アルカロイド

二色燕𠀋

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迷睡

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 「じゃぁ、入ってくるね」と、夕飯後の楓が、心なしか明るい気がした。
 気持ちが一緒だと良いなぁ、だなんて考えて、皿洗いは引き受けて。

 楓が風呂から上がるまではそわそわしっぱなしで。というか気がそぞろでしかなく。どうしても思い出してしまうから、それと近付いて来れば来るほど顔なんて見られなかったんだけど、もやっとしたって風呂で一人、一回抜いた。懐古にはどうしてもあの日最高潮だった楓の薄笑いが存在するからだ。

 だってそれは。
 多分、灰のようなもので溺れていて。
 錯乱に飛び降りた浅い川の音が切なく耳に降るようで。

 自分のことなんて正直いまだにわかっていないが、はっきりと「失いたくないな」と思ったから、擦れて頭がぼやけた楓の背中を追ったのだ。誰も追わなかったふらっふらの、あの背中を。

 これだけは、自分のしてきたことの中で唯一肯定が出来る。だが、これは捨ててしまいたい過去であり大切な扉でもある。

 悲しいとも感じるのに、実際身体は言うことを聴いてくれるものでもない。あれが虚像なら、幻覚ならいいのになと、射精後の賢者タイムに思うのだ。もう少し自然に会いたかったよと、そう迫ってくる。

 けど割りきるしかない。そう、そんなことは遠い。過去にあったことだ。実際エゴだろうがなんだろうが俺はいま自然に楓を好きでいられる。これが受け入れた、ということかも知れなくて。なんだっていいよ、そう落ち着いて風呂から出る。

 俺は秘湯の答えを、そうだなぁ、当たるか、聞いてやらねばならない。カレーだって美味かったよと、伝えなければ。そう思えて、こんなときは漸く向き合える。時間が掛かるのだ。

 けど、笑っちゃうほど迷いなんて一瞬で終わってしまうのは過去もいまも変わらない。

 単純にもそれほど考えたくせに、テレビを見て俺を待っていた、ソファーに座る楓に安心してしまうのだ。

 振り向いた楓が、きっと答えを言おうとして、だけど俯き加減に少し色があるのに我慢が少し外れてしまう。

 「…真麻、あのさ、」ソファー越しに抱き締めた肩も薄い。
 シャンプーの匂い。同じものなのに、静かに息を感じてそれが酷く甘くなる。

湯布院ゆふいん…?」
「ハズレ」

 成分や効果なんて目に見えないんだけど。

 目に見えないものに、実態を感じる暖かさ。耳元から、心許ない首筋に唇だとか、舌だとかで痺れを誘おうとしたのだけど、一度離れて「真麻、」と舌足らずに、息が続くか続かないか、酸欠にしては甘かったそれから隠れるように目を伏せた楓が愛しい。

 酷く陶酔するこの脳内物質はなんというのか。アルカロイド。コーヒーやタバコ、麻薬と変わらないこれに酷く痺れてしまう。

 捕まえていてよかった、そう思った自意識の上で「ベット行こうか」と提案する。自分でも蒸せそうな、甘いコーヒーのような声だった。
 聞き入れた楓は俺の首に手を回し、年上とは思えない破顔に変わって「姫様だっこ」と、そうねだった。

「えぇ?」

 楽しい。

「一度くらい、されてみたいかなって。真麻は力持ちだし」
「…出来るかなぁ、」

 「どうかな、」と笑う楓は確かに、悲しいほど俺なんかより軽い、いつでもベットでは持ち上げてしまえるほどに。

 首筋に熱い息がぴったりと掛かる。
 「ちゃんと捕まってろよ、」という瞬間の自分は甘く酔っていて、楽しくて、膝を折り曲げて腰を浮かしたような楓を持ち上げるのも、容易とまでは行かないが、思った以上には楽だった。

 「凄い、」と楽しそうに驚くけれど「舌噛んじゃうから喋らない、」と注意するのがやっとで、ちゃんとベットに寝せられたか、落としてはいないか、まぁ、乱暴でも結局は跨がっている自分に一度笑ってしまった。

 「ふふふっ、はは、」と組み敷いた楓は楽しそうだった。

「よく考えたらさ、入院中、持ち上げたことくらいあったよな、俺」
「あれはまた、なんと言うか違うでしょ」
「そうなんだけどさ。意外と楽なような…、でもここまで持ってくるのほら腕見てよ、ぷるぷるしてる」

 だからもう、支えるのは止めて上に寝てやった。
 「あはは、」と言いながら、頭を撫で、「真麻、」と、耳元が熱かった。

 耳朶を甘咬みされるのが溶けそうだ。
 顔を見れば欲が見える潤んだ綺麗な瞳で俺を待っている。網膜はもう溺れているとわかれば、楓の左手を絡めて下唇を舐め、少し開いた口から舌を絡め、口内を犯していくのが堪らなくなった。辛うじて、けどはっきり自由な右手が俺の股間を触るのも、酷く脳を陶酔させる。

 息苦しくなれば互いの目的はひとつだ。君とセックスがしたい、それ一色。俺が首筋を舐めるのに「んー、」と甘くなりながら、俺より一回りほど小さな掌が容赦なくパンツに侵入し緩くしごかれる。

 楓が嬉しそうなのが幸せだと感じた。

 甘くベタベタにしてやりたいからお前も焦らすんだろ、と少しシャツに手を入れただけで、鳥肌が立ってしまったこの滑らかなものが好きだ。傷は付けたくないけれど、もっと見てやりたいと胸に少し爪を立てると息を止めてしまうから、キスをして、動きやめた股間は自分で解放して、そして楓のズボンもスルッと逃がして。

 ちょっと引っ掛かるのが焦れったい。

 同じような興奮があるのだと、それだけで息が出ていく。味わっていたい、耳元から首筋から鎖骨、肩だって。

 「くすぐったい」と、猫を撫でるように髭に触る楓に少し気になるのだけど、仄かに微笑む顔に意地悪もしたくなる。
 どこか虚ろで静かに熱い息を吐く恋人は確かに年上だった。曇り硝子のような吐息の中で、左の脇腹、腰の辺りの筋に黒子を一つ新たに、発見した。

「あっ、」
「…ん?」
「ここ、黒子あるよ、楓」
「…俺もいま、真麻の、ここと、」

 肩から、焦れったく滑るその手は熱かった。肩甲骨辺りで「確かここ、」と楓が言う。

「それは楓にしか、見つけられないねぇ」
「でも…知らなかった」
「あとは、」

 答え合わせは終わらない。
 太股の内側にある黒子。それを甘噛みすると「絶対、ない、でしょ、」と楓の息が切れてくる。
 のに。

「あるんだよ、楓。見えないだろ?」

 答え合わせは、どうでも良いかもしれない。
 泣いても、笑っても。
 麻薬なんてなくたって、充分気持ちよくて幸せなんだよと、受け入れた俺と包み込んでくれる熱さに、ぐちゃぐちゃに掻き乱される。

 その目も、声も、息も、記憶も、傷も、これからも。充分。
 陶酔して混乱するように。

 手を取って、「楓、」と呼べばそれで出会える。バカじゃないの?そう、俺も外れちゃってるからね。お前の熱さも逃がしてあげるよと手に取って味わえば、息が止まったような楓の呼吸が甘く、苦かった。
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