雨はやむ、またしばし

二色燕𠀋

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 玄関が開く音がする。
 物音があまりしない、すぐに千香だとわかった。

 そっと「ただいま…」と言った千香は立ち尽くしたらしい。
 灯はソファベッドから顔を覗かせ「お帰りなさい、千香さん」と言ってみた。

「……灯ちゃん!?」
「お邪魔してまーす。マネージャー兼ドライバーの桜木と申します」

 驚愕、と言った表情の千香に桜木は「寒かったっしょ?紅茶入れるね」と、まるで家主のような態度で千香を隣に促すが、千香は何も言えなくなっていた。

 千香はぎこちない態度で灯の様子を見て「灯ちゃん…」と心配そうだった。

「びっくりさせちゃってごめんね」
「ううん…いいんだけどお…、お金は、今、ありません…!」

 震える声でそう桜木を威嚇した千香に「ごめん、ホントにこの人ドライバーだから、」と言っておく。

「俺からもごめん。突然で驚くかもとは思ったんだけど許して」

 そう言って普通に千香のカップに湯を注いだ桜木は「まぁ、座って」と、どこまでもマイペースだった。

 千香は俯き桜木から、人一人分ほど離れて座り、「灯ちゃん、どうしたんですか、」と泣きそうになっていた。

「あぁ、大丈夫風邪だから。送迎から俺ん家に連れ込んだんだけど帰るって聞かなくて」
「………、」
「触りの状況説明したから話進めるね」

 桜木が急にそんなことを言い出した。

 なんだ?と灯も、千香もまじまじと桜木を見つめればまず、「あ、タバコいい?」と、今更ちゃんと確認を取っている。

「…あんまり良くない、」
「嫌いかどうか」
「別に…」
「よかった」

 遠慮なく火をつけ「まず君のことだけど」と桜木は言い、鞄から、明らかに金が入ってそうな封筒を取り出し、千香に渡した。

「………?」
「確認して。50万あるから」
「…え?」
「世の中の引っ越しはそれくらいあれば出来る。
 借金かなんかの懸念してるっぽいけど、兄貴のでしょ?薄々気付いているかもしれないけど、そんなのはただの遊びすぎってだけだから。
 そりゃ経営者だから瞬間的に7桁単位の借金が出来ることは多々あるけど、経営ってそういう仕組みだからね?ちなみにウチはわりと黒字の店ね」
「え、何?」
「つまり君が心配すんのはバカらしいって話」
「…それで?」

 当たり前だが、千香はあくまで疑念の目を桜木に向けている。
 封筒も、まるで恐ろしい、と言いたげにテーブルに置いて手を引っ込めた。

「そろそろ考え時だったのかなと思って。だから、それでまずは俺が君を買う」
「…こんなの、」
「何回分だろうなぁ。
 あんたさ、流石にこの先のことも考えるだろ?だから一回俺ん家来ていいよ。仕事探して、引っ越し先考えるとか、そんなんで」
「…なんであんたが」
「ここからが本題、俺の仕事の。灯ちゃん、水曜にはAV会社に売られんだよね」

 やっぱりか。
 しかしどう繋がった?

「…へ!?」
「それをオーナーと話しに来たってわけ。
 言っとくよ、多分俺が来なければこいつは君にそんなことを言えなかった。
 俺としてはつまり、そういうの迷惑だから話付けに来たの。どう?」
「えっと……」
「じゃあ灯ちゃんの将来を考えてみよう。
 多分、ノルマキツすぎて逆に借金になる。オーナーとしては売っちまったもんは関係ないかもしれないが、根本的なとこ、あの人は何がしたいかわかるか?お前らにハッキリ言ってやるよ、ただの支配欲しかないんだあの男は。DVの典型ね。さあどうする?一生だ。
 そのうち笑えなくなるほどどん底でのたれ死ぬだろうと俺には見えるぞ」

 …ハッキリ言われてしまえばそう。
 それは承知だった、正直。しかし言葉にされるとやはり戸惑いが出る。

「所謂“搾取子”ってやつは、案外それに気付かないもんだからな。酷だけど教えとくよ、そんなに甘くないんだが…はは、もう一つズルい手を教えとく。金も、ないやつからは誰も取れないんだよ」
「…ド正論なのはわかるんだけどさ」

 一度口を挟むことにした。

「正直、意味がわからない。あんたになんの特がある」

 桜木はただ…ニコッと笑い「ありまくるんだよ」と言った。

「千香さん、俺は灯にも言った、あんたらのそれは共依存なんだと。それは別に悪いことじゃない。
 けど、まぁ俺が欲しいんだ。だから偽善でもない、ただの我が儘だ」

 千香が灯を見つめる。
 …なんと言えばいいかわからなかった。

「でも、桜木さん。俺は千香さんを」
「わかってる。言うな。放り出そうとか邪魔だとかじゃないんだよ。
 別に引っ越しってさ、俺ん家の隣だっていいだろ?そういうところからだって。
 あ、1階2階なら恋人連れ込んでもわかんないな、適度なプライバシーが」
「桜木さん、」
「何言ってんだ、お前も俺のこと好きじゃん」

 …ハッキリズバッと心に…ナイフか何かをぶっ刺してこられた。
 そう感じた。

「…だ、から、さ…。
 愛とか恋とか、わかんなくて。千香さんは、共依存だと言われてもなら、それでもよくて好きで、うん?でも近くにいるなら」
「金も掛からないな大して。はっはっは。なんなら三人で住んでも…あーそれじゃあんま変わんないか?今より遥かに自由にはなるけど」
「…なるほど」

 察したように千香は呟いた。

「流石。こいつより物分かりがいいね」
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