雨はやむ、またしばし

二色燕𠀋

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 結局うどんも、味がするのかしないか、いまいちわからなかったけれど、あっさり平らげることが出来た。
 うどんの上に餃子も一つ乗せられた。これは少しだけ味を感じた。

「えらいえらい。そんだけ食えたらまぁいいわな」

 物を食べて、しかも接客業で餃子を食べてしまって「えらい」だなんて。まさか言われるとは思っていなかった。
 全然嬉しくはないけれど。

 頭を撫でられ、それから普通にハグをされて「もっかい計る?」と、なんとなく…桜木はいつもよりテンションが高そうな雰囲気を出している。

 また体温計を渡され、そもそも誰も具合悪いって言ってないんだけどなと受け取れば37.1。
 これに「下がったなぁ」なんて、やはり感覚がちょっとズレていると感じる。

「別に具合悪く」
「風呂入ってくるわ。一緒に入る?そしたら送ってくから」

 聞いてねぇ。

「そんなデリバリー頼んでないから大丈夫。お風呂借りるならあとでにする」
「いや、お前が来てる側じゃん」

 やっぱり。

「テンション高いね」
「いつも通りだけど。俺どんだけ低く見えてんの」
「鉄仮面くらい」
「よくわかんないけどあっそ、そっか。仕事でしか見ないもんな。具合悪くないなら入ろうよシャワ浣してや」
「いいです。具合悪いことにして寝ます」

 最初からそうしとけ、そう言い捨てて桜木は風呂場に向かう。

 意外と忙しない人だったんだな。

 この生活感にも、なんだか変な感じがする。ここでいつも、普通に生活してるのか。

 桜木が吸っていたタバコが目につく。これ、そういえばちょっと良い匂いがするやつ。

 試しに吸ってみようと取り出してみて、タバコを噛むのは欲求不満だと聞いたことがあるなと、吸い口が噛まれた沢山のタバコの吸い殻を見て思い出した。

 吸い方は昔一回だけ誰かに聞いたことがある。火をつけた瞬間に確か、吸わなきゃいけないんだとやってみた。

 噎せた。

 何が起こったのかわからないが多分風邪だと、ただ、側にいるときよりも重く甘い匂いが、詰まりそうな鼻に抜ける。

 くしゃみも出てより酷い。これは凄いなと、あとは灰皿に置いとくことにしてベッドをまた借りた。

 こっちはびしゃびしゃ。

 でもなんとなく…桜木の項の匂いがする。なんだろう、湿って余計に。

 さっき、この人に抱かれた。

 いつもは新しいシーツだから、こんなに…包まれた、みたいな気持ちにはならないのに。熱のせいか、思い出したのか、ちょっと勃起しそう。

 でも少しだけ。それももどかしいんだなと気が付いた。そういえば、ご新規の辻元さんは「他人の自慰って見たことなくて」と言っていたな。

 今頃奥さんとうまくやれただろうか。まぁ多分昨日の今日じゃ無理だろう…。
 あぁ、結構熱くもどかしいな。これ、精子死んじゃってないかなぁ…。

 自然と下半身が動いていると、桜木が風呂場から出てくる音がしてピタッと動きをやめる。
 ビクッとして一瞬にして冷えた、というか萎えた。

 ああよかったと思っているうちになかなか戻ってこない。…却ってなんか、焦れったいなとも思ったが、少しして普通に桜木は戻ってきた。

「…んあ?」

 そして急に覗き込んできて「具合悪いんか」と…そういえばこんな状況なのにやっと聞かれた。

「え別に」
「なんだタバコお香にしやがったの?」
「あ、そうだ。うん」
「別にいいんだけどさ…何?噎せたの?涙目だけど」
「…噎せた。初めて吸った」
「マジか」
「てゆうか、誰。印象違う」

 整髪剤が取れたせいか。年相応、どうやらいつもは少し若く見えていたらしいと悟る。

「俺だよ?桜木さくらぎわたる
「渉っていうの!?」
「なんで知らないんだよ。始めに名乗ってるだろ全く」

 頭をわしゃわしゃしてきて「沸騰しないようにシャワーにしな」と言われた。
 リステリンの匂いがする。

「テキトーに貸すから」

 そうも言われればまぁ入るかと洗面台に行くと、なるほどアメニティも出してあるし本格的に仕事みたいな感じだなと、風呂に入ればご丁寧にシャワ浣ヘッドまで出してある。

 バカやろ~、死んでしまえ。何オプションだよ。

 なのに普通の家。裕福なお客ではお目に掛かったことがないような。

 ちゃっちゃと身体だけ洗って終えた。確かに沸騰したり精子が死滅したりしたら困る、多分。

 言われてみれば確かにそうかもしれない、腹が立つのかも…。いや、やっぱ違うな、桜木がズレているんだ。

 不思議だ。少しさっぱりした。

 風邪の懸念も拭いきれず、あったドライヤーを借りると、風圧が半端じゃなくてビックリした。なるほどあのワックス頭、理解。弱にする。

 そのうち音を聞き付けたのか、洗面台にお出まして桜木自身も、乾きかけの髪を乾かし始める。
 整髪剤のせいでもないと知った、ただの部屋着の桜木渉だった。

「さて帰っか。あ、少しの間は我慢して冷えピタしとけ」
「うーん?」
「コンビニで買ってくから」

 「いや、別にね?」と説明しているうちに、早くしろと言わんばかりにコートやら何やらを着せてきて「行くぞ」と促された。

 もういいや、なんか。
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