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二
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少しだけ眠ってしまったかどうか、という曖昧な微睡みの中、露骨に車が停まって目が覚める。
場所はどこかの、地下駐車場のようだった。
「始発まで4時間くらいか」
「…ん?」
「60分が12,000円だろ。48,000円か。払ってやるよ」
「…何?」
「俺はお前から連絡がなくてテキトーに帰ったんだわ」
「…ん、あっそ。好きに」
「あ、“お姉さん”が帰ってくんのは始発なんだよな?」
「…なんなの?」
ガタンと運転席から降りてきた桜木は聞きもせず、「ちょっと避けろよ」と、後部座席に乗ってきた。
面倒臭いし好きにすればいいじゃん、と素直に従い足を折ると、上着からがさごそと勝手に集金袋を漁り、自分の財布からいくらか抜いては釣りやら何やらと勝手に換金し始める。
咄嗟に奪おうと手を伸ばしたが「はいはい」とその手は握られ、桜木の頬に持っていかれてしまった。
「…何、なんなの」
「眠い」
「手ぇ暖かいね確かに」
「疲れたんだわ」
「何?使えば?ヤんないの?」
「若ぇなお前。ヤりたいようには見えねぇけど」
「そういうことじゃないの?」
「どーせそんなもん今じゃなくて良いし。寝かせろ」
「前倒して寝ればいーじゃん」
「ねんねんころりしてやんねーとお前、寝なそうだから。うるせぇんだよさっきから」
「………キモい」
膝に頭を乗せてやった、寝にくかった。
今度はそっぽを向いたのに、桜木は頬を指ですりすりと撫でてくる。
アラームで起きるとやはり、桜木は運転席に移動していたようだった。
特に言及はしない。例えば、ホントに寝るまでお守りしてくれたんだね、とか、そんなことすら。
彼は送迎ドライバーだ。
だから謎なのだ。
痛みは薄れていたがダルさは残ったまま、いつもの四畳ほどの部屋に帰宅する。
玄関には、左だけこてんと倒れたベージュのパンプスと新品の革靴があった。しかし、二階から物音はしない。
足が小さい人なのかな?と、靴箱を開けると、踝くらいのブーツはまだなく。
「もっと可愛い良いやつ買お?」と言われ、スリッポンはデッキシューズに変わった。そんなことを思い出して空いた隣、いつもの場所に自分の靴をそっとしまう。
どうやらまだお姉さんは帰っていないらしいと、静かに自室の襖を開けた。
そこは、ラックとソファーベッドしかない、まるで店の待機室と変わらないような場所。
電気ストーブの電源を入れた。温度は低め。大袈裟だが最近朝方は寒くなってきている。
服は適当に窓のカーテンレールに掛け、マットレスにちょんと畳んで置かれた部屋着に着替えた。
低いテーブルには鏡が立てられたまま、使ったのだろうドライヤーはマットレスの枕元にポンと置いてある。ちょっとつまんだのだろうお菓子のゴミも。
部屋着は畳んでくれるのにな、と、自分も一粒、横長の箱を開け金の包み紙からチョコレートを取り出して食べた。
足元の包み紙も一緒に捨てておく。
ビターよりも少し甘かった。
待機場所よりはきっと遥かに、生活感があるのかなぁ、とぼんやり考える。自分が働く店には待機場所などないから、わからない。
温かい物が飲みたいなと、テーブルの側にあるミネラルウォーターを見て、買い忘れてしまったと気付く。
けどまあ、大体は毎回買ってくるし結構残ってるから、いいか。
あのパンプスが頭に浮かんだが、お姉さんも帰ってきたら何か飲むかなと、ケトルで湯を沸かしているうちに台所から二つのマグカップと紅茶のティーパックを鷲掴みにして部屋に戻った。
くつくつと鳴る水の音に疲れや安心が沸いてくるのに、頭上で少し物音がし始めた。
帰るのだろうか、だとしたらお姉さんは鉢合わせないと良いけどという心配も、結局ギシギシという微かな音に掻き消された。
この分なら、もう時期帰ってくるだろうし大丈夫だろうと、カップにティーパックを入れてお湯を注いだ。
やはり、ささっと背後で襖が開く音に振り向けば「ただいま~…」と、小さな声でお姉さんは帰ってきた。
「お楽しみだねぇ……」
巻いた髪が少し解れた薄化粧のお姉さんは、二階を見てからにっこりとし、そう言った。
「お帰りお姉さん。お疲れ様」
彼女の笑顔に漸く、冷えた心が暖まり疲れを自覚した。
彼女も朝方の血の気のなさだし、「紅茶飲む?」と聞いておいた。
「ありがと~助かる~。
灯ちゃんいつ帰ったの?ご飯食べる?昨日仕事だったよね」
「さっきだよ」
そういえば、忘れてたな。
「じゃ温めて…ダイジョブだよね、いまなら。絶賛お楽しみ中だし」
「まだ部屋、あんま温かくないけど、いいよ、俺やる。ありがとお姉さん」
もうひとつのカップに紅茶を注いでお姉さんからコンビニの袋を受け取り、2リットルの水二本は先に出しておいた。
「ありがと、灯ちゃん」とお姉さんが言うのに嬉しくなる。20円引きの中華丼と30円引きの和風パスタ。
