上 下
33 / 45
パラフィリア

4

しおりを挟む
 何も書かれていない次のページの横線達を眺めて浮上してくるようだ、なんとも言えない感情が。

 俺は陽にこの“日記”を残して何がしたいというのだろう。別の人格だろうと結局個体は一緒なのに。

 陽の顔をした俺は一体、どんな表情でいつもこれを開いて読んでるんだろうか、10月某日 ゆうより。

 陽、俺はここにいるんだよ、俺を見て頂戴よどこ見ていたんだよ、俺はずっと陽のことを見ていたんだよ、だから気付いた。
 どうして俺が傷付くことに嬉しそうだったの、簡単だ。母さんがそれで陽を「良い子」だと言ったからだ。

 まだスカスカのノートに何かを更に書こうとするのだけど気持ちが濁っている。どうしてこれくらいでも俺は気持ちを書くことを躊躇うのか。

 床から3段上の階段から足が離れてしまうことが多かった。あれで頭がイッてしまったのかもしれない。大丈夫?悠。だなんて、それまで誰一人俺に声など掛けなかったのに。

 陽はただ優しくなりたかっただけだし、愛の証明が欲しかっただけの筈だった。だけど一緒にいればそんなことを常日頃考えてやるわけじゃない。

 同じ卵子を分け合ってなどいないのだからそれくらいに差異があるのに、双子。育った世界が同じで俺たちはその世界を分け合った、そんな双子なんだ。

 日周運動の二枚の鏡、それは光の屈折や光化学で太陽を観測する小型望遠鏡で鳥もUFOに変える。だからじっとしてていい。
 けれどそれほどの精度は絵画、油絵のモザイクのような曖昧なロマン、手の掛かるものだ、大人は、珍しい物に、そういう。

 俺は誰でもなくて、どこにもいない。幻で、だからここにいる理由なんて、でも、それはわかっている。

 ふぁっと、どれだけ堪えてもこうして嗚咽が漏れるのか。わからないんだ、いつだって。

「僕はどこにいる、どこにいればいい」

 子供の自分の耳鳴りがするようで、どうしようもないし、これはわからない反抗心かもしれない。

 本当は一卵性でも二卵性でもない、いやどちらでも良いけれど。

 あぁあああ、
 頭を掻き毟るほど、いや、なんだっていい、違う。

 衝動に近いものだった。掛かけている手提げ鞄を持ち一度照井の寝室へ戻ってケータイから充電器を抜く。朝8時30分。9時の講義などなんだっていい。大学に向かおうと迷いもしなかった。

 そのルーティンに、あぁ風呂入ろう気持ち悪いとシャワーも浴びた。

 行って何になるか、何もない。ただ、そう言えば照井が、運ばれた病院に源蔵と明日香が来たと言っていた。

 8時47分の時点で思い出して二人に連絡を入れる。
 即、既読がついた。じゃぁどこか、ラウンジにでもいろよと送った瞬間には既読がついている。

 どんだけアプリページ、開きっぱなんだよお前ら。まぁ良いけど、と家を出る。

 ほとんど、頭の中で何か言葉が俺の周りを不衛生に公転している。
 だから電車の雑踏に音楽を聴くのだけど、いちいちそれに感傷的だ。俺はいまなんだか豆腐メンタルというやつかもしれない。
 いや、単なる賢者タイムのような気もする。

 駅に着いた9時37分に、駅のコンビニでアーモンドチョコレートを買い込んだ。飯食ってないしなとぼんやりしていたらクランチもミルクも増えている。流石に鼻血が出るかもしれないけど。飲み物はココアがいい。俺はいつか糖尿病で死ぬかもしれない。

 そして鞄の奥からふと、多分陽が買ったのであろう期間限定と書かれた菓子が3つも出てきた。

 てりやきチキン味クッキー、4袋連なったポテトチップスのカスタードプリン味、これはどうやら何袋か知らんが食ったと見える切り口、は?わさび味チョコレート?

 恐ろしい。
 期間限定はわかるがなんだこの女子力のねぇチョイス。もっと他にもあるだろう、全然想像出来ねぇ。どれも少しずつ食った形跡があるのが凄く怖ぇ。

 いくらなんでもこんな物を食うのは俺の身体だろうよこの舌だろうよ、信じられない。こんな何で出来てるか理解し難いもん、ホントにどんな思いで陽は食ってるんだ、てか絶対不味いだろこれ。

 …見なかったことにしておこう。というか詫び入れに源蔵へ押し付けよう。

 さて、何を二人に話すべきなんだ。
 明日香も源蔵も俺のびょーきを知っているけれど、もう素直に「悪かったな」なのだろうか。何気にこのパターンは初じゃないのか?多分。

