白い鴉の啼く夜に

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
23 / 52
陽炎

8

しおりを挟む
 久しぶりにみんなが集まったのは深刻な雰囲気の休日だった。

 それぞれの学校帰りの放課後だった。朝は変わりなく、いつも通りだったはずなのに。

「どういうこと?」

 それは、金曜日に理穂が上履きを持って帰って来なかったのだと言う。

「澄くんが隠した」

 と、理穂は言った。

「なんで?」
「知らないよ。澄くんが知ってるんじゃないの?」

 それで一喜が澄に聞いてみた。

「理穂の上履き、知ってる?」
「…理穂ちゃんの?」

 理穂は焦ったように澄に、「どこにやったのよ!気持ち悪いなぁ!」と怒鳴るように言った。

 歩は黙って事の成り行きを見ていた。

「理穂、その言い方はないんじゃないの?」

 深景も理穂を宥めるが、理穂は聞かない。

 そもそも全員は何故集められたのか。
 それは交換日記のネタから始まった。

 なんとなく、澄に元気がないような気がした。みんなで話し合って、一度みんなで合おうと言うことになった。そしたら、突然理穂が上履きの話を始めたのだ。

「惚けないでよ!」
「理穂ちゃん…?」
「大体あんたなんなのよ…。
知ってるのよ。私のこと、好きなんでしょ?」
「え?」
「理穂、」
「だから学校で私に意地悪するの?」
「澄、それ本当か?」
「本当よお兄ちゃん。助けてよ。意地悪ばっかりする。やめてよ」

 一喜は歩を一瞬見た。歩はただ、黙っている。

「待って理穂、そんなわけないじゃない。いくらなんでも酷い…」
「深景ちゃんは黙っててよ!
 クラスでも幼馴染みだって言わないでよ!私が苛められるじゃない!」
「理穂、いい加減にしろよ」
「待った、俺がついていけてない。お前苛められてるのか理穂。澄、お前嫌がらせしてんのか理穂に」

 澄は俯いて小さく肩を揺らしている。明らかに泣きそうだ。

 なのに歩は唯一、何も言わない。いい加減、助けてやらないと。

 澄は勇気を振り絞るように顔をあげ、涙を溜めて無理矢理笑って、「ごめんねぇ…」と言った。

「えっ」
「わかんねぇよ澄、どーゆーことだよ」
「理穂ちゃんは悪くないよ、僕が…」
「最低だな」

 静かに、よく通る低い声で歩は吐き捨てるように言った。

「…どんな理由であれ俺は嘘吐きと弱い者苛めは人間じゃないと思ってる。この話しは非常に不愉快だ。何の解決にもならないな。なぁ?澄」

 今までに見たことのないような冷たい目で歩は澄を見つめている。背筋が凍るような、そんな慈悲も感情もない姿だ。
 そんな歩に澄は笑顔を崩し、「ごめんなさい」とだけ言って走ってどこかに行ってしまった。

「…歩」
「…これでよかったんだろ?お前らよ」

 突き刺さるような歩の一言。
 そんなつもりじゃなかった。

「悪かったね理穂。見つかるといいな」

 感情も籠ってないような一言を理穂に浴びせて歩も帰ってしまった。

「なんだよ歩…胸クソ悪ぃ」

 一喜のつぶやきにも耳を貸さない。

 それから、その夜。
 澄は家に帰ってこなかったそうだ。
 次の日の朝、一応早めに学校を出た歩が、第一発見者となってしまったのだった。

 実際のところ、理穂の上履きはちゃんと次の日、下駄箱にあったようだ。つまり、ただ理穂が学校に忘れてしまっただけかもしれない。今となっては本人が話さないので真相はわからない。

 想像をするだけで痛ましい。

 予想するに。
 多分澄は無実なのだ。
 これは俺の勝手な見解にすぎない。

 だとしたら澄はただ、理穂のことが好きなだけだった。訳もわからないまま濡れ衣を着せられて。

 そのまま死んだ理由はまだわかっていない。
 理穂が関わっているかどうかもわからないがその可能性が最近出てきている。

 あとは本当に理穂しか知らない。

 笹木との関連も見えてきたが、笹木と理穂の関係が見えてこない。

 全てがまだ霧状で、断片の端っこをそれぞれ手にはしている状態なのだが…。
繋ぎ合わせるにはまだまだ掛かりそうだ。

 理穂は、澄に嫌がらせを受けたとあの場で言った。

 澄はずっと理穂が好きだった。
 理穂はずっと歩が好きだった。
 そして、笹木はずっと深景のストーカーをしている。

 一喜の件や、小日向さんにちょっかいを出して結果、歩が入院した件に笹木が関与している。

 事件後、一喜が干された手口と最近小日向さんが干された手口が似ている。

 理穂は言っていた。
「あんたと幼馴染みだって言わないでよ!私が苛められるじゃない!」と

 つまりこれは…。
 苛められていたのは、澄の方なんじゃないか?

