雨はやむ、またしばし

二色燕𠀋

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「…灯ちゃん、」

 死んだ目でぽかんとした彼女は、自分を呼んだ。

「ん?」

 取り敢えずは……と、ショーツを履かせてお姉さんの顔色を伺う。

「ごめんね、こんなこと」
「…いいよ」
「そんな汚いところ。リステリンだってしたのに」
「大丈夫だよ」

 よくあることだ。性で何かを発散したいというのは。

 お姉さんは自分でズボンを引き上げ、「灯ちゃんは?」と聞いてくる。

「うん、どうやら大丈夫みたい」

 本当は少しくらい、そうだけど。なんせ温かった。
 しかし互いに疲れている。そして自分は不便にも男だ、ああなれば完全に溜まるまで三日は掛かる。

「…本当にごめんね」
「キスはしたいからリステリンしてくる」

 どうせ女は帰っただろうし。

 ううん、いいよとお姉さんは言うのだけど、自分で“汚いところ”と言ったのだ、自然とそうするだろう。

 靴はまだ玄関にあった。あの集金袋から金が消えるのかもしれない。
 ご苦労様、どこかの女の人。

 戻れば彼女は眠そうだった。

 良い夢を見て欲しい。だから浅めにキスをするけれど、桜木を思い出した灯は彼女に薬を口移しした。
 へにゃっとした彼女の笑顔が好きだ。自分も安心出来る。

 良い夢は自分も見たい。
 だからこれは平和主義というわけでもない、いや、そのための何かに役も立たない、生ゴミ以下の存在だ。

 たまに夢に見てしまう。頭痛がするような夢。キーンと蟀谷こめかみが痛くなるのだ。
 ごめんなさい、ごめんなさいと大人に謝って、いつでも許してもらおうと何かをする、夢。

 結局何かの穴埋めや贖罪になってしまうのなら、これほど利己的なことはない。下手な優しさの大半は排泄物と変わりがないと思っている、そういう理念だ。
 なら、楽しんだ方がマシ。そうは思うけど。

 キーン、キーン。

 あの子やっぱり施設だから。
 誰が誰にそう言ったかは忘れてしまった。誰かが誰かにそう言ったのだ。

 ただその子は泣いていた。

 そしてその子は、ある日、白濁色で死んでいた。もう未来はなくなってしまったんだと知った。

 それだけだった。
 それしかなかった。

「先生?」

 許してあげて欲しかったから。

 沢山溢れだした、聞きたかったこと。先生はその時、自分の頭を撫でてくれたはずだけど。
 何が嫌だったんだろう。


「灯ちゃん、おはよう」

 起きた。
 彼女の温もりは側にはなかった。
 マットレスの上で化粧をしながら「大丈夫?」と聞いてくる。

「……ん、」

 夢は覚えている。
 だから凄く息が上がったけれど、「はい、これ」と、お姉さんは自分に薬を見せ、プチっと手に取り口に入れてくれた。

 紅茶まで用意してくれていたようで、「仕事入ったって言ってた」と告げられる。

 錠剤を噛み崩し舌でざらざらと弄び、ベッドから這い出て紅茶を飲んだ。

 そうか。
 まだ、日は明るい。多分、やっぱりそれほど眠れてはいないけれど。

 ふと手に当たったヘアアイロン。

「巻いてあげる」

 コンセントに刺し、アイロンが温まるまでは彼女の髪を手に取り櫛で梳かした。

 栗色に染色され痛め付けられた、けして良い質ではない髪。
 でも、細くて芯がある。この突っ掛かる傷み方も最早、心地が良いのだ。
 これを、ゆっくり少しずつ丁寧に解いていく、その繊細さが。

 枝毛も結構ある。何かの芽みたいで、自分には見つからないそれが可愛くて仕方ない。

「灯ちゃん、上手だよね。気持ちい」
「そう?ありがとう」
「扱いが慣れてる。妹さんとかいた?」

 アイロンを当てくるくると髪を巻いた。
 綺麗なたっぷりとしたウェーブ。それを何個も作っていくけれど、いつも毛先に溜まってしまう。

 この感情をなんというか、わからない。
 ただ、恋ではないのを知っている。

「いなかった」
「そうなんだ」
「でも、怒られたことはあるよ、小さな女の子に。左右の高さが違かったみたいで」

 ぼんぼんをつけた、よく転ぶ女の子だった。

「あはは!良い話だね!」

 関係は、いつだって危うくて不安定。

 灯がある程度髪を巻き終えると、お姉さんは「ありがと」と、もういいよの合図をしてきた。

 自分も仕事の用意をしなければとスマホ画面を眺めると、光がピコピコしていた。
 通知は前沢からで、それだけで既読が出来、把握した。

 除毛しないとな。
 そろそろ脱毛でも良いかもしれない。どうせ、髭と穴の毛はそうしているのだし。
 中途半端に伸びても、他のお客さんがチクチクしてしまう気がするしな。無駄な物だし要らないかも。

 場所も時間もわかったし、特に無駄もなく桜木に一本、わざわざメールをしてシャワーを浴びた。
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