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四
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こっちはぼんやりしているというのに、桜木は多分、たくさん話をしてきた。
「俺は普通の家に育った普通のお坊っちゃまだったよ。つまらなくてこんな仕事をしてみた」
…胡散臭くもペラペラ話すもんだから、勝手に頭に流れてくる。
妹が5歳で死んじゃった。母親はよく考えたらネグレクトだったかもしんねーわ、とか。
「世の中わからないことだらけだったけど、接客は良い勉強になった。いらん世界まで広がってさ。
だから怖くなった。急に、ある日突然。おっさんのケツぶっ叩いてるときに。わかると思うけど俺は貴重なタチ専だったからね」
よく喋るなぁ。
だからなのか、今までで一番、真意がわからないと思ったのと同時に。
「あんた、寂しいんでしょ」
どこかでそう感じたから、そう言った。
「うん、そうだよ」
そうしてキスをしてくる。
これは情なんだろうか。
「だから基本的なクソ野郎が嫌い」
「どういうこと?」
「オーナーとか」
「確かに基本的…?なクソ野郎だけど」
「俺は知ってるよ、お前らのこと、ある程度」
「…そう、」
「本当は、」
桜木は詰まり、急に黙りこけたが、正直それは有り難かった。
何かを言い当てられそうな、そんな気がしたから。
「好きとか嫌いとか、わからないからね桜木さん」
「…はぁ、」
「そうゆう話じゃなかったなら」
「そーゆー話だよ。写メ撮っていい?」
「は?」
「お前の好きな要因第一位は顔だから。大丈夫ホントに顔しか撮らない」
…基本的クソな野郎予備軍かもしれないけど。
不覚にも……例えば無感情そうなその切れ長の目とか、実はある頬近くの小さな黒子とか。何気に好きだなぁと「あっそ、」と返したけれど。
「断れよ、ダメに決まってんだろ」
そうして頭を撫でながら「腹立つなぁ」と桜木は何故か怒る。
この人の内部を知りそうで、少しむず痒い理不尽な感情がひょっこり現れそうで。
それを押し込むのに必死になり始めていた。
「正直怖い」
「それ聞けただけで充分だわ」
「そう。ならいいや」
「んなわけねぇけどまぁいいよって妥協だ。お前、人の気持ち読めるんだからわかれよバカ」
「わからないよ。そんなもの」
事実そうだ。
何もわからない。そう、そうなんだ。
「あんたと俺は多分上手くいかないから」
「あっそ、勝手に言ってろ」
きちんとは整えなかったが「送るわ」と桜木は言った。
「寝てれば?」とまた運転席に戻ったそれに、安心してしまったのはあった。
それがよくなかったのかもしれない。
起きたら、知らない家の知らないベッドに寝ていたのだ。
「……?」
ただのスプリングマット、鉄骨で立ててあるような。
自分の家よりは上等な、羽毛布団。
八畳くらいのただの一間に「起きたか」と、スーツのままの桜木が、ベッドのすぐ側で胡座をかいてタバコを吸っていた。白くてピンと上に伸びる煙。
「…桜木さん?」
「あー起きたんなら、」
つまらなそうに、だけどまるで用意していたんだろう、桜木はちゃぶ台に乗っていた何かを差し出してきた。
体温計だった。
「…ん?」
状況がわからない。
多分、桜木の家。
桜木がほれ、と言うように体温計を渡してくるので仕方なく受け取り、やることなんてひとつしかないよなと、ケースから出して脇に挟む。
体が熱いかと言われればまず、布団の中が熱いんだけどと思えばやはり、「脇布団から出すだろ普通」とツッコまれてしまい、従ってやり直した。
じっくりと桜木を眺める。寝起きの涙目で少しぼやけた。
桜木の表情は特に変わらず、タバコを自分のすぐ下、床の上の灰皿で揉み消し、膝に頬杖をついた。
ピピっと体温計が鳴ると、灯が見るより先に、渡せと手を出してくる。
「37.4。超微妙だな」
鎮痛剤って解熱作用あったっけ、風邪薬どこだったかなと呟きながら一人で探しまわろうとする桜木に「待って、」と一度制限を掛けた。
「…何?」
「ここはどこ?」
「貴方は灯。俺ん家だけど何?」
はぁ!?