 だとしたら犯人は不特定多数に可能性が広がる。なんなら一喜だって、殺害動機だけでいえば充分可能性はある。理穂と共謀の可能性も捨てきれない。

 一喜と歩、互いに何を守ろうとしているのか。多分それは、弟と妹だ。だからこそ噛み合って噛み合わないんだ。

 やはり申し訳ないがここで使えるのが深景のストーカーネタしかない。
 最後はいつも、みんなを繋ぎ止めてくれるのは深景なんだ。

「深景」
「ん?」
「やっぱり、お前しかいないんだな」
「え?」
「みんなを、繋ぎ止める役は」

 玄関のチャイムが鳴った。
 深景の親が来たのだろう。

「悪いが、お前のストーカーネタ、使うから」
「いいよ。そのつもりだから」
「うん、ごめん」
「そのかわりちゃんと…今度こそは」
「うん」

 もちろん。
 失敗はしたくない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誰がための毒杯

その子四十路
現代文学
幸福は薔薇色だというが、不幸ってどんな色をしているのだろう。 結婚して三年、夫婦共働き。 夫に裏切られた。浮気をされた──

黒い聖域

久遠
現代文学
本格長編社会派小説です。 宗教界という、不可侵な世界の権力闘争の物語です。 最初は少し硬い感じですが、そこを抜けると息も吐かせぬスリリングで意外な展開の連続です。 森岡洋介、35歳。ITベンチャー企業『ウイニット』の起業に成功した、新進気鋭の経営者で資産家である。彼は辛い生い立ちを持ち、心に深い傷を負って生きて来た。その傷を癒し、再び生きる希望と活力を与えたのは、大学の四年間書生修行をした神村僧である。神村は、我が国最大級の仏教宗派『天真宗』の高僧で、京都大本山・本妙寺の執事長を務め、五十代にして、次期貫主の座に手の届くところにいる人物であった。ところが、本妙寺の現貫主が後継指名のないまま急逝してしまったため、後継者問題は、一転して泥沼の様相を呈し始めた。宗教の世界であればこそ、魑魅魍魎の暗闘が展開されることになったのである。森岡は大恩ある神村のため、智力を振り絞り、その財力を惜しみなく投じて謀を巡らし、神村擁立へ向け邁進する。しかし森岡の奮闘も、事態はしだいに混迷の色を深め、ついにはその矛先が森岡の身に……! お断り 『この作品は完全なるフィクションであり、作品中に登場する個人名、寺院名、企業名、団体名等々は、ごく一部の歴史上有名な名称以外、全くの架空のものです。したがって、実存及び現存する同名、同字のそれらとは一切関係が無いことを申し添えておきます。また、この物語は法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』 他サイトにも掲載しています。

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

妻と浮気と調査と葛藤

pusuga
現代文学
 妻の浮気を疑い探偵事務所に調査を依頼した男。  果たして妻は浮気をしているのか?葛藤を繰り返し何を持って自分を納得させるのか?そんな話です。  隔日連載  全15話予定  ちなみに完全フィクションです。  勘違いしないようにして下さい。

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

青い春を漂う

CHIKA(*´▽`*)
現代文学
【第9回ネット小説大賞2次選考進出作品】 金魚が空中でも泳ぐことができる不思議な透海(とうみ)町。 そんな町で起きたちょっとした奇跡のようなお話。 少女は大切な人のことを忘れていた。 何故、少女は大切な人のことを忘れていたのか。 大切な人と一体何があったのか。 忘れていた記憶を少しずつ少女は思い出してゆく……。 あの頃あたし達は大人びていて、そして幼かった。 不定期更新ですが、更新する時は必ず月曜日の21時にします。

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

よくあるある

Ete
エッセイ・ノンフィクション
日常の中のよくある出来事。

処理中です...