雨はやむ、またしばし

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
12 / 32

4

しおりを挟む
 少しだけ眠ってしまったかどうか、という曖昧な微睡みの中、露骨に車が停まって目が覚める。

 場所はどこかの、地下駐車場のようだった。

「始発まで4時間くらいか」
「…ん?」
「60分が12,000円だろ。48,000円か。払ってやるよ」
「…何?」
「俺はお前から連絡がなくてテキトーに帰ったんだわ」
「…ん、あっそ。好きに」
「あ、“お姉さん”が帰ってくんのは始発なんだよな?」
「…なんなの?」

 ガタンと運転席から降りてきた桜木は聞きもせず、「ちょっと避けろよ」と、後部座席に乗ってきた。

 面倒臭いし好きにすればいいじゃん、と素直に従い足を折ると、上着からがさごそと勝手に集金袋を漁り、自分の財布からいくらか抜いては釣りやら何やらと勝手に換金し始める。

 咄嗟に奪おうと手を伸ばしたが「はいはい」とその手は握られ、桜木の頬に持っていかれてしまった。

「…何、なんなの」
「眠い」
「手ぇ暖かいね確かに」
「疲れたんだわ」
「何?使えば?ヤんないの?」
「若ぇなお前。ヤりたいようには見えねぇけど」
「そういうことじゃないの?」
「どーせそんなもん今じゃなくて良いし。寝かせろ」
「前倒して寝ればいーじゃん」
「ねんねんころりしてやんねーとお前、寝なそうだから。うるせぇんだよさっきから」
「………キモい」

 膝に頭を乗せてやった、寝にくかった。
 今度はそっぽを向いたのに、桜木は頬を指ですりすりと撫でてくる。

 アラームで起きるとやはり、桜木は運転席に移動していたようだった。

 特に言及はしない。例えば、ホントに寝るまでお守りしてくれたんだね、とか、そんなことすら。

 彼は送迎ドライバーだ。
 だから謎なのだ。

 痛みは薄れていたがダルさは残ったまま、いつもの四畳ほどの部屋に帰宅する。

 玄関には、左だけこてんと倒れたベージュのパンプスと新品の革靴があった。しかし、二階から物音はしない。

 足が小さい人なのかな?と、靴箱を開けると、踝くらいのブーツはまだなく。

 「もっと可愛い良いやつ買お?」と言われ、スリッポンはデッキシューズに変わった。そんなことを思い出して空いた隣、いつもの場所に自分の靴をそっとしまう。

 どうやらまだお姉さんは帰っていないらしいと、静かに自室の襖を開けた。
 そこは、ラックとソファーベッドしかない、まるで店の待機室と変わらないような場所。

 電気ストーブの電源を入れた。温度は低め。大袈裟だが最近朝方は寒くなってきている。

 服は適当に窓のカーテンレールに掛け、マットレスにちょんと畳んで置かれた部屋着に着替えた。

 低いテーブルには鏡が立てられたまま、使ったのだろうドライヤーはマットレスの枕元にポンと置いてある。ちょっとつまんだのだろうお菓子のゴミも。

 部屋着は畳んでくれるのにな、と、自分も一粒、横長の箱を開け金の包み紙からチョコレートを取り出して食べた。
 足元の包み紙も一緒に捨てておく。

 ビターよりも少し甘かった。

 待機場所よりはきっと遥かに、生活感があるのかなぁ、とぼんやり考える。自分が働く店には待機場所などないから、わからない。

 温かい物が飲みたいなと、テーブルの側にあるミネラルウォーターを見て、買い忘れてしまったと気付く。

 けどまあ、大体は毎回買ってくるし結構残ってるから、いいか。

 あのパンプスが頭に浮かんだが、お姉さんも帰ってきたら何か飲むかなと、ケトルで湯を沸かしているうちに台所から二つのマグカップと紅茶のティーパックを鷲掴みにして部屋に戻った。

 くつくつと鳴る水の音に疲れや安心が沸いてくるのに、頭上で少し物音がし始めた。

 帰るのだろうか、だとしたらお姉さんは鉢合わせないと良いけどという心配も、結局ギシギシという微かな音に掻き消された。
 この分なら、もう時期帰ってくるだろうし大丈夫だろうと、カップにティーパックを入れてお湯を注いだ。

 やはり、ささっと背後で襖が開く音に振り向けば「ただいま~…」と、小さな声でお姉さんは帰ってきた。

「お楽しみだねぇ……」

 巻いた髪が少し解れた薄化粧のお姉さんは、二階を見てからにっこりとし、そう言った。

「お帰りお姉さん。お疲れ様」

 彼女の笑顔に漸く、冷えた心が暖まり疲れを自覚した。
 彼女も朝方の血の気のなさだし、「紅茶飲む?」と聞いておいた。

「ありがと~助かる~。
 灯ちゃんいつ帰ったの?ご飯食べる?昨日仕事だったよね」
「さっきだよ」

 そういえば、忘れてたな。

「じゃ温めて…ダイジョブだよね、いまなら。絶賛お楽しみ中だし」
「まだ部屋、あんま温かくないけど、いいよ、俺やる。ありがとお姉さん」

 もうひとつのカップに紅茶を注いでお姉さんからコンビニの袋を受け取り、2リットルの水二本は先に出しておいた。

 「ありがと、灯ちゃん」とお姉さんが言うのに嬉しくなる。20円引きの中華丼と30円引きの和風パスタ。

 電子レンジのタイマーは少し長くする。これは染み付いた癖だった。

 女性の声もし始めた。そんなことよりも家主の煽るような品のない下ネタ。喋るほどまだ浅いのか、状況がわかりやすくていい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

drop【途中完結】

二色燕𠀋
ファンタジー
舐め尽くしたドロップの気持ち ※誘導ではなくどこにも続きはありません。

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

this is

二色燕𠀋
BL
それは、もどかしい。 後輩が気になる先輩の話

処理中です...