雨はやむ、またしばし

二色燕𠀋

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 桜木は不愉快そうに舌打ちをし、「自分のことの方が先決なんじゃねぇの、普通」だなんて言ってくる。

「幸福な王子って知ってっか?他人に物あげて無様に死ぬやつ。お前さ、」
「バカじゃないの」

 この男にはどう見えているのか。

「そんなんじゃないよ桜木さん。
 人のことばかりだとかなんだとか夢見てくれてるならありがとう。でもね、自分がいる世界での「人のことばかりで自分は」だとかいうのって、そんなのはっきり言って一番のナルシシズムだから。クソと一緒。俺はそう思うよ」
「…ほう。哲学をどうぞ」
「その「人のこと」の中に投影されてんのは誰かって話。同義語はきっと「責任転嫁」だ。どう?信用した?」
「……ははははは!」

 桜木は突然笑い始めた。
 ただ、そうありたいという話だ。なんだよ、こんなどうでもいい話と思っているのに「…はははは、」と、何故だか桜木のツボに入ったようだった。

「…なんだよ、」
「いや」
「なんなんだよ、」
「別に」
「腹立つな」
「頭に血ぃ、上ってくれた?」

 はっと見た桜木の表情はなんだか…。
 初めて見たもののような気がした。心底、濁りなく楽しそうな、そんなもので。

「俺はけしてお前に夢なんて見ない、見てなかったと誓うよ灯。もう少しサイボーグなんだと思ってた」
「…は、」

 なんだそれは……。

 よくわからない感情が動き出す。
 なんだ、どうしたんだこの男はと、一気に不完全燃焼の範囲はじわじわ拡大し「よかったな」と…それだけははっきりと言われた。

「…桜木さんはさ、何?」
「は?」
「俺をサイボーグだと思ってたんだ」
「間違えたな。ダッチワイフだった」
「うん、それならまだ」
「よくねえよ、納得すんな」

 なんなんだよ…。

「…俺も呼ばれてんだわ、水曜日」
「…なんで?」
「予想はついてるよ。大方」

 何故それを言うんだろう。

 まぁ、転職なんてあと、数本もない。それがどうやらこいつには引っ掛かったようだ。

「じゃ、俺のことはなんだと思ってる?」
「は?」
「別にいいけどさ」

 車はよくわからない、来たこともないような路地裏に停まった。
 日陰が驚くほど暗い、そんな場所で。

「そーいや思い出した。
 お前に「生き菩薩様」っつー星5の謎口コミついてたわ」
「…え、」 

 確かに謎だ、なんだそれは。

「俺そんなに上手くないと思」
「イケてもねーしな。お前言ってんの明らかに字、違ぇから、見なくてもわかる」

 桜木は運転席から降り、後部座席に乗ってきた。

 いま、全然そんなんじゃなくなったんじゃないかと思えば「話をするか」と、桜木は突然そう言い出したのだった。

「うん、いいけど…」
「うん。お前ん家施設らしいな」
「え?俺の話?」
「そう。風俗送迎ナメんなよ。お前は26歳で19の頃オーナーに連れられてきた」
「え、うん」
「その頃だったんだよ。俺がこの仕事辞めたの」

 …この仕事?

「やってるじゃん」
「風俗だよ」
「突然どうしたの。
 …ん?ちょっと待って桜木さん、今いくつ?」
「は?34だけど」
「え、じゃぁ……27までやってたの?」
「そう」
「凄いね、あんまりいない…生き仏じゃん」
「お前もな」

 …確かにそうなんだけど。

「ホントに突然どうしたの」
「いや、腹立って。お前見てると。
 でも在り来たりな、並大抵なイラつきじゃない。別に例えば「昔の俺に似てる」とかそんな夢があるやつじゃなくて」
「あっそ…」
「どうしてそんなに宇宙人なのかなって疑問だった」

 宇宙人とは何事だ。

「…いや、宇宙人じゃないし、夢見てない?」
「見てる。いつも同じ夢。
 誰かが泣いてんの。愛して欲しいって。いつもいつもその夢」
「昔の恋人の話?」
「違う。けど正体はなんとなくわかってんの。
 お前だったんだよ、多分」

 ……は?

「…よくわかんないけど」
「俺もよくわかってねぇ。俺は第一ヘテロだし」
「ぽいね」
「なんで見るんだ?お前の夢」
「いや、知らないよ」
「でも、会いたくなるだろ?」
「ホントなんなの?」

 確かに。
 確かにそうだけど。

「理由はないならいらねぇんじゃねぇかなって。そーゆーの慣れるだろ?この業界」
「…いや、理由はあったよ、皆」
「あそう?」

 桜木は急に距離を詰めてくる。
 これ、押し倒すタイミングなんだとしたら本当によくわからないんだけど。
 そう思えば、ふと手を繋がれた。

「へぇ、どんな?」
「……なにこれ」
「いいから。聞かせろ」
「…え、じゃあ例えば五反田さん。急に目覚めた」
「理由か?それ」
「本当は前からそうだったけどずっと知らない、隠したまま童貞だったんだって。彼は物凄くヤン…寂しがり屋でさ。実は俺が筆下ろししたんだよ」
「…そうだったの?」
「そう。部下にこっちをすすめられて、そうか、よかったんだ!て喜び勇んで今に至る」
「お前じゃなくてもいいな、それ」
「そう。
 次にじゃあ、笹塚さん。脚に大きな傷がある。必死にリハビリしたんだって、何事もなく過ごせるように」
「ふうん」
「彼は怖かったんだよ。偏見とかが。そして羨ましかったんだと思う」
「お前じゃなかったらどうだったんだろうな」
「まぁ、変わらないと思うよ、所詮」
「でも、痕つけてる」
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