と吠える元気もなく、「なんで」とだけ聞いておいた。
「いや熱いなと思ったから」
「…怖い怖い怖い、何それぇ…」
「疲労だろ、多分」
「いや、そうじゃなくて。
ん、待って、いま何時」
「腹減ってる?」
あ、そう言えば。
いや、
「…意思の疎通が難しいな…どうして俺はここに寝てるの」
「熱っぽそうだと思ったから」
「うん…そうかぁ。俺帰らないと」
「…お姉さん?」
起き上がっただけなのに「あー寝てろよマジで」と倒される。
ついでに、首筋が人肌に湿っていて、枕の少し下に濡れたタオルが直に敷かれていたことがわかった。
「いや、え?」
「お姉さん、好き?」
桜木はひょいっとタバコを1本出し、まるで貪るように噛んで火を点けた。
怖。
「うん、好きだけど待ってこれは何?」
「細かいことは気にするな。デコ冷やすのはよくなさそうだなって思っただけだ」
こいつはどうやら、こちらがかなりの妥協をしなければならないらしい。
「うんわかったスッゴくびしゃびしゃだけど。そもそも帰るから…」
「梨で良いか?思うんだけど梨の方がリンゴより水分あると思わね?実家から死ぬほど送られてきてんだよねコウスイ」
返事を待たずに台所へ向かう桜木にコウスイ…コウスイ…と頭があまりまわらなかった。
「俺は普通の家に育った普通のお坊っちゃまだったよ。つまらなくてこんな仕事をしてみた」
…胡散臭くもペラペラ話すもんだから、勝手に頭に流れてくる。
妹が5歳で死んじゃった。母親はよく考えたらネグレクトだったかもしんねーわ、とか。
「世の中わからないことだらけだったけど、接客は良い勉強になった。いらん世界まで広がってさ。
だから怖くなった。急に、ある日突然。おっさんのケツぶっ叩いてるときに。わかると思うけど俺は貴重なタチ専だったからね」
よく喋るなぁ。
だからなのか、今までで一番、真意がわからないと思ったのと同時に。
「あんた、寂しいんでしょ」
どこかでそう感じたから、そう言った。
「うん、そうだよ」
そうしてキスをしてくる。
これは情なんだろうか。
「だから基本的なクソ野郎が嫌い」
「どういうこと?」
「オーナーとか」
「確かに基本的…?なクソ野郎だけど」
「俺は知ってるよ、お前らのこと、ある程度」
「…そう、」
「本当は、」
桜木は詰まり、急に黙りこけたが、正直それは有り難かった。
何かを言い当てられそうな、そんな気がしたから。
「好きとか嫌いとか、わからないからね桜木さん」
「…はぁ、」
「そうゆう話じゃなかったなら」
「そーゆー話だよ。写メ撮っていい?」
「は?」
「お前の好きな要因第一位は顔だから。大丈夫ホントに顔しか撮らない」
…基本的クソな野郎予備軍かもしれないけど。
不覚にも……例えば無感情そうなその切れ長の目とか、実はある頬近くの小さな黒子とか。何気に好きだなぁと「あっそ、」と返したけれど。
「断れよ、ダメに決まってんだろ」
そうして頭を撫でながら「腹立つなぁ」と桜木は何故か怒る。
この人の内部を知りそうで、少しむず痒い理不尽な感情がひょっこり現れそうで。
それを押し込むのに必死になり始めていた。
「正直怖い」
「それ聞けただけで充分だわ」
「そう。ならいいや」
「んなわけねぇけどまぁいいよって妥協だ。お前、人の気持ち読めるんだからわかれよバカ」
「わからないよ。そんなもの」
事実そうだ。
何もわからない。そう、そうなんだ。
「あんたと俺は多分上手くいかないから」
「あっそ、勝手に言ってろ」
きちんとは整えなかったが「送るわ」と桜木は言った。
「寝てれば?」とまた運転席に戻ったそれに、安心してしまったのはあった。
それがよくなかったのかもしれない。
起きたら、知らない家の知らないベッドに寝ていたのだ。
「……?」
ただのスプリングマット、鉄骨で立ててあるような。
自分の家よりは上等な、羽毛布団。
八畳くらいのただの一間に「起きたか」と、スーツのままの桜木が、ベッドのすぐ側で胡座をかいてタバコを吸っていた。白くてピンと上に伸びる煙。
「…桜木さん?」
「あー起きたんなら、」
つまらなそうに、だけどまるで用意していたんだろう、桜木はちゃぶ台に乗っていた何かを差し出してきた。
体温計だった。
「…ん?」
状況がわからない。
多分、桜木の家。
桜木がほれ、と言うように体温計を渡してくるので仕方なく受け取り、やることなんてひとつしかないよなと、ケースから出して脇に挟む。
体が熱いかと言われればまず、布団の中が熱いんだけどと思えばやはり、「脇布団から出すだろ普通」とツッコまれてしまい、従ってやり直した。
じっくりと桜木を眺める。寝起きの涙目で少しぼやけた。
桜木の表情は特に変わらず、タバコを自分のすぐ下、床の上の灰皿で揉み消し、膝に頬杖をついた。
ピピっと体温計が鳴ると、灯が見るより先に、渡せと手を出してくる。
「37.4。超微妙だな」
鎮痛剤って解熱作用あったっけ、風邪薬どこだったかなと呟きながら一人で探しまわろうとする桜木に「待って、」と一度制限を掛けた。
「…何?」
「ここはどこ?」
「貴方は灯。俺ん家だけど何?」
はぁ!?
と吠える元気もなく、「なんで」とだけ聞いておいた。
「いや熱いなと思ったから」
「…怖い怖い怖い、何それぇ…」
「疲労だろ、多分」
「いや、そうじゃなくて。
ん、待って、いま何時」
「腹減ってる?」
あ、そう言えば。
いや、
「…意思の疎通が難しいな…どうして俺はここに寝てるの」
「熱っぽそうだと思ったから」
「うん…そうかぁ。俺帰らないと」
「…お姉さん?」
起き上がっただけなのに「あー寝てろよマジで」と倒される。
ついでに、首筋が人肌に湿っていて、枕の少し下に濡れたタオルが直に敷かれていたことがわかった。
「いや、え?」
「お姉さん、好き?」
桜木はひょいっとタバコを1本出し、まるで貪るように噛んで火を点けた。
怖。
「うん、好きだけど待ってこれは何?」
「細かいことは気にするな。デコ冷やすのはよくなさそうだなって思っただけだ」
こいつはどうやら、こちらがかなりの妥協をしなければならないらしい。
「うんわかったスッゴくびしゃびしゃだけど。そもそも帰るから…」
「梨で良いか?思うんだけど梨の方がリンゴより水分あると思わね?実家から死ぬほど送られてきてんだよねコウスイ」
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