アルカロイド

二色燕𠀋

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水びたしの日に

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 ラーメン屋を出てから「そろそろかなぁ、家」と、真麻はあたりをキョロキョロして楓の家を目指して。

「そうだね多分」

 ラーメン屋付近ですら楓の家の近所、通り道ではあった。

 ふと思い出して、「あのさ」と真麻に問いかけたときに車はかちかち鳴り始め、低速になった。
 夕飯くらいの時間にはなったかもしれない。東京でも1本入れば人もあまり通らないような場所。そんなところに楓は住んでいる。

 21時頃にここへ訪れることもなかった真麻には初めて来たような、とにかく印象はがらりと変わった楓の家付近に「果たしてここだっただろうか」とよぎる。
 きっとそうなのだろうと汲み取った楓が「その道に入って公園があるから」と、助言をしてみて。

「駐車場は路駐でいいんじゃない?すぐそこだし」
「確かに切符すら切られなそうだね」

 楓の助言に従った真麻は車を公園の横に停めシートベルトを外した。
 さて行こう、としてみる中で、楓がシートベルトを握ったまま動かずに前を見ていることに真麻は気が付いた。

「ん?どしたの」

 その呼び掛けに楓が視線を真麻に移す。

 何か言おうというのか、考え事をしているのか、視線だけは合わせてくれたのだが、浮かない表情。

「…なんだか、」

 どうしてだろうか、家に帰りたくないような気がしていた。

「ん?」
「…君はさ」
「真麻です」
「…マーサくんはさ。まぁ、何度も、何度も俺の家に来て…日用品を持ってきてくれて、きっと洗濯までしてくれたんだろうと」
「まぁ、そうだね」
「…どして?」

 表情を崩した。
 楓の表情はどうしてか、泣きそうなような、とにかく眉は潜めたようで。

「そりゃぁそうでしょ」
「なんでって」
「あんたは関わりがあった人間が目の前で死にかけたらどうする?」

 そんな。

「…ほっとく」
「あっそう。まぁ俺は無理かもそれ」
「どうして」
「関わりがあったからだよ。しかも、一回にしろヤっちゃってるしな」
「その程度でいちいち人の世話なんてするの?」
「何?するけど、したけど」
「…大変だね、」
「ああホントにな。お節介だろうけどね」
「そうだね」
「仕方ないじゃん」

 ほっとけるわけがないだろう。
 こんな、悲しい人を。

 俯く楓に街頭が少しだけ射して、それで震えているように見える。あんたは凍えているんだろう、ただそれだけだけど。

「俺ってそうやって友達無くすタイプなんだよ」
「…え?」

 顔をあげたその人は純粋そうな目をしていると感じた。

「笑えないけどね。ていの良いやつなんだよ」
「…体の良いやつ?」
「うん。長続きとかまずないし、なんとなく自分でもわかる。こんな自己満利己主義、自分でも笑えるくらいにどうしょもねぇと思うよ」
「…そうだね」
「あのね、ある日突然知り合いがバイクで死んだのを思い出したんだよ」

 ふと浮かんでくるものが言葉になる。

 思い出すこともほとんどなかったような、いや、毎日持ち歩いていた日用品のような気もした。メタフィジックに近いそれに、混乱の冷えた意識が働いて行く。

「ある日突然、葬式に行ったんだよ」
「…なに、それ」
「けど、まぁ。あんたにそいつを重ねたわけでもないな。それほどお綺麗にも出来ていないが、なんか今思い出したんで」
「どう答えろって言うの」
「ホントだよな」

 真麻はやっぱり、年下の笑みを浮かべるのだった。

 頭に、灰色が広がっていくのを感じた。そこにはベットで唖然としている自分と、取り乱すような母親がいる。
 エチゾラムのような視界の、狭さ。自分が飲みすぎた薬は世界を一気にダルくし壊死させた。

「特に深い仲でもなくてさ」

 胸に切なく麻酔を掛ける。

「だけど、生々しくてさ」
「生々しい…」

 それは自分がその日に見た両手と、母親がリビングで薬を転がして酒臭く突っ伏していた背中の感情を思い出させる。
 どれほど世界を嫌いになってしまったのだろうかと今、唖然としたような気がしてしまう。

「あんたにもある?」

 楓はそれに答えなかった。
 その真麻の何事もない声色に何故だかほ
っとする自分がいた。

 この自傷はとっくに血塗れだったじゃないか、言葉はすべて消え失せていく。ただ、そうただ。
 脳が、思考の停止を始めたとき。

 楓の視界を過り真麻は食むように楓にキスをしすぐに離れてしまった。

 そうただ、汚れていたいだけなんだ。

 何か落とした気がしたけれど、見つけたその手でまだ近くの真麻の項に手を伸ばし、キスをして汚してしまうほどかと舌を滑らせる。絡んで、少しそうして目が合ったのは、優しかった。

 「…すぐそこでしょ」と魘されそうに微笑む真麻の背に腕まで回して「せめて後ろは?」にも答えない。
 楓はシートを倒したのだがふと真麻が離れ、「待った」を掛けた。

「…この車ローションもゴムもなんもねぇや」

 その申し出に楓はぽかんとするだけだった。

 流されてしまわない優しさなのか、強さなのか。結局この男は自分を流れから引き上げたんだと思い出したら「ふはっ、」と笑わずにはいられなかった。
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