 …こんなヤツを普通の、普通?うん、普通の人間ならどう思うだろうか。本当でも嘘でもクソ面倒だろうにな。運ばれちまったら完璧に「マジでこいつ医学的にヤバかったんだ」になるよな。

 大学3年にして退学、留年にならなかったことの方が本当は異常か、気持ち悪い。
 俺たちはそこを多分、上手くやっていたんだ。というか、大学にバレただろうか。別にそれでも良いけれど、なんで学校行ってるかなんて今やコンパの為としか言いようがないし。言うなら天文以外に興味がないし。

 いつか大人になったら安定して社会に出よう。

 そんなゴミにもならねぇエゴで飯食ってる照井は一体なんなんだ。別にいいけど、本気でそう思ってるならお前の方が相当病気だよ。

 大学の門は随分見慣れている。そうか、見慣れている。漸く落ち着いてきたな。

 1階ラウンジには、俺の言いつけ通りに源蔵と明日香が丸テーブルの椅子に座って、なんだか親しげに話していた。

 なんとなく、だけど。
 暫く遠くで気付かれるまで、それを見ても良いかな、と思える光景だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

1019

7964tkn
恋愛
同性愛

その寵愛、仮初めにつき!

春瀬湖子
キャラ文芸
お天気雨。 別名、狐の嫁入りーー 珍しいな、なんて思いつつ家までの近道をしようと神社の鳥居をくぐった時、うっかり躓いて転んでしまった私の目の前に何故か突然狐耳の花嫁行列が現れる。 唖然として固まっている私を見た彼らは、結婚祝いの捧げだと言い出し、しかもそのまま生贄として捕まえようとしてきて……!? 「彼女、俺の恋人だから」 そんな時、私を助けてくれたのは狐耳の男の子ーーって、恋人って何ですか!? 次期領主のお狐様×あやかし世界に迷い込んだ女子大生の偽装恋人ラブコメです。

アルテミスデザイア ~Lunatic moon and silent bookmark~

海獺屋ぼの
現代文学
鴨川月子は日本一の歌手になりたかった。 幼い頃からずっと彼女はそんな願いを抱いていた。 幼なじみの健次と共に夢を追う月子。 果たして彼女は自身の夢と欲望を叶えることが出来るのだろうか?

雪の花

小槻みしろ
現代文学
秀子の兄の清作が、年の暮れに帰ってきた。孤独な日々を送っていた秀子は、数年振りの兄との再会に、いたく喜ぶ。 今夜だけは共にいられると兄は言い、二人は語らうが……。 ―――――― 凍えるような夜の日の短編です。 小説家になろう、エブリスタ、カクヨム、ノベルアップ+、NOVEL DAYSにも掲載しています。

扉の先のブックカフェ

ミドリ
現代文学
社会人四年目の月島マリは、お喋りが止まない同期の梨花の存在に悩まされていた。家族のいないマリにとっての癒やしスポット・ブックカフェ『ピート』の年上マスターと、偶然本屋で出会った同い年の大川健斗と過ごす憩いの時間に、やがて少しずつ変化が起きて――。 なろうでも掲載してます。

あなたがわたしを本気で愛せない理由は知っていましたが、まさかここまでとは思っていませんでした。

ふまさ
恋愛
「……き、きみのこと、嫌いになったわけじゃないんだ」  オーブリーが申し訳なさそうに切り出すと、待ってましたと言わんばかりに、マルヴィナが言葉を繋ぎはじめた。 「オーブリー様は、決してミラベル様を嫌っているわけではありません。それだけは、誤解なきよう」  ミラベルが、当然のように頭に大量の疑問符を浮かべる。けれど、ミラベルが待ったをかける暇を与えず、オーブリーが勢いのまま、続ける。 「そう、そうなんだ。だから、きみとの婚約を解消する気はないし、結婚する意思は変わらない。ただ、その……」 「……婚約を解消? なにを言っているの?」 「いや、だから。婚約を解消する気はなくて……っ」  オーブリーは一呼吸置いてから、意を決したように、マルヴィナの肩を抱き寄せた。 「子爵令嬢のマルヴィナ嬢を、あ、愛人としてぼくの傍に置くことを許してほしい」  ミラベルが愕然としたように、目を見開く。なんの冗談。口にしたいのに、声が出なかった。

妻と愛人と家族

春秋花壇
現代文学
4 愛は辛抱強く,親切です。愛は嫉妬しません。愛は自慢せず,思い上がらず, 5 下品な振る舞いをせず,自分のことばかり考えず,いら立ちません。愛は傷つけられても根に持ちません。 6 愛は不正を喜ばないで,真実を喜びます。 7 愛は全てのことに耐え,全てのことを信じ,全てのことを希望し,全てのことを忍耐します。 8 愛は決して絶えません。 コリント第一13章4~8節

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

処理中です...