雨はやむ、またしばし

二色燕𠀋

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 頭の中でざっと計算し「五反田さんから延長込みで72,000円と」と説明をするが、「いーから全額でいくらだよ」と聞かない。

「お前新規の、偉いおっさん居ただろ、あれはどうした。90分とオプション」
「ええ対応しましたよ」
「そーじゃねぇよ」

 集金袋を手にし「チップいくらだ」とまで聞いてくる。

「あのおっさん。どんなもんだ」
「2,000円ですが」
「なんだケチだな。つかねぇなそりゃ」

 集金袋から2000円札を見つけたらしい、「なんだこれ」とそれのみを返し「後でな」と回収していった。

 一応、取り分はくれる。多分摘発だのなんだのが面倒な状況だからだ、自分は。
 ただ、他の従業員が6割に対し自分は3割なのだ。チップは自由。

 家主、前沢まえざわ健太けんたはオリオンのオーナーだ。

「…灯ちゃん、」

 前沢が去りお姉さんは心配そう、いや、怯えたように声を掛けてきた。

「…ごめんね、起こしちゃって」
「ううん、」

 灯が戻ると、彼女はまるでしがみついてくる。
 その手を取りキスをして「結構稼いだから」と、穏やかに言うに努める。

「…今回は黒服が足しといてくれたんだ。多分、バレないように電話してくれたんだよ」
「…そう、」
「72,000てだけで…えっと、いくらか」

 スマホを取り計算器を見せると「割ってるよそれ、凄い額」だなんてまた明るく言ってくれた。
 「あれ、ホントだ。一瞬にしてチャラ」と言ってみるけれど仇となってしまったらしい、「ねぇ、大丈夫、灯ちゃん」と更に心配させてしまったようだ。

「ごめんね、大丈夫。もうちょっと寝ようかな」
「うん、そうして。疲れてる」
「でも、」

 ぱっとお姉さんを押し倒し、それから深くキスをする。
 まるで泣きそうなほどだった。

 そのままただ抱き締めて「ふふ、大丈夫だよ」と、穏やかに告げ、今度は自分が頭を撫でてあげることにした。

「もう少しで終わるから。お姉さんも寝なきゃ。お姉さんの方が疲れてるでしょ?」
「そんなことないよ、私は慣れて」
「ううん。いいの。お姉さんの方が、疲れてる、で」

 お姉さんが何故売られているのかは知らない。
 自分もよくわからないままだ。ありきたりな、親がどうだったとか、そんなものもない孤児だったから。

 強いて言うなら、行き場がなかっただけ。
 ただそこにこの人がいた。それだけでこの生活を続けている。

 「でも、でも、」と泣きそうに上に乗ってくる彼女は恐らく、わかっているのだ。灯が何かの犠牲であることを。

 でも、そもそも。
 彼女はシャツでなく、灯の脇腹に触れた。

 あぁ、不安スイッチ押しちゃったなと、あとは彼女に従うことにする。

 そもそも、名前を教えて欲しい。いつかは。

 彼女は甘くキスをしながら、更に上へ手を忍ばせる。
 それだけで充分、背徳感もなく暖かい。

 泣かなくていいんだよ、だって本当になんとも思ってないからと、言おうとしたことは何度もあった。

 彼女がしがみつくとき、丁度脇腹あたりなのだ。

 彼女のそれは防衛本能で、自分がここへ来たとき、腹を押えて隅っこで踞っていた。その手は震えていて。

 こういう光景はいくらでも見たことがある。誰か、絶対的な力がある者に殴られた後の子供と一緒だ、それだけ思った。

「今日からこいつと一緒だ、灯」

  頭の悪い一言を叩きつけたその男が、絶対的に力がある者なんだとわかった。

 自分は精神科医でもなんでもないし子供も嫌いだった。一度、首を括ってしまった施設の子の葬式に出てからだ。
 家族でもなんでもない知らない子供。

 彼女は自分より歳上だという判断は出来た。

「お姉さん、灯と申します。よろしくお願いします」

 それだけだったからかもしれない、彼女はその時、自分の手を血塗れにしていた何かの破片で切りつけてきた。

 それが、脇腹だった。

 自分は平和主義でもフェミニストでもないけれど、痛かった、表情に出たのは間違いなかった。

 それを見た瞬間、堰を切ったように「ごめんなさい、ごめんなさい、」と、自分を脱がせてそこに口付けた、あぁ、この人は何が悲しいんだろうと「大丈夫です、大丈夫ですよ」と抱き締めたことから全ては始まったのだ。

「はは、可愛いだろ、妹なんだ。
 妹に突っ込むのもなんだしお前が使えよ、なぁ?灯。そいつもその方が良い」

 知っている、性的被害には先があると。
 それはきっと、酷く辛い。行き場をなくした子供たちだっていくらでも見てきた。

 自分の施設は、そうやってなくなった。

「…男の子?」
「ごめんなさい」
「いいえ、」

 漸く自分の顔を見た彼女はそう言ってポカンとしたのだ。
 自分は、人一倍に人の気持ちがわからない。
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