6 / 13
ファソラシ
5
しおりを挟む
もしかすると幸せだとすら思って死んだはずだったのに。
強い日差しで目が覚めた瞬間、何が起きたかわからなかった。
その日差しはどこから、崩れた壁の隙間から見えて、暑さ。
ここは外だ、ということには気付いたが、気付いてしまえば身体のどこもかしこも痛くて声すら出なかった。
何があったか。
もちろん覚えていて、だから皆目理解は出来なかったけれど。
あの広い部屋は無惨に崩れていた。最早死体は無いに等しいほどに。
自分はどうしていま生きているのか、生きている?そうだ、なんせ身体が痛い。何故だ、何故生きているのか。
動かせる頭だけでまわりを見回せば、そこらじゅう壁は崩れ、風すら吹いたらいまにも全て崩れそう、それくらいに破壊はされていたのに。
火薬の臭いしかしなかった。
何故ここは、崩れ落ちなかったのか。
右手の先にあの拳銃はあったけど、そこまで手を伸ばすことが出来ない。
感覚がないのだ。
どうして。
どうして俺はいま、生きている。
……ははっ、
ははっ、ははは、痛い、ははっ、何が、ははっ、どうなって、どうして、こうなったんだ?
恐らく生きているものは俺以外にいない。
……何故かふと、あの夜の女の子の泣き顔が浮かんできた。
俺はぶっ壊れたようにひたすら、目から涙を流すことしか出来なかった。なるほど、確かに感じる。恐怖も憎しみも何もかもなくなったのに。
確かに、「殺してくれ」とだけひたすらぶっ壊れたように溢れてくる。
…これは、誰に見放されてこうなったんだろう。
どうして見放されてしまったんだろう。これが、「お前らが信じたものは何一つ役に立たない」と言うことか。本当にそうだ、何一つ、誰一人役になど立たなかった。
俺はそのゴミのひとつでしかないのに。いっそゴミなら意思を持たない方がゴミらしいと思える。
そこで答えの端っこを、漸く掴んだような気がした。
あの男は平気で世界を覆し、ゴミとしてこの世から消し去ってしまった。
けど。
「……っ……!」
誰の声だかわからない。
いや、わかる。喉が痛いのだから。俺の声は犬のような息遣いに成り下がっていた。
…どこか開放的で、俺はこれを望んでいたのだと知れば、己に対して恐怖も…悲しみすらも浮かんでくるのだから、また夜が来るまでひたすら垂れ流すように思考回路だけが、とめどなく溢れてくる。
いつからここが息苦しいと嗚咽していたのだろうか。いつでも、だったのかもしれない。
だけどいま初めて生きていると感じ、皮肉にもぼんやりと「死んでしまいたい」と思えていた。
胸の鼓動がびくびくと、そう、ジャックナイフを刺した心臓のようだと感じた。痙攣して、麻痺していく。麻酔のようにぼんやりするくせにそれほどに痛いのだと、俺は子供を殺した感触を纏ったまま、それから2回の夜を一人で過ごした。
見事に子供も大人も同じ肉片に成り下がっていた。
最終形態では何故、イツミは俺を殺さなかったのだろうとばかり考えながら肉片を捌き、ウサギや狐と同じく火に掛けて糧にしていた。
これは死んだもので、この命で我々は清らかになる。
役に立たない。
何一つ、役に立たない。
そのまやかしに終止符を打ったのは、3回目の朝で、「ホンマに生きとるなコレ」と言う人間の声だった。
その人間を見上げる気力すらなかったが、足は2人分あって、「おい」と呼ばれたことすら曖昧に感じていた。
「…ジャパニーズで、合ってるよな、イッセイ」
…それは滑りのよい音声だった。
「…多分合ってるけど、」
男二人だった。
一人が、片膝を立てて俺の前にしゃがみ手を差し伸べ、聞きなれない言葉を発したのだからついつい見上げてしまった。
しゃがんでこちらをじっと眺めているのは黒髪の、目に泣き黒子のある男で、その後ろには色白の、金髪で青い目の背が高い男が立っていた。
「…貴方は日本人ですか」
黒髪で黒装束のような男が発した言葉に、俺は漸く言語を理解して頷いた。
「そうですか。俺も君と同じ日本人です。君は賢い。よく生き残ったね」
彼はそう言って笑った。目尻の皺がとても、笑顔を柔らかくする。
「初めまして。スミダイッセイと申します。君の名前はなんですか?」
そう、聞かれたのが初めてのことで。
「…あの、」
何を聞かれているのか、理解はするけどわからなかった。
俺が黙っているとその男は、今度はくしゃっと笑い「そうか!」と明るく言ったそれも、酷く衝撃的で心に焼き付いた。
「さぁ、行こうか。俺たちは君を拾いに来た」
「…え、」
「…怖い思いを、しただろ?」
怖い思いを、しただろ?
じわじわ、じわじわと水溜まりのようにそれが染みてきて。
「うっ、うぅっ…」
初めて。
悲しくて涙が出るものだったんだと気付いた。
彼、スミダイッセイはそんな俺を抱きしめ、「ははっ、子供は風の子元気の子だ」と、よくわからない言葉を放つ。
心臓の音がこれほどに穏やかだと、それも初めて知った。
強い日差しで目が覚めた瞬間、何が起きたかわからなかった。
その日差しはどこから、崩れた壁の隙間から見えて、暑さ。
ここは外だ、ということには気付いたが、気付いてしまえば身体のどこもかしこも痛くて声すら出なかった。
何があったか。
もちろん覚えていて、だから皆目理解は出来なかったけれど。
あの広い部屋は無惨に崩れていた。最早死体は無いに等しいほどに。
自分はどうしていま生きているのか、生きている?そうだ、なんせ身体が痛い。何故だ、何故生きているのか。
動かせる頭だけでまわりを見回せば、そこらじゅう壁は崩れ、風すら吹いたらいまにも全て崩れそう、それくらいに破壊はされていたのに。
火薬の臭いしかしなかった。
何故ここは、崩れ落ちなかったのか。
右手の先にあの拳銃はあったけど、そこまで手を伸ばすことが出来ない。
感覚がないのだ。
どうして。
どうして俺はいま、生きている。
……ははっ、
ははっ、ははは、痛い、ははっ、何が、ははっ、どうなって、どうして、こうなったんだ?
