アルカロイド

二色燕𠀋

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水びたしの日に

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 道路を眺めてハンドルを切る年下はどうにも、いままでに楓が対処してきた他人と勝手が違っている。
 「あれ、一本間違えたか」と呟き咥えたタバコが上下する景色に「多分そう」と楓が答えてまた目がちらりと合い混じった。

 彼はどうも寂しそうな瞳の色で、彼はどうも純粋な瞳の色をしている。
 楓の微かな笑みのような暖かい表情筋と、真麻の悟るようで純粋な大人の表情が行き交う。
 なんだか、不思議な気分だった。

「ぐるっとまわるか…」
「戻ってみたら?」
「うーん、出来るならそうしたいんだけどね」
「ここは右折は禁止なの?」
「ははっ、」

 柔らかい笑みを見せたことは、年下を感じさせる。

「…運転しない人?」
「まぁ、出来ないと言うか…」
「ん?」
「飲み薬の関係で」
「あー、そうなのね」
「…まぁ、」
「東京ならそんなもんでも生きていけるって言うよね」

 やはりそうか。
 真麻に出身地くらいまで知られてしまったのかもしれない。

「…確かにね」
「あ、そういや悪かったね。お母さんにさ」
「あー…。まぁ、うーん」
「嫌だった?」
「…ごめん、あんまり覚えてないんだよね。けど…なんとなくバレたのかなとは思うけど」
「まぁそうね。取り敢えず俺は現在のあんたの恋人」
「あぁ、そう。なんで」
「わかんねぇけど最善でしょ。薬はバレなかったからある意味杞憂だけどさ」
「…そうまで考えたの、君」
「真麻。真麻勝成」
「…真実に大麻の麻だっけ。マーサくん。そんなこと、なんでしたかな」
「…あん…うーん志波さん?まぁ道徳だね、俺ゆとりだし」
「よくわからないけどそれ」
「俺も正直よくわからないけどね」

 そう平然と言うゆとりに「ふふっ…」笑えてきた、徐々に、鳩尾を押されるように。

「ふふふ…はははっ…!」
「そんなにおもしろかったかな」

 「ふふふふふ…」と一人腹を抱えて笑い始めた楓に、流石にもう薬は抜けただろうが、と真麻は考える。
 そしてあの熱く解け合ってしまったような、濃厚な時間が頭に流れてくる。思い出しては少し疼いてきてしまう。

「引き返すならいまだよ、マーサくん」

 笑っていたままの余韻で楓はそう言うのだった。

「うーん、出来なそうだからやっぱりぐるっと」
「大学生なんだし、遊びたい盛りではあるよね」
「…何?」

 少し声が低くなった。

 少し自虐的なような、諦めのようなマイナス視点で楓は真麻を見つめてしまっていると気付くけど。

「どうだった?」
「…何がよ」
「この界隈も悪くはないでしょ。刺激はあるだろうけど」

 あぁそうかい。

 溜め息をそのまま出し、「そうだね」と真麻は答えた。

「まぁその刺激もトラウマになっちゃったかもとは、思ってるけど」
「…そうだね、ホントにそうだ」
「大学最後の記念に寝覚めが悪くて」
「志波さん」

 まごまごと、言いたいことがぼやけている。

 徐々に徐々にナイフで薄い傷を何個もつけられているようで真麻には敵わない。リストカットの心理はもしかしてこんなものかもしれないと、「あんた、初体験っていつだった?」と聞いてみた。

「…男?女?」
「どっちも聞いてみようかな」
「…まぁ、どっちも高校だけどね」
「そうか。俺は女の子で、高校」

 さっきと同じ道に着いた。一本手前で「間もなく、左方向です」とカーナビが鳴る。

「突然どうして?」
「さぁ…、まぁ彼女と別れて飲んだくれてんのよね、最近。あんたが言うとおりちょっとした好奇心もあるのかもしれないし、」
「そうじゃなくてさ。突然どうして初体験だなんて聞くの」

 少しだけ楓の声の温度が上がる。自分でも気付いた。
 様子を伺うような真麻の空気のなか、なんだかこの年下がふと、笑ったような気がした。

「意外と素直な人だね、志波さん」
「あまり言われないけど」
「そうなんだ。みんなあまり見てないんだね」

 何故だかその、ふんわりと優しい口調の一言に、刺されたような気がした。

「…からかってる?」
「あっ!」

 車体が揺れた。
 横入りされたようだった。

「あ、ごめん大丈夫?」
「ん、」
「あぶねぇ、え、なんだよこの車信じられない。普通入ってくるか」
「わかんないけど多分入って来ない思う」
「だよねぇ。悪いねぶつけてない?」
「ん、大丈夫」

 赤信号で少し待つ。前の紺色の軽自動車は確かに隣車線にも及んでいる。よくぶつからなかったものだとオレンジと黄色のマークを眺める。

 青信号に変わり、軽が自然に車線に入った頃、「からかってないよ」と真麻は前方を眺めて言う。

「まぁ、一緒に行ったやつに言われたけどね。ノンケが行ったらそーゆー価値観かもって」
「じゃぁ、わかってはいるんだね」
「冗談で抱けるもんでもない気がするよ」
「そうでもないよ」
「冗談で抱かれてたわけ?」
「見たでしょ君は」
「あぁまぁね。冗談にしては大学生より酷いもんだねあんた」

 年下に黙るしかない。
 すぐに真麻は「攻めてる訳じゃない」と訂正を入れてきた。

「俺もさ迷ってたからさ」
「セクシャリティを?」
「そう。友人にもいるし、なんだか…なんでさ迷ってるのかはイマイチわからないけど、イマイチわからない時点でそうなのかもってさ。普通に「可愛いな」とか思う同性もいるし」
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