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自転
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「無理することもないよ。俺はそういう医者だから」
さっぱりと言った先生は、そうやって手を引いては私を組敷くのだけど。
少し見つめて私が目を閉じれば、髪を撫でてお皿を片しに行ってしまうような、そんな人。
私はこんなとき、いっそどうして女だったのだろうと胸で考える。
私は先生が好きだけど、先生はそれだけの人で、考えは胸に突き刺さるナイフと痙攣して血を流すような、そんな現象と言うだけで。
愛するには遠い、離れるには近い。
起き上がることなく手首を見つめてみれば「陽、」と、リビングの流しの先生なのか、それとも胸から流れた鮮血なのか、触れられた耳の奥から頭に響いて痙攣してしまうようで。
一生このまま苦しいのかな。
泣きたくなる手前で目を閉じてみる。夢の近くにある何かに引っ張られてしまいたい。また、眩暈のような甘い吐き気のような、暗闇が訪れようとしている。
眠いのかもしれない。
私は何を持っているんだろう、この、傷だらけの──
泣いている気がした。
慣れた、ことだった。
これを潮汐破壊と言うのだろうかと目を開けた先、リビングのLEDライトが直に頭痛に繋がった。
この状況に頭に来るが、まだ耳鳴りがする、前頭葉辺りにヒステリックな痛みを伴うのだが破壊的な衝動で起き上がれば「ハル?」と間抜けな甘ったるい声がしたことに反吐が出そうだった。
ゆっくりと血液が止まるような、そんな感じで。
「てめぇ何しやがった照井、」
ドスの利いた声とは俺のこの掠れた喋りにくい喉詰まりの事か。
ゲロ吐きそうな無性な頭痛に顔をしかめたところで物質強度を無視する俺は臨界の衛生軌道半径を越えていないと起き上がる。
流しから見下ろすようにこちらを見ている間抜け面の精神科医を睨めば「悠、」と漸く俺に気付いたようだった。
「…久しぶりに会えたと思ったのにな」
「殺されてぇかクソ野郎」
「そんな元気ないくせに」
「一日近くは寝たからな、てめぇの予想以上には体力あるんだよ、この変態野郎」
「…やれやれ」
変態野郎、主治医の照井永一はどーしょも無さそうに流しの音を止め、リビングに戻って来て俺に手を差しのべるが、俺はその手を引っ張り体制を崩した野郎に「強姦でサツ呼ぶぞこの発情期野郎が」と言い捨てた。
照井は反射的に右手をつくが、付き方は悪そうだ、少し捻ったようで「痛っ、」と呟いた。
「…あぶなっ、」
「…てめ、ハルに何したって、聞いてんだよおい、」
その体制のまま照井の股間を膝でぐりぐりとやれば「やめろっつーの、違うから、」と情けない声をあげた。
「この状況で説得力皆無だろこのロリコンが、」
「落ち着けってば、」
「落ち付けじゃねぇんだよ、現にハルは引っ込んじまっただろうがよ、あぁ!?」
最早股間を蹴り上げる勢いでいけば「痛い痛い痛い痛い!」と、漸く俺から離れた照井は泣きそうだった。
「過保護だな全く…マジで違うからね、なんなのホント、」
「だぁからっ、」
「押し倒したのは認める、君がこんなんだから何も出来やしないでしょうが!」
「あたりめぇだろぶっ殺すぞてめぇ」
「あ~…も~…。
まぁいいや落ち着いて。ちゃんとお薬もあげるしハルとはなんもなかった!
ちょっと水取って来てあげるから。君にも聞きたいこと山程あるからな今日は」
「はぁ?」
まぁ大方わかってる。
今朝、突然人格が交代しちまった事だろうとは思う。
これは不安定で、じんわりと血液が巡るような、そんな昼夜逆転のような生理現象でしかないんだよ。
照井は一旦俺から離れ、冷蔵庫から水を取ってきて、テキトーにポケットから処方薬を出した。
確かに、まずはこの興奮状態で血管が逝っちまいそうな状況を打破しよう。腹立ちすぎて微妙に息が上がってるし。
水だけ奪い取ってガバ飲みしたが、思った以上に喉は動かなかった。わりと首筋を伝ってニットの襟を濡らした俺に「あーあーあー、」と、照井は保護者のように、だがオーバーなリアクションを取った。
「…行儀悪い子」
「…るっ、さいんだよっ、」
「はいはい…」
照井はソファの側にあった自分の鞄から薬を取り出し、水と共に口に含んだ。
後頭部はわりと荒く掴まれた。だがゆっくり静かに薬と水を口移しされるが、それも腹立たしいので薬を乗せたその舌は噛んでやる。わりとすぐに引っ込めては「いはっ、」と後頭部を掴んでいた手も離された。
「調子こいて舌入れてくるバカいるか、おい」
「どうせ慣れてんじゃん…」
「うるせぇな、マジで。お前これハルにやってたら」
「はいはーい。俺は何回殺人予告を受けるんですか。いい加減にして」
ふざけた調子で降参のポーズをした照井に「ったく、」とこちらが一歩引く。
