雨はやむ、またしばし

二色燕𠀋

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 仕事は着実にこなした。
 金曜日の癖にあの妙なダルさもなく、何故か身体に軽さを感じる。

 己が冷静であるかは定かでない。
 定時で珍しく帰宅する自分を社長は怪訝そうに見ていた気も、今ならする。

 心にどっと何かが押し寄せてきたのは、ホテルの部屋を見た瞬間だった。

 やはり、完全なるラブホテル。目がチカチカしそう。
 さっき通ったあの、独特な受付ですら何も感じなかったのにここへ来て、と、脱力しそうになっていく。

 無駄にふかふかしたベッドの側のソファに座れば「ふかふかだな……」と、無駄に一人言を吐くくらいには非現実的に思えて。

 なんだこれは。

 ……そうだ、ざっと説明された中に

「60分コースだと、お待ちの時間にさっくりとシャワーなどを浴びておいた方がうんちゃらかんちゃらで90分でしたらボーイが着いてから一緒に入浴して、が大半なんで初めてでしたらそちらの方がうんちゃらかんちゃらですよ」

と、あの電話番に捲し立てられたな。

 シャワー、浴びとくべき?
 物凄く汗かいてきたけど、それはなんだか如何にも待ってましたよ、みたいになる?

 若干自分の知能が低下しているように感じる。

 いや……。
 一緒に入浴して、とは?
 今更になって全てが降り掛かる。なんだそれ。

 それって、言っていた「オプションなんちゃらかんちゃら」なのか?
 あ、いや、一連の流れは聞いた気がする。だから多分違うのだが、大して料金も掛からないから取り敢えずオプションをみたいな話をしたような…。

 なんせ未だにまだ恐怖も羞恥も道徳も捨てていない。

 これは怖いな、と、特に飲みたくはないが喉は乾いていたのでフロントにビールを頼んだ。テンパって3本ほど。

 大丈夫なんだろうか自分は。何気に色々ハードルを走り幅跳びですっ飛ばして跳んだような気がする……。

 昔からそうだ。
 だが、そういえば社長に「辻元さんってたまにトばすのがいいところだよね」なんて、言われたことがあるような気がしてきた。言われてないかもしれない。

 あーだこーだ、なんやかんやとビールを1本丸飲みし、2本目を開けたころ、コンコンと、ついにドアが叩かれた。

『…オリオンから参りました、アカリです』

 …少々聞き取りにくい、細い声。

 はい、と返事をし思い出した。こちらは顔を見て指名したわけではなく、あの電話番がここまで話を進めてきたのだ。

 女性デリヘルにはチェンジがある。

 なんとなく自分は何かを伝え、「それでしたら」と薦められたのだから、例えばそう、名前に反し凄く強そうな方が現れたらビビってそれどころじゃなくなるかもしれない。

 ドアスコープを覗いた。

 そこには、予想していた筋肉ゴリラはいなくて。

「あ…はい…」

 ぱっちり目元…あと鼻元しか見えないが、天使か何かがいるように見えた。
 間違えてしまってないかとまず、ドアを開ける。

「……お、」

 そのアカリなる人物は、どうやらかなりの美形男子だった。

 思い出せばそうだ、そういう店を選んだんだ自分は…と、アカリの頭から足の爪先までを眺める。

 性別がわからない。が、男ならかっこいいのだろうし女なら綺麗なのだろうし、そして身長も高いとも低いとも言えないが、喉仏があって胸はなかった。

 あぁ男の子だ、20とか…へたすればこういうのはわからない、息子と同じ19歳だったりして…。それってOKなんだっけ、OKだったような。

 だとしたら息子より細身だ。ちょっと心配になる。
 ヤケに大きなスポーツバッグを下げているその肩は、若干撫で肩。

 そんなアカリが少しだけ眉を潜め「辻元さんでお間違いはないでしょうか?」と聞いてきたので、我に返った。

「あ、いや、」
「…えっと、すみませんでした。帰った方がよろしいでしょうか」
「あ、いや違うんだ、」

 「そうですか、よかったです」と、彼は手を合わせ頭を下げる。

 神か、神かもしれない、例えば観世音菩薩かんぜおんぼさつとか、あれって確か両性具有だよなと更に稚拙になった頭で「すまん、失礼した、どうぞどうぞ」と、アカリを部屋にあげていた。

「失礼します。よろしくお願いしますね」

 確かに…声は低かった。

 彼は部屋に入るとまず、スポーツバッグを肩からおろし、「すみません前払いなんですよ」と断った。
 アカリはスポーツバッグでズレてしまったカーディガンを直している。

「あ、はい」
「延長もありますが、90分と聞きました。取り敢えずは18,000円と、オプションが1,000円になります」
「あぁ、はい、すみません」

 そもそもオプションってなんだっけと思っていると、ふと彼が「ふふふ、」と柔らかく笑った。

 あれ、可愛らしいかも、この子。同姓に可愛いは変かもしれないが。

「初めてなんですか?」
「え、はぁ、」

 財布からパパっと2枚ほど金を出すと、彼は丁寧な所作で受け取り、「はい、2,000円」と、手に手を添えて返してくれた。
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