電子レンジのタイマーは少し長くする。これは染み付いた癖だった。
女性の声もし始めた。そんなことよりも家主の煽るような品のない下ネタ。喋るほどまだ浅いのか、状況がわかりやすくていい。
場所はどこかの、地下駐車場のようだった。
「始発まで4時間くらいか」
「…ん?」
「60分が12,000円だろ。48,000円か。払ってやるよ」
「…何?」
「俺はお前から連絡がなくてテキトーに帰ったんだわ」
「…ん、あっそ。好きに」
「あ、“お姉さん”が帰ってくんのは始発なんだよな?」
「…なんなの?」
ガタンと運転席から降りてきた桜木は聞きもせず、「ちょっと避けろよ」と、後部座席に乗ってきた。
面倒臭いし好きにすればいいじゃん、と素直に従い足を折ると、上着からがさごそと勝手に集金袋を漁り、自分の財布からいくらか抜いては釣りやら何やらと勝手に換金し始める。
咄嗟に奪おうと手を伸ばしたが「はいはい」とその手は握られ、桜木の頬に持っていかれてしまった。
「…何、なんなの」
「眠い」
「手ぇ暖かいね確かに」
「疲れたんだわ」
「何?使えば?ヤんないの?」
「若ぇなお前。ヤりたいようには見えねぇけど」
「そういうことじゃないの?」
「どーせそんなもん今じゃなくて良いし。寝かせろ」
「前倒して寝ればいーじゃん」
「ねんねんころりしてやんねーとお前、寝なそうだから。うるせぇんだよさっきから」
「………キモい」
膝に頭を乗せてやった、寝にくかった。
今度はそっぽを向いたのに、桜木は頬を指ですりすりと撫でてくる。
アラームで起きるとやはり、桜木は運転席に移動していたようだった。
特に言及はしない。例えば、ホントに寝るまでお守りしてくれたんだね、とか、そんなことすら。
彼は送迎ドライバーだ。
だから謎なのだ。
痛みは薄れていたがダルさは残ったまま、いつもの四畳ほどの部屋に帰宅する。
玄関には、左だけこてんと倒れたベージュのパンプスと新品の革靴があった。しかし、二階から物音はしない。
足が小さい人なのかな?と、靴箱を開けると、踝くらいのブーツはまだなく。
「もっと可愛い良いやつ買お?」と言われ、スリッポンはデッキシューズに変わった。そんなことを思い出して空いた隣、いつもの場所に自分の靴をそっとしまう。
どうやらまだお姉さんは帰っていないらしいと、静かに自室の襖を開けた。
そこは、ラックとソファーベッドしかない、まるで店の待機室と変わらないような場所。
電気ストーブの電源を入れた。温度は低め。大袈裟だが最近朝方は寒くなってきている。
服は適当に窓のカーテンレールに掛け、マットレスにちょんと畳んで置かれた部屋着に着替えた。
低いテーブルには鏡が立てられたまま、使ったのだろうドライヤーはマットレスの枕元にポンと置いてある。ちょっとつまんだのだろうお菓子のゴミも。
部屋着は畳んでくれるのにな、と、自分も一粒、横長の箱を開け金の包み紙からチョコレートを取り出して食べた。
足元の包み紙も一緒に捨てておく。
ビターよりも少し甘かった。
待機場所よりはきっと遥かに、生活感があるのかなぁ、とぼんやり考える。自分が働く店には待機場所などないから、わからない。
温かい物が飲みたいなと、テーブルの側にあるミネラルウォーターを見て、買い忘れてしまったと気付く。
けどまあ、大体は毎回買ってくるし結構残ってるから、いいか。
あのパンプスが頭に浮かんだが、お姉さんも帰ってきたら何か飲むかなと、ケトルで湯を沸かしているうちに台所から二つのマグカップと紅茶のティーパックを鷲掴みにして部屋に戻った。
くつくつと鳴る水の音に疲れや安心が沸いてくるのに、頭上で少し物音がし始めた。
帰るのだろうか、だとしたらお姉さんは鉢合わせないと良いけどという心配も、結局ギシギシという微かな音に掻き消された。
この分なら、もう時期帰ってくるだろうし大丈夫だろうと、カップにティーパックを入れてお湯を注いだ。
やはり、ささっと背後で襖が開く音に振り向けば「ただいま~…」と、小さな声でお姉さんは帰ってきた。
「お楽しみだねぇ……」
巻いた髪が少し解れた薄化粧のお姉さんは、二階を見てからにっこりとし、そう言った。
「お帰りお姉さん。お疲れ様」
彼女の笑顔に漸く、冷えた心が暖まり疲れを自覚した。
彼女も朝方の血の気のなさだし、「紅茶飲む?」と聞いておいた。
「ありがと~助かる~。
灯ちゃんいつ帰ったの?ご飯食べる?昨日仕事だったよね」
「さっきだよ」
そういえば、忘れてたな。
「じゃ温めて…ダイジョブだよね、いまなら。絶賛お楽しみ中だし」
「まだ部屋、あんま温かくないけど、いいよ、俺やる。ありがとお姉さん」
もうひとつのカップに紅茶を注いでお姉さんからコンビニの袋を受け取り、2リットルの水二本は先に出しておいた。
「ありがと、灯ちゃん」とお姉さんが言うのに嬉しくなる。20円引きの中華丼と30円引きの和風パスタ。
電子レンジのタイマーは少し長くする。これは染み付いた癖だった。
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