アルカロイド

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
44 / 73
θ

1

しおりを挟む
 小学校が見える。

 この先僕は、お母さんはどうなってしまうのだろうとぼんやり、アスファルトばかりを見ていた小学生の頃が晴れたこの道を歩いていく気がしている、少し開けた窓に外の匂いとタバコに火をつけた音。

 車通りはあるけれど、景色は静かにシャットダウンされ、止まっている気がする時速70kmはまだ止まりそうにない。流星のように走っている。

 もし本当にこの世界が終わるのならば、母と、カタツムリのように縮こまって宇宙の屑になりたいと思った1999年。

 その時そうか、何歳だったんだろう、生まれていたのだろうかと、楓の車に意識が戻ったとき、丁度真麻の「コンビにねぇなぁ…」と言うぼやきが聞こえた。

 窓の景色から振り返ると真麻の咥えた紫煙は細く、緩んだ糸のように窓の外へ吸い込まれていくように見える。
 タバコを挟む指やその掌が大きく見える。

「そろそろ高速入りそうなんだけどなぁ」
「さっき寄っとけばよかったね」
「あったっけ」
「うーんと確かセブン」
「あー、あったかも、ちょっと前かな?あれから…5?キロか全然ないんだけど、困ったな」
「そんなに前だっけ」

 信号で停まって真麻がふと楓を見てにやりと笑った。

「曲がればありそうだ」

 とナビを見て真麻は言った。

 知らない町の名前だなと、ナビの下の方に表示された町の名前にぼんやりと楓は思う。縁もゆかりもない町。

「ここしかなさそうだし、うーん次に左かな」
「そうだね」
「小腹すいてない?あっちついたらなんか食おうか、買って行こうか、」
「んー、お昼はまぁ何かあるよ」

 不思議な感覚だった。
 信号は青に代わり、車はまた走り出す。
 いま自分は、故郷だが縁もゆかりもない場所に向かっている。
 変な感覚だった。

 楓の心はどうにも青ざめそうな、少し遠くからその事実を眺めるような心境。ここも少しは都会から遠ざかった場所で、やはり思ったよりは交通だとか、そんなものも不便に感じる。

 あまり車にも乗らないせいか、真麻も、出発時には不馴れにナビを設定していた。時間も見当がつかないようで、結局長く高速に乗るルートにまんまと乗せられてしまったらしい。

 最近赤に×がうっすら見える。

 電車でいいのではないかと、始めに楓は真麻に提案したが、「小旅行みたいだな」と言ってくれた眼に見えた優しさにすら、一線は置いてしまった気がしている。
 本当は、真麻だっていくらか不安や予想のつかない気持ちに対峙している筈なのに。

 いくら真麻を横目で覗いても、彼は家を出る前からずっと、どこか愉快そうな雰囲気だった。
 楓本人はどうにもうだつが上がらなそうだというのに。こんな時に気持ちの体格差を垣間見る。

 楓の母は、…父は一体どちら寄りの気持ちなのだろうか。そんな不安すら真麻には読み取れる気がしている。自分はどこまでも、これに関しては本来客人であり他人なのだ。考えられることなど恋人の、レム睡眠のようなそぞろの気持ちだろうか。物思いに流れる景色を眺め静かな楓を眺める。

 コンビニの駐車場で目が合う。

 楓は深さを殺すような視線で、それは水流を眺めるようなものに近い。
 真麻は薄く笑うようで、優しさを深みに嵌まらせた表情でふと楓の髪を少し撫でた。

 一息吐くことすら、安堵か不安か、しかし互いに名を呼ぶ声は喉に流し込んでしまう。

「…暫くコンビニはないだろうから」
「…そうだね」

 二人で車を降りて、休憩やトイレや買い物を済ませる。
 車に戻ろうかで、何も言わずにわりとあっさりと手を繋いでくれた真麻に心強さがあった。本当は自分が手を取るべきだったのではないかと楓は思うのだが、真麻は本当に、自然だった。

 車に乗り運転を再開すると真麻は「海があるなぁ」と、言葉足らずにそう言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...