柄のカップを使ってるじゃないですか、毎日。このカップはいつ使うんですか」
「歯磨き」

 うわっ。
 流石に血の気が引いた。
 マジか。いやマジか。

 顔に出ていたらしい、というか控えめに「いやそんなに嫌がんなよぅ…」と五十嵐が落ち込んでいく。

「洗ってあるけどさぁ…ちょっと流石に酷くねぇ?」
「いや、すみません、確かに感じ悪いですね僕」
「いいけどさぁ~、お前勝手に」
「はい、確かに勝手に使いましたすみません」
「全くぅ…」

 うん、これは僕が悪い。確かに。

 完全にいじけた五十嵐は体育座りで縮こまる。本当に子供かよ。いや、僕が悪い今回はマジで。

「僕、このカップ使っても良いですか」
「へ?」

 五十嵐はなんだかわからないものに遭遇したような、唖然とした表情で僕を見た。
確かに、普通だったらそうだろう。けど。

「このカップ、一応五十嵐さんが作ったのかなって」
「いや、まぁそうだけど…」
「歯磨きカップが嫌ならまぁ、漂白しますから」
「いやなにそれ、え、いや、うーん、どっから突っ込むべきだろ」

 わざとらしく眉間を揉みながら五十嵐は言う。

「それ、漂白して大丈夫かな」
「…は?」
「いやそれテキトーに印刷してもらっただけだから、なんかほら、そーゆー記念品?というか、なんか作るところあるじゃん民間で」
「…は!?」

 言った本人が気まずそう、というかバツが悪い、居心地が悪いと言った具合に顔を背けた。

 …そう言えばこの人、相当なナルシストだった。
 しかし、考える。

「…だから、大層なものじゃないわけで」
「…なるほど」

 でもそれって。

「…この絵、思い入れでもあるんですか」
「え゛っ」
「ないんですか?」

 更にバツが悪そう。
 なんだろ、ナルシストの事だから彼女にあげようとしたとかかな?

「なんもないです見事に」
「…は?」
「ノリですノリ。マジでそれ以外な」
「え、本気で言ってるんですか、」

 五十嵐は物凄く恥ずかしそうに俯いて膝に顔を隠してしまった。これはマジなやつだ。凄く爆破されたい時のやつだ。こいつならバルサンか。

 少し悶えるようにしてからふと顔をあげ「そうですぅ~!」開き直った。よもや精神生命力はゴキブリ以上かもしれない。

「ちょっとなんとなく「あ、俺の絵ってやっぱ白に映えるわ~」とか思って勝手に作ったんです~ぅ!」
「うわ聞いてない。けどちょっと事実なのがホントに…」

 ナルシストってそういうとこある。ちょっと感心するくらいに的を射たりする感性がある。

「いいよ…」

 だが五十嵐は開き直る。

「新しいカップ買ってやるから」
「…え?」
「…だって、」
「いや、まぁ歯磨きとか聞かなきゃよかったんですけど、これでいいです」
「ん?」

 わりとこれ好きだなと、実際に思ったから。というか歯磨きって聞いちゃったけど、僕わりとこれ、使ってたし。

「気付きませんでした?わりと僕これ使ってましたけど」
「え゛っ。待ってそのタイミングでその申告は俺は何を思えばいいわけ?」
「えなんですかそれ。毎回洗ってたんでしょ」
「なんかよく掛かってたからね最近。俺綺麗好きだったなって」
「それはない」
「ん?じゃぁ俺の歯磨きコップが実はいいんです的なやつでは」
「ない。気持ち悪い」

 ナルシスト褒めたの撤回。
 変態だわこの人。

 けど、うーん、まぁいいか。
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