アルカロイド

二色燕𠀋

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月に痙攣

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「…志波は一体どうして地元を離れたの?」
「ん?」
「その…、病気?」

 そんな素振りは少なくても中学まではなかったような気がする。
 詳しい間柄ではないけれど、多分志波は極普通の………そう言えば転校生で。
 活発かどうか、大人しかったのかもしれないが、俺には隣の席でもクラスでも、なんとなく目に入る存在だったんだ。

 薬品が血液を、目に見えないほどにゆっくりと押し戻しているようだ。少しだけ血はチューブから、志波の体内に戻ったような気がしなくもない。

「いや、これは確か…、いつだったかな。思い返したらわからないけど、はっきりとしているのは地元を出てからだよ」

 混じって、薄くなる血液に気まずい。

 志波は何事もなさそうに話すが、何かは考えたのかもしれない、懐古だとか、そんな目に見えないものかもしれない。
 はっきりしない空中を掴んでは、また少しはっきりと笑った。

「そうなんだ」
「多分作田くんや見崎くんと変わらず、高校卒業で家を出たよ」
「見崎が、その…」

 志波が高校最後あたり、休学していたような気がすると言っていたのを思い出した。

「作田くんはじゃぁ、俺の黒歴史を知ってるね?」

 しかし話題転換は濁りのない笑顔で「俺のオカマ時代」とあっさりと言った。
 その話題には「えっ、」と俺が息を止めるように驚くばかりだ。

「あ、知らなかった?」
「え、いや、」

 それは志波に会うのに頭を過り、一瞬で蓋をして持ってきたものだった。

 志波はいまよりもう少し、フェミニンな印象だった。
 それだけで少し、居心地が悪かっただろう環境はふとして出来る。多分…いや、何故だったんだろう。

「あ、やっぱり覚えてるんだ」

 いかにもさっぱりと、本当に過去として終わったことなんだと感じるほど、志波はあっさり笑っていた。

 小学生の頃。
 そうだ。

 声を荒げるも弱々しかった、震えた声で溢れてくる涙をずっと、ずっと拭って、リーダー格の…ぽっちゃりしたガキ大将のような男子に一人対峙し、そのまま教室を出て行ってしまった志波を思い出す。
 同時に気まずさも思い出した。

「俺ですらなんか記憶に薄いからなぁ。他人には余計だよね」

 他人。

「…思い出した、」
「はは、じゃぁ言わない方がよかったかな」

 志波はからかわれてからずっと、居心地が悪そうだった。
 それは中学にも、もしかすると持ち越されたのもしれない。誰かが言えばまわりが出てくる。そうやってあっという間に狭い空間は出来上がる。

 だけど本当はあの時だって、逆流を止める者がいればよかった。
 俺はそんな志波をどう考えていただろう。俺はこうして心にどこか引っかけて。

 何が、言えなかったんだろう。

 個室のドアが開いた。
 志波が来訪者を見て「あぁ、マーサ」と自然な笑みを向ける。

 今まで俺に向けられたものが、どうしたって嘘だったんだと見せつけられる。
 圧倒されるほどにその志波の笑顔は自然で嬉しそうだった。
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