わかっている。こいつには甲斐性がない。
慣れたことだった。
さっぱりと言った先生は、そうやって手を引いては私を組敷くのだけど。
少し見つめて私が目を閉じれば、髪を撫でてお皿を片しに行ってしまうような、そんな人。
私はこんなとき、いっそどうして女だったのだろうと胸で考える。
私は先生が好きだけど、先生はそれだけの人で、考えは胸に突き刺さるナイフと痙攣して血を流すような、そんな現象と言うだけで。
愛するには遠い、離れるには近い。
起き上がることなく手首を見つめてみれば「陽、」と、リビングの流しの先生なのか、それとも胸から流れた鮮血なのか、触れられた耳の奥から頭に響いて痙攣してしまうようで。
一生このまま苦しいのかな。
泣きたくなる手前で目を閉じてみる。夢の近くにある何かに引っ張られてしまいたい。また、眩暈のような甘い吐き気のような、暗闇が訪れようとしている。
眠いのかもしれない。
私は何を持っているんだろう、この、傷だらけの──
泣いている気がした。
慣れた、ことだった。
これを潮汐破壊と言うのだろうかと目を開けた先、リビングのLEDライトが直に頭痛に繋がった。
この状況に頭に来るが、まだ耳鳴りがする、前頭葉辺りにヒステリックな痛みを伴うのだが破壊的な衝動で起き上がれば「ハル?」と間抜けな甘ったるい声がしたことに反吐が出そうだった。
ゆっくりと血液が止まるような、そんな感じで。
「てめぇ何しやがった照井、」
ドスの利いた声とは俺のこの掠れた喋りにくい喉詰まりの事か。
ゲロ吐きそうな無性な頭痛に顔をしかめたところで物質強度を無視する俺は臨界の衛生軌道半径を越えていないと起き上がる。
流しから見下ろすようにこちらを見ている間抜け面の精神科医を睨めば「悠、」と漸く俺に気付いたようだった。
「…久しぶりに会えたと思ったのにな」
「殺されてぇかクソ野郎」
「そんな元気ないくせに」
「一日近くは寝たからな、てめぇの予想以上には体力あるんだよ、この変態野郎」
「…やれやれ」
変態野郎、主治医の照井永一はどーしょも無さそうに流しの音を止め、リビングに戻って来て俺に手を差しのべるが、俺はその手を引っ張り体制を崩した野郎に「強姦でサツ呼ぶぞこの発情期野郎が」と言い捨てた。
照井は反射的に右手をつくが、付き方は悪そうだ、少し捻ったようで「痛っ、」と呟いた。
「…あぶなっ、」
「…てめ、ハルに何したって、聞いてんだよおい、」
その体制のまま照井の股間を膝でぐりぐりとやれば「やめろっつーの、違うから、」と情けない声をあげた。
「この状況で説得力皆無だろこのロリコンが、」
「落ち着けってば、」
「落ち付けじゃねぇんだよ、現にハルは引っ込んじまっただろうがよ、あぁ!?」
最早股間を蹴り上げる勢いでいけば「痛い痛い痛い痛い!」と、漸く俺から離れた照井は泣きそうだった。
「過保護だな全く…マジで違うからね、なんなのホント、」
「だぁからっ、」
「押し倒したのは認める、君がこんなんだから何も出来やしないでしょうが!」
「あたりめぇだろぶっ殺すぞてめぇ」
「あ~…も~…。
まぁいいや落ち着いて。ちゃんとお薬もあげるしハルとはなんもなかった!
ちょっと水取って来てあげるから。君にも聞きたいこと山程あるからな今日は」
「はぁ?」
まぁ大方わかってる。
今朝、突然人格が交代しちまった事だろうとは思う。
これは不安定で、じんわりと血液が巡るような、そんな昼夜逆転のような生理現象でしかないんだよ。
照井は一旦俺から離れ、冷蔵庫から水を取ってきて、テキトーにポケットから処方薬を出した。
確かに、まずはこの興奮状態で血管が逝っちまいそうな状況を打破しよう。腹立ちすぎて微妙に息が上がってるし。
水だけ奪い取ってガバ飲みしたが、思った以上に喉は動かなかった。わりと首筋を伝ってニットの襟を濡らした俺に「あーあーあー、」と、照井は保護者のように、だがオーバーなリアクションを取った。
「…行儀悪い子」
「…るっ、さいんだよっ、」
「はいはい…」
照井はソファの側にあった自分の鞄から薬を取り出し、水と共に口に含んだ。
後頭部はわりと荒く掴まれた。だがゆっくり静かに薬と水を口移しされるが、それも腹立たしいので薬を乗せたその舌は噛んでやる。わりとすぐに引っ込めては「いはっ、」と後頭部を掴んでいた手も離された。
「調子こいて舌入れてくるバカいるか、おい」
「どうせ慣れてんじゃん…」
「うるせぇな、マジで。お前これハルにやってたら」
「はいはーい。俺は何回殺人予告を受けるんですか。いい加減にして」
ふざけた調子で降参のポーズをした照井に「ったく、」とこちらが一歩引く。
わかっている。こいつには甲斐性がない。
慣れたことだった。
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