恐らく生きているものは俺以外にいない。
……何故かふと、あの夜の女の子の泣き顔が浮かんできた。
俺はぶっ壊れたようにひたすら、目から涙を流すことしか出来なかった。なるほど、確かに感じる。恐怖も憎しみも何もかもなくなったのに。
確かに、「殺してくれ」とだけひたすらぶっ壊れたように溢れてくる。
…これは、誰に見放されてこうなったんだろう。
どうして見放されてしまったんだろう。これが、「お前らが信じたものは何一つ役に立たない」と言うことか。本当にそうだ、何一つ、誰一人役になど立たなかった。
俺はそのゴミのひとつでしかないのに。いっそゴミなら意思を持たない方がゴミらしいと思える。
そこで答えの端っこを、漸く掴んだような気がした。
あの男は平気で世界を覆し、ゴミとしてこの世から消し去ってしまった。
けど。
「……っ……!」
誰の声だかわからない。
いや、わかる。喉が痛いのだから。俺の声は犬のような息遣いに成り下がっていた。
…どこか開放的で、俺はこれを望んでいたのだと知れば、己に対して恐怖も…悲しみすらも浮かんでくるのだから、また夜が来るまでひたすら垂れ流すように思考回路だけが、とめどなく溢れてくる。
いつからここが息苦しいと嗚咽していたのだろうか。いつでも、だったのかもしれない。
だけどいま初めて生きていると感じ、皮肉にもぼんやりと「死んでしまいたい」と思えていた。
胸の鼓動がびくびくと、そう、ジャックナイフを刺した心臓のようだと感じた。痙攣して、麻痺していく。麻酔のようにぼんやりするくせにそれほどに痛いのだと、俺は子供を殺した感触を纏ったまま、それから2回の夜を一人で過ごした。
見事に子供も大人も同じ肉片に成り下がっていた。
最終形態では何故、イツミは俺を殺さなかったのだろうとばかり考えながら肉片を捌き、ウサギや狐と同じく火に掛けて糧にしていた。
これは死んだもので、この命で我々は清らかになる。
役に立たない。
何一つ、役に立たない。
そのまやかしに終止符を打ったのは、3回目の朝で、「ホンマに生きとるなコレ」と言う人間の声だった。
その人間を見上げる気力すらなかったが、足は2人分あって、「おい」と呼ばれたことすら曖昧に感じていた。
「…ジャパニーズで、合ってるよな、イッセイ」
…それは滑りのよい音声だった。
「…多分合ってるけど、」
男二人だった。
一人が、片膝を立てて俺の前にしゃがみ手を差し伸べ、聞きなれない言葉を発したのだからついつい見上げてしまった。
しゃがんでこちらをじっと眺めているのは黒髪の、目に泣き黒子のある男で、その後ろには色白の、金髪で青い目の背が高い男が立っていた。
「…貴方は日本人ですか」
黒髪で黒装束のような男が発した言葉に、俺は漸く言語を理解して頷いた。
「そうですか。俺も君と同じ日本人です。君は賢い。よく生き残ったね」
彼はそう言って笑った。目尻の皺がとても、笑顔を柔らかくする。
「初めまして。スミダイッセイと申します。君の名前はなんですか?」
そう、聞かれたのが初めてのことで。
「…あの、」
何を聞かれているのか、理解はするけどわからなかった。
俺が黙っているとその男は、今度はくしゃっと笑い「そうか!」と明るく言ったそれも、酷く衝撃的で心に焼き付いた。
「さぁ、行こうか。俺たちは君を拾いに来た」
「…え、」
「…怖い思いを、しただろ?」
怖い思いを、しただろ?
じわじわ、じわじわと水溜まりのようにそれが染みてきて。
「うっ、うぅっ…」
初めて。
悲しくて涙が出るものだったんだと気付いた。
彼、スミダイッセイはそんな俺を抱きしめ、「ははっ、子供は風の子元気の子だ」と、よくわからない言葉を放つ。
心臓の音がこれほどに穏やかだと、それも初めて知った。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。
雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎
——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。
※連載当時のものです。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
完結【R―18】様々な情事 短編集
秋刀魚妹子
恋愛
本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。
タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。
好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。
基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。
同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。
※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。
※ 更新は不定期です。
それでは、楽しんで頂けたら幸いです。
【完結】【R18百合】会社のゆるふわ後輩女子に抱かれました
千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。
レズビアンの月岡美波が起きると、会社の後輩女子の桜庭ハルナと共にベッドで寝ていた。
一体何があったのか? 桜庭ハルナはどういうつもりなのか? 月岡美波はどんな選択をするのか?
おすすめシチュエーション
・後輩に振り回される先輩
・先輩が大好きな後輩
続きは「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」にて掲載しています。
だいぶ毛色が変わるのでシーズン2として別作品で登録することにしました。
読んでやってくれると幸いです。
「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/759377035/615873195
※タイトル画像はAI